先端半導体を巡る米中対立は、欧州を巻き込み新たな地政学的局面へ移行した。オランダ政府が米国の要請を受け、半導体製造装置大手ASMLの一部製品の対中輸出規制を強化したことがその象徴だ。中国は年間4000億ドル超を投じ半導体の自給体制構築を急ぐが、その成否は欧州の技術的立ち位置と、日本の素材・装置産業という「見えざる供給網」に深く依存している。本稿では、ASMLの規制がもたらす影響を起点に、欧州のジレンマ、中国の技術的課題、そして日本の産業が果たす戦略的役割を多角的に分析する。

規制の網、ASMLを揺らす米国の圧力

オランダ政府は2023年9月、安全保障上の懸念を理由に半導体製造装置の輸出管理を強化する新規則を施行、さらに2024年1月には一部の既存輸出許可を取り消した。これは事実上、世界で唯一、最先端の極端紫外線(EUV)露光装置を製造するASMLを標的とした措置である。規制対象は最新鋭のEUV装置だけでなく、一つ前の世代にあたる液浸深紫外線(DUV)露光装置の一部モデル、具体的には「TWINSCAN NXT:2000i」およびそれ以降の機種にまで及んだ。ASMLの2023年通期決算報告によれば、中国向け売上高は全体の29%を占め、前年の14%から倍増していた。この規制強化は、同社の2024年売上高に最大15%程度の影響を与えうると見られる。米国の圧力は、経済合理性よりも安全保障を優先させる地政学的力学が、一企業の経営戦略をいかに左右するかを明確に示した。ASMLのペーター・ヴェニンク最高経営責任者(CEO)は規制の複雑化に対し、「安定性と信頼性」の重要性を繰り返し訴えているが、欧州企業が米国の対中戦略の枠組みから逃れることは困難な現実が浮き彫りになった。

中国は先端半導体国産化を達成できるか?

中国の半導体受託製造(ファウンドリ)最大手、中芯国際集成電路製造SMIC)が既存のDUV露光装置を用いて7ナノメートル(nm)世代の半導体を製造したとの分析が広がる中、国産化の実現性に対する評価は割れている。これは、EUV装置なしで回路パターンを複数回重ねて焼き付ける「マルチパターニング」という技術を駆使したものと見られる。しかし、この手法は製造工程が複雑化し、歩留まり(良品率)が著しく低下するため、商業ベースでの大規模量産には大きな課題が伴う。台湾の調査会社TrendForceが2024年3月に公表した分析では、SMICの7nmプロセスは台湾積体電路製造(TSMC)の同世代プロセスに比べ、性能で約20%、電力効率で約30%劣るとされる。さらに深刻なのは、露光装置以外の領域だ。エッチング装置、成膜装置、検査装置といった他の重要工程でも、中国の国産装置の性能は米アプライド・マテリアルズやラムリサーチ、日本の東京エレクトロンの製品に及ばない。半導体製造は数百の工程からなる統合的システムであり、露光技術だけでは完結しない。中国が真の技術的自立を果たすには、装置だけでなく、日本の信越化学工業やJSRが世界市場を寡占するフォトレジスト(感光材)や高純度化学材料といったサプライチェーン全体の国産化が必要となり、その道のりは依然として険しい。

ドイツが抱える「ツァイスのジレンマ」

ASMLのEUV露光装置が「史上最も複雑な機械」と称される背景には、ドイツの光学機器大手カール・ツァイス(Carl Zeiss)の存在がある。ツァイスの子会社であるカール・ツァイスSMTは、EUVの心臓部である超高精度ミラーと光学系システムを世界で唯一供給する企業だ。この光学系は、原子数十個分に相当する0.1ナノメートル以下の極めて高い精度で製造された多層膜ミラーで構成される。EUV光(波長13.5nm)を反射させ、シリコンウエハー上に微細な回路を焼き付けるための基幹部品であり、代替技術は存在しない。この独占的技術供給は、ドイツに地政学的な影響力をもたらす一方、深刻なジレンマを生んでいる。ドイツ連邦統計局の2023年の貿易統計によれば、中国は8年連続でドイツの最大の貿易相手国であり、その総額は2531億ユーロに達する。経済的な結びつきが強い中国への技術流出を警戒する米国と、巨大市場を失いたくない国内産業界との間で、ドイツ政府の政策は揺れ動いている。ショルツ政権は2023年7月に対中戦略文書を発表し、中国を「パートナー、競争相手、そして体制的ライバル」と位置づけたが、具体的な規制措置には慎重な姿勢を崩していない。ツァイスの技術がなければEUVは成立せず、ASMLの装置がなければ先端半導体は作れない。この連鎖が、ドイツを半導体地政学の重要なプレーヤーに押し上げている。

供給網の深層、日本の「見えざる支配力」

米中欧の技術覇権争いの水面下で、日本の素材・装置産業が持つ戦略的な重要性が増している。半導体製造に不可欠なシリコンウエハーでは信越化学工業とSUMCOが世界シェアの約6割を占める。EUV露光に用いるフォトレジストではJSR、東京応化工業、信越化学、富士フイルムの日本企業群が世界市場の9割以上を供給する。これらの素材は、たとえASMLのEUV装置があっても、品質や供給が滞れば最先端の半導体工場は稼働できない「戦略物資」である。経済産業省が2022年に公表した資料では、これら素材を「特定重要物資」に指定し、国内生産基盤の強化を進めている。さらに、製造装置においても、塗布・現像装置(コータ・デベロッパ)で東京エレクトロンが世界シェア約9割、ウエハーを切断するダイシングソーでディスコが約7割と、特定工程で代替困難な地位を築く。これらの企業が供給する製品は、米国のインテル、韓国のサムスン電子、台湾のTSMCといった世界の主要半導体メーカーすべてにとって不可欠だ。2019年の日本政府による韓国向けフッ化水素などの輸出管理厳格化が示したように、素材の供給管理は強力な外交的手段となりうる。この「見えざる支配力」は、日本の意図とは無関係に、米国の対中戦略において重要な駒として組み込まれつつあるのが実情である。

日本企業が直面する選択

地政学的な分断が深まる中で、日本の半導体関連企業は複雑な戦略的選択を迫られている。米国の輸出規制は、対象となる中国企業だけでなく、そこに装置や部材を納入する日本企業にも直接的な影響を及ぼす。一方で、中国は巨額の補助金を投じて国内サプライチェーンの構築を急いでおり、日本企業にとっては短期的に大きな商機とも映る。しかし、中国国内での技術模倣や、将来的な国産化達成による市場喪失リスクも無視できない。このため、多くの企業は「中国市場向け」と「それ以外の市場向け」で製品仕様や供給体制を分離する「市場分離」戦略を水面下で進めていると見られる。また、米国の「CHIPS法」や欧州の「欧州半導体法」による補助金を受け、生産拠点を日米欧に分散させる動きも加速している。例えば、信越化学は群馬県に新工場を建設し、SUMCOも佐賀県で新工場の建設を進めるなど、国内回帰と供給網の強靭化が喫緊の課題となっている。技術優位性を維持するための研究開発投資を継続しつつ、地政学リスクを分散させるための拠点多様化と、顧客との緊密な連携を通じた情報収集が、今後の日本企業の競争力を左右する。特定の国に依存しない、しなやかで強靭な供給網の再構築が、今まさに問われている。