Grok 4.5がなぜ1.5兆パラメータの一部だけで動くのか、混合エキスパートの仕組みから解説。マスクのColossusの計算資源と、孫正義が賭ける物理AIのVLA構造まで、二つのAI基盤の設計を事実で追う。

2026年7月9日に一般公開されたGrok 4.5は、性能表の順位よりも、その作り方に目を向けたときに正体が見えてくる。1.5兆という途方もない数のパラメータを持ちながら、1つの入力を処理するたびに動くのはその数%だけ——混合エキスパートと呼ばれる構造を採り、メンフィスに並ぶ55万基超の最新GPUで鍛えられた(CometAPI)。イーロン・マスクが率いるSpaceXAIが、対話AIの最前線で自社の立ち位置を一段引き上げた一手である。

この記事は3つの問いを、日本の読者に向けて事実だけで解く。Grok 4.5は原理として何をどう学び、どんな計算で鍛えられたのか。その先でSpaceXAIはどこへ向かうのか。そして海の向こうで同じAIの覇権を、まったく別の入り口から狙う孫正義は、いま何を賭けているのか。株価や時価の数字は扱わない。扱うのは、知能をどう作り、どう配り、どう産業に埋め込むかという、三者三様の設計思想である。前提として、マスク各社を貫く「一つのAI基盤」の構図は、前回の記事で計算資源まで遡って解剖した。本稿はその続きにあたる。

1.5兆のうち、毎回動くのはわずか数% ― 混合エキスパートの内部

Grok 4.5の基盤は、混合エキスパート(Mixture-of-Experts)という構造にある。巨大なモデルの内部を、それぞれ得意分野の違う多数の「専門家(エキスパート)」に分け、入力ごとに関係する専門家だけを起動する。要になるのが「ルーター」と呼ばれる小さな振り分け役だ。ルーターは、入ってきた語ごとに全専門家の適性を点数で評価し、上位のいくつか——大規模なモデルでは上位8個ほど——だけを選んで働かせる(TensorOps)。残りの専門家は、その語については計算されない。

この「総数」と「毎回動く数」の差が、MoEの心臓部である。公開値で例を挙げれば、DeepSeek-V3は6,710億のパラメータを蓄えながら、1つの語に対して実際に動くのは370億——全体の約5.5%にすぎない([同])。Grok 4.5の活性側の正確な数値は公表されていないが、1.5兆という総数に対し、この種のモデルでは毎回動くのはその数%というのが業界の相場だ。知識は巨大なまま保ち、1回あたりの計算だけを絞る。巨大化と実用的な速さを同時に成り立たせる鍵が、この疎な起動にある。

混合エキスパートの仕組み ― ルーターが上位の専門家だけを起動する
混合エキスパートの仕組み ― ルーターが上位の専門家だけを起動する

さらに近年の研究は、この構造の内側にもう一段の偏りを見つけている。2026年のICLR(機械学習の主要国際会議)で報告された解析によれば、数千もある専門家のうち、ごく一部(3〜10個)が極端に強く反応する場面が繰り返し現れ、しかもある層でどの専門家が働いたかが、次の層でどれが働くかをかなり予測する(TensorOps)。専門家は独立に散らばっているのではなく、層をまたいで連鎖している。効率の源である疎な起動が、同時にモデルの癖や弱点をどこに宿すかという問いへ、研究の関心が移りつつある。

Grok 4.5 の作り方 ― 三つの材料が一つのモデルへ
Grok 4.5 の作り方 ― 三つの材料が一つのモデルへ

それを鍛える計算 ― GPU一基が家庭2軒分の電力を食う

Grok 4.5を訓練したColossusの規模を、部品の単位まで下ろすと、対話AIの背後にある物量が具体的になる。使われたのはNVIDIAのBlackwell世代、GB300と呼ばれる最新のGPUだ。この1基は、AI向けの低精度計算で毎秒1.5京回(15ペタFLOPS)を叩き出し、288ギガバイトという桁違いの高速メモリを積み、消費電力は1,400ワット——一般家庭の消費電力のおよそ2軒分を、たった1基で食う(NVIDIA)。

これを72基束ねた「NVL72」という一つの棚で、毎秒110京回(1.1エクサFLOPS)の計算と20.7テラバイトのメモリがつながり、消費電力は120キロワット——アメリカの家庭80軒分に達する。メンフィスのColossusには、このGPUが世代混在で55万5,000基並び、施設全体の電力容量は2ギガワットへ拡張された。前回の記事で触れたとおり、この巨大な電力の一部を、xAIは正規の許可を持たないガスタービンで賄い、周辺住民との係争になっている。対話AIの滑らかな応答の裏には、京の単位の計算と、メガワット級の電力と、その請求書の行方という、地に足のついた現実が積み上がっている。

