ファーウェイ(ファーウェイ技術)でAI開発を率いた朱森華氏が、新たに人型AI(エンボディードAI)のスタートアップ「具脳磐石(Goonao Panshi)」を設立したことが明らかになった。同社は設立と同時にに数千万元(約4億〜6億円)規模のシード資金調達を完了。人間の脳に着想を得た独自技術で、既存AIの課題であるデータ依存と計算能力の限界を克服し、汎用性の高いAI開発を目指す。
なぜ今、重要か
人型AIロボットの開発競争は世界的に激化している。米テスラの「Optimus」や、マイクロソフト・NVIDIA陣営が支援するFigure AIなどが注目を集める中、中国も国家戦略としてロボット産業を強力に推進している。2023年1月、工業情報化部などは「『ロボット+』応用行動計画」を発表し、製造業や農業、医療など10分野でのロボット活用を掲げた。
米国の対中半導体規制により高性能AIチップへのアクセスが制限される中、中国ではハードウェアの制約をソフトウェアやアルゴリズムの革新で乗り越えようとする動きが加速している。「具脳磐石」の挑戦は、この大きな潮流の中に位置づけられる。同社の成否は、今後のAI開発の方向性や米中技術覇権の行方を占う上で重要な試金石となる。
ファーウェイで培ったAI開発の知見
創業者である朱森華氏は、ファーウェイに6年間在籍し、同社のAI開発で中心的な役割を担ってきた人物だ。ファーウェイ・クラウドのAIアルゴリズムイノベーションラボ責任者や、スマートロボット事業の創設者などを歴任。在籍中には、AI基盤となる「脳・類脳」AIクラウドプラットフォームやスマートロボット事業をゼロから構築し、同社初となる人型AI向け大規模モデルの開発も主導した経歴を持つ。
この経験を通じて、朱氏は現行のAI開発手法が抱える課題を深く認識したという。中国メディア「36Kr」の取材に対し、同氏は人型AI分野における最大の課題が「『中途半端』な性能のロボットと、社会からの過大な期待とのギャップ」にあると指摘。このギャップを埋めることを新会社の目標に掲げている。
資金調達とグローバル戦略
「具脳磐石」は設立と同時にに、数千万元(約4億〜6億円)のシードラウンド資金調達を完了した。投資家には、ロボットメーカーの楽聚ロボット(Leju Robotics)のほか、上海道禾長期投資、四川科創投集団、包装機械大手の東方精工などが名を連ねている。多様な事業会社が参加している点から、同社の技術に対する期待の高さがうかがえる。
朱氏は当初からグローバル展開を視野に入れており、最初の拠点をアジア太平洋地域に置く計画だと述べた。中国国内の過当競争を避け、技術の普遍性を世界市場で証明することを目指す戦略とみられる。Goldman Sachsは、人型ロボット市場が2035年までに1,540億ドル(約24兆円)規模に達する可能性があると予測しており、巨大な市場機会を狙う。
技術解説: 脳科学に着想を得た「エンボディード・ブレイン」
同社が掲げる中核技術が「エンボディード・ブレイン」だ。これは、現在の主流である大規模言語モデル(LLM)のような、膨大なデータと計算能力に依存するアプローチとは一線を画す。
- 制御アーキテクチャ: 人間の脳が持つ認知神経メカニズムを参考に、人型AIの基盤となるVLA(Vision-Language-Action)モデルの構造を根本から再設計する。これにより、ロボットが視覚情報(Vision)を言語(Language)で理解し、行動(Action)に移すプロセスをより効率化する。
- モデル効率と汎化性能: 具体的には、抽象概念の学習や選択的注意といった人間の脳機能に着想を得た機能をAIに導入する。例えば、人間は「コップを掴む」というタスクを、大きさや形が異なる未知のコップに対しても応用できる。こうした高い汎化性能を、少ないデータで実現することを目指す。これが成功すれば、AIの訓練コストと推論コストを大幅に削減できる可能性がある。
- マニピュレーションと自律性: このアプローチは、ロボットが未知の環境やタスクに遭遇した際の対応能力を飛躍的に高める可能性がある。工場や家庭内など、予測不可能な状況が頻発する実世界での自律的なタスク実行能力(マニピュレーション)の向上に直結する重要な技術だ。
日本への影響と示唆
ファーウェイ元AI責任者である朱森華氏が設立した「具脳磐石」は、日本企業にとって二つの具体的な機会と一つのリスクを提示する。
まず、同社が目指す「抽象概念の学習」や「選択的注意」をAIに導入する技術は、日本の製造業やサービス業におけるロボット活用に新たな道を開く可能性がある。現状のデータ依存型AIでは難しい、不測の事態への対応や柔軟な作業遂行能力を持つエンボディードAIが実用化されれば、人手不足が深刻化する現場での自動化が加速する。特に、熟練工の技術継承が課題となっている中小企業にとって、この汎化性能の高いAIは、生産性向上とコスト削減に直結する。
次に、同社が数千万元規模のシード資金を調達し、当初からグローバル展開、特にアジア太平洋地域への拠点設置を計画している点は、日本のベンチャーキャピタルやスタートアップ企業にとって協業の機会となる。エンボディードAI分野で先行する中国企業との技術提携や共同開発は、日本のAI技術の高度化を促進し、新たな市場開拓に繋がる可能性がある。
一方で、朱氏が指摘する「『中途半端』な性能のロボットと、社会からの過大な期待とのギャップ」は、日本企業がエンボディードAIを導入する際のリスクとなる。過度な期待は、導入後の失望や投資回収の遅延を招きかねない。したがって、具脳磐石の技術進捗を注視しつつ、現実的な導入計画と段階的な検証が不可欠となる。