完成したコードではなく、直し方を学んだ由来

構造と計算がそろっても、何を教材にするかで知能の質は変わる。Grok 4.5の本当の新しさは、その学習の燃料にある。SpaceXAIは、AIコーディング支援の代表格であるCursorを買収し、その利用者が実際にコードをどう調べ、どこで間違え、どう直したかという「作業の軌跡」を数兆トークン規模で学習に用いた。従来のモデルが学ぶのはGitHubに積まれた完成コード——いわば答えだったが、完成コードには、そこへ至るまでの試行錯誤が写っていない。開発者とAIが手を動かした過程そのものを教材にした点が、静的なコードだけで学んだモデルと分かれる。

強化学習の設計も、この方向を裏打ちする。Cursorは、技術者が「この課題は、このテストが通れば正解」という採点基準だけを書き、そのうえで多数のAIが自動採点できる練習問題を大量に生成する仕組みを組んだ。人手では追いつかない量の検証環境を工場のように量産し、その中でモデルに「問題を調べ、道具を使い、失敗から立ち直り、結果を検証する」訓練を積ませる。一問一答に一発で答える能力ではなく、失敗を織り込みながら長い工程を最後まで運ぶ力を鍛えている点が、対話型モデルの一段先を狙う設計になっている。

由来をたどれば、この一手はマスクの計算資源戦略の延長線上にある。かつてTeslaは自社のAIスパコン「Dojo」を開発していたが、2025年8月にマスク自らこれを「進化の袋小路」と断じて解散し、推論用の自社チップAI5・AI6と、訓練用のNVIDIA製GPUへ資源を集中させた。その訓練の主戦場が、xAI(2026年2月にSpaceXへ統合)がメンフィスに築いたColossusである。対話AIから自動運転、人型ロボットまでを貫く一つの知能が、ここで鍛えられている。

数字で読むGrok 4.5の立ち位置

Grokの系譜は、この一年で難関試験の記録を塗り替えてきた。前世代のGrok 4は、抽象的な推論を測るARC-AGI-2で約16%を出し、当時のClaude Opusの約8.6%を倍近く引き離した。人類最高難度の学術問題を集めた「Humanity's Last Exam(人類最終試験)」では、上位構成のGrok 4 Heavyが初めて50%に届いた(DataCamp)。ソフトウェア開発の実課題を測るSWE-benchでも72〜75%の水準にある。

そのうえでGrok 4.5が狙ったのは、記録の更新よりも実務の効率だ。SpaceXAIの内部評価では、前世代の最上位級モデルに肩を並べる一方、同じ開発課題で競合のClaude Opus 4.8に比べ、出力トークンが約4.2分の1で済んだ(OpenRouter)。少ないトークンで同等の課題を解くとは、迷って書いては消す揺らぎが少なく、早く筋の良い手に収束していることを意味する。文脈の窓は50万トークン、処理速度は毎秒80トークン級。利用料金は入力100万トークンあたり2ドル、出力6ドル、再利用される入力は0.5ドルで、Opus 4.8の入力5ドル・出力25ドルを大きく下回る。一部で伝わる「1.51ドル」という単一の数字は、この複数区分の料金体系を取り違えたものだ。狙いは知能の最高峰ではなく、長い仕事を速く安く最後まで運ぶ実務性にある。

前回の続き ― SpaceXAIはどこへ向かうのか

前回の記事で示したとおり、マスク帝国の強さは、計算資源・基盤モデル・製品・データ・配信を一社の中に垂直に積み上げた構造にある。Grok 4.5は、その垂直統合が対話AIの領域で結んだ果実だ。ここから先の動きは、これまでの事実を延長すれば筋道が見えてくる。

計算資源の側では、Colossusはさらに膨らむ。GPUは100万基を目標に積み増され、その計算力はGrokの次世代だけでなく、Teslaの自動運転FSDと人型ロボットOptimusの訓練にも回される。SpaceXAIの次の一手は、Grokという製品単体の改良ではなく、「一つの神経網で車も人型ロボットも動かす」構想を、より大きな計算で押し進めることに向かう。同時に、Grokは国家の顧客も抱える。2025年7月に国防総省がxAIを含む複数社へAI調達の契約枠を与え、Grokは連邦調達庁の品目に載って、あらゆる省庁が購入できる体制に入った。製品としての対話AIと、国家インフラとしてのAIが、同じ基盤の上で並走していく——それが前回の記事から地続きに読める、この帝国の進む先である。

孫正義は、工場の床から同じ頂を狙う

海の向こうで、もう一人の男が同じAIの覇権を、対話AIとは正反対の入り口から狙っている。孫正義だ。マスクが車とロボットと宇宙を一つの知能で束ねようとするのに対し、孫は「物理AI」——現実の工場で物を作るロボットに知能を宿す方向へ、SoftBankの重心を移している。

その布石は具体的だ。2025年10月、SoftBankはスイスの重電大手ABBの産業ロボット事業を53.75億ドルで買収し、工場を動かす実行能力と販売網を手に入れた(SoftBank公式)。孫は「世界で初めて、ロボットがロボットを大規模に製造する段階に入った」と述べ、人間より1万倍賢い超知能(ASI)を、脅威ではなく相棒として追うと公言している(Outlook Business)。化学・ロボット・自動車・電機にまたがる約30社の日本企業を物理AIの陣営に引き入れ、これを国内の最優先戦略に据えた(AI Weekly)。Armが半導体の設計を、OpenAIが大規模モデルの頭脳を、ABBが現実の腕を担う——チップから工場までを一つの閉じた輪でつなぐのが、孫の描く構図である。

孫正義の物理AI閉ループと、Stargateのつまずき
孫正義の物理AI閉ループと、Stargateのつまずき

物理AIの正体 ― 見て・聞いて・動くを一つのモデルで

孫が賭ける「物理AI」は、抽象的な標語ではなく、いま実際に動き始めた技術の名だ。その中核にあるのが、視覚・言語・動作を一つの基盤モデルにまとめた「VLA(Vision-Language-Action)」である。VLAは、ロボットのカメラ映像を受け取り、「このタオルを三つに畳んで」という自然言語の指示を読み、関節をどう動かすかの指令を直接出力する(Internet Pros)。

仕組みは三段で組まれている。まず、事前に学習された画像処理の土台が、カメラの映像を言語と同じ意味空間の「視覚トークン」に変える。次に、20億〜70億パラメータ規模の変換器(トランスフォーマー)が、その視覚トークンと言語の指示を融合し、これから何をするかの下ごしらえ(潜在的な計画)を作る。最後に、拡散モデルなどの出力部が、その計画を毎秒30〜100回の細かい関節指令へと翻訳する。対話AIが言葉を吐き出すのと同じ原理で、ロボットは動作を吐き出す。注目すべきは効率だ。40億に満たないパラメータのモデルを、数千回分の実演で微調整するだけで、一度も専用に訓練していない3種類の異なるロボットの体を、同じ課題で動かせたという報告がある([同])。言葉の基盤モデルが対話を汎化したのと同じことが、動作の世界で起き始めている。

物理AIの三段構造 ― 視覚・言語・動作を一つのモデルで
物理AIの三段構造 ― 視覚・言語・動作を一つのモデルで

この技術の地図で見ると、孫の閉ループの狙いが立体的になる。OpenAIやArmが担うのは、この頭脳と土台の側。ABBと約30社の日本企業が持ち込むのは、VLAが実際に指令を送る先の「体」と、その体を量産する工場である。対話AIが画面の中で言葉を売るのに対し、物理AIは工場の床で動作を売る。良い頭脳(モデル)と良い体(ロボット)と、それを量産する製造基盤がそろって初めて、知能は現実世界で価値になる。

ChatGPTは挽回できるのか、それともStargateのように霞むのか

孫の賭けの核心には、OpenAIがいる。ChatGPTを生んだこの会社に、孫は巨額を投じ、両社でアメリカに巨大なAI基盤を築く「Stargate」構想の議長に就いた。対話AIの競争が、Grok・Claude系・Geminiの猛追で激しさを増すなか、日本の投資業界の一部には、OpenAIの優位がなお揺るがないと見る空気が残る。だが現実は、その楽観を試している。

Stargateの実態が、その試金石だ。2025年1月に5,000億ドル規模で華々しく発表されたこの構想は、まもなくOpenAI・Oracle・SoftBankの三者が、誰がデータセンターを支配するかを巡って綱引きに陥り、一時は停滞したと報じられた(Tom's Hardware)。SoftBankはOpenAIへの支払いのために225億ドルの資金繰りに走ったとも伝えられる(DCD)。その後、東京での交渉を経てSoftBankがテキサスの用地を保有しOpenAIが設計を握る形で妥協が成立し、構想は軌道に戻りつつある。華々しい発表と、地道な資金と支配権の駆け引きの落差——これが、対話AIの巨大構想が抱える現実の重さである。

孫の物理AIが、この落差を埋める答えになるのかどうかは、まだ証明されていない。ただ、賭けの性質は対話AIとは根本的に違う。ChatGPTのような対話AIが画面の中で知能を売るのに対し、物理AIは工場の床で物を作る。ロボットがロボットを作る閉じた輪が本当に回れば、知能は製造原価そのものを押し下げ、対話AIの価格競争とは別の次元で価値を生む。マスクが計算資源を垂直に握って対話AIと自動運転を一つの神経網で束ねる一方、孫はVLAという動作の頭脳と、ABBという現実の腕を握って、工場そのものを知能で回そうとする。同じ頂を、片方は宇宙とデータセンターから、もう片方は工場の床から目指す。答えを出すのは、メンフィスのGPUでも東京の交渉でもなく、日本の工場で実際にロボットがロボットを組み上げ続けられるかという、地に足のついた一点である。