東大専門塾・シェア美容室・巨大蓄電池を2ヶ月で買うヒューリック。脈絡なく見える3件を貫く戦略「不動産の商社化」と、7,500億円の弾が生む、スタートアップの上場(IPO)に代わる新しい出口を読み解く。

東大受験の専門塾、シェア型の美容室、そして送電網につなぐ巨大な蓄電池。この2ヶ月でヒューリックが買った、あるいは建てると決めた三つの事業は、並べてみると脈絡がないように見える。だが、この不動産会社が握るビルの空室率は1%を切る。都心の一等地で安定して家賃を生み続ける会社が、なぜ塾と美容室と電池に手を伸ばすのか。答えは、同社が2026年2月に掲げた中長期計画の一語に書いてある。「不動産の商社化」だ。

三つの案件をつなぐのは、偶然ではなく設計だ。ヒューリックは、これまで積み上げた不動産という資産に、その上で「運営して稼ぐ事業」を接ぎ木しようとしている。土地と建物を持つだけの会社から、持った資産を回して利益を生む会社への組み替え。2036年までにM&Aと企業投資へ7,500億円を振り向けるこの計画は、一つの不動産会社の設備投資の話にとどまらない。上場という出口が細っていく日本のスタートアップにとって、新しい売り先が現れたという話でもある。本稿は、この組み替えの狙いと、そこから見える資本の流れの変化を追う。個別の株価や推奨には踏み込まない。追うのは、資産と事業をどう組み合わせて価値を生むかという、事業設計の中身である。

塾・美容室・蓄電池に走る一本の筋 ― 三つの共通項

バラバラに見える三案件には、三つの共通項がある。第一に、土地・建物・設備という資産が必ず要る。塾には教室の入ったビルが、シェア美容室には店舗が、蓄電所には用地と設備が要る。第二に、長期の利用需要が見込める。東大受験の指導、美容師の働く場所、送電網の調整力。いずれも一過性ではなく、何年も続く需要だ。第三に、資産を保有するだけでなく、そこで「運営」することが収益を生む。ビルを貸すだけなら家賃止まりだが、その中で塾や美容室を運営すれば、授業料やサービスの対価が別に立つ。

具体的に見よう。ヒューリックは2026年7月7日、東大受験指導で知られる「鉄緑会」の運営会社である東京教育研を、ベネッセコーポレーションから取得すると発表した。7月31日に完全子会社化する。取得額は非公表だが、報道では数百億円規模とされる(共同通信)。日本経済新聞はこの買収を「秀才養成ビル」を目指す一手と評した(日本経済新聞)。塾を、単体の教育事業としてではなく、ヒューリックが持つビルに入る優良な「運営者」として捉えている、という読み解きである。美容の側では、シェア型美容室を全国に広げるサロウィンを完全子会社化した。取得額は100億円を超える(日本経済新聞)。そして小諸市には、出力42メガワットの系統用蓄電所を2027年12月に動かす。教育、美容、エネルギー。分野は違っても、資産の上で運営して稼ぐという骨格は同じだ。

「保有」から「運営」へ ― 不動産商社という組み替え

なぜ、いまこの組み替えなのか。ヒューリックの西浦三郎会長は、その理由を人口減少に置く。「人口減少のリスクを見据えて『不動産の商社化』を目指す」。建築費の高騰、金利の上昇、そして人口の縮小。オフィスや住宅を建てて貸すという従来の型だけでは、長い目で見た成長が細りかねない(日本経済新聞)。だからこそ、不動産を基盤にしつつ、その上に多様な事業を載せ、事業を持つこと自体で企業価値を底上げする「コングロマリットプレミアム」を狙う(M&A Online)。もっとも、複数の事業を抱える会社は、市場からむしろ「コングロマリットディスカウント」として安く見られるのが通り相場だ。事業がばらけるほど、投資家には全体像が読みにくくなる。ヒューリックはその相場に逆らい、不動産という強い基盤の上に載せるのなら、多角化は割引ではなく割増に転じられると賭けている。

この組み替えは、弱った会社の苦しまぎれではない。ヒューリックが保有するビルの空室率は1%を切り、都心5区の市場平均を大きく下回る(ヒューリック)。つまり、家賃という安定した現金の土台がすでにあり、その土台の上で新しい事業に賭けている。総合商社が、貿易の手数料商売から資源や事業への投資会社へと姿を変えていったのと、発想は近い。ヒューリックは、不動産という自社の資産を、商社にとっての資金や信用のような「基盤」として使い、その上に運営事業を次々と組み込もうとしている。塾も美容室も蓄電池も、この一つの設計図の上に置かれた駒だ。

この安定した土台には、出自がある。ヒューリックの前身は、1957年に旧富士銀行(現みずほ銀行)の不動産を母体として生まれた日本橋興業だ。富士銀行の店舗ビルを保有・管理する会社として出発し、1960年代の末には10棟を超えるビルを抱えていた(ヒューリック)。銀行の支店は、街のいちばん良い角地に建っている。2006年にみずほ銀行の副頭取から社長へ転じた西浦氏は、容積率を余らせたその好立地の店舗ビルを次々に建て替え、賃貸事業へと化けさせた。空室率1%未満という現金製造機は、銀行という母体から受け継いだ一等地の上に立っている。だからこそ、その現金を元手に、次は不動産の外へ賭けに出られる。

保有から運営へ ― ヒューリックの「不動産の商社化」
保有から運営へ ― ヒューリックの「不動産の商社化」

一件百億円超を平然と積む買い手 ― PEファンド並みの弾

この組み替えを可能にしているのが、資金の規模だ。中長期計画が掲げるM&A・企業投資の枠は7,500億円(2036年まで)。一件あたりの投資も小さくない。鉄緑会は数百億円、サロウィンは100億円超と報じられ、事業規模から類推すれば蓄電所も相応の額になる。この一件ごとのサイズと、10年で7,500億円という総枠を合わせると、その資金力は大型のプライベートエクイティ(PE)ファンドに匹敵する。

ここが、この動きを読むうえで見落とせない点だ。PEファンドは、他人から集めた資金を預かって投資し、数年で売って返す。ヒューリックは違う。空室率1%のビル群が生む家賃という自前の現金を土台に、期限に追われずに買い、長く持てる。しかも、買った事業を自社のビルというインフラに組み込んで、相乗効果まで取りにいける。PEファンド級の弾を持ちながら、ファンドにはない「時間」と「不動産という受け皿」を併せ持つ買い手。この組み合わせは、日本の企業買収の地図の中でも珍しい。7,500億円という枠は、まだ大半が使われていない。塾と美容室と蓄電池は、おそらく長い連続の始まりにすぎない。

上場の代わりに、ヒューリックに売る ― スタートアップの新しい出口

この買い手の登場は、成長企業の「出口」の風景を変えつつある。これまで、日本のスタートアップが投資家に報いる出口は、株式の新規公開、すなわちIPOがほぼ唯一の正解とされてきた。ところが、その道が細っている。東証は2030年から、グロース市場の上場を維持する基準を、時価総額40億円から100億円へ引き上げる。基準に届かない企業は上場廃止になる。2025年にグロース市場へ上場した企業は43社にとどまり、過去10年で最も少ない水準に沈んだ(EY Japan)。

背景には、「スモールIPO」への根深い不信がある。上場時の時価総額が数十億円にとどまり、上場後に成長が続かず、直後に業績を下方修正する。いわゆる「上場ゴール」が相次いだことで、小さく上場するという選択そのものが疑われ始めた。そこへ、7,500億円の弾を持つヒューリックのような買い手が現れる。上場という狭き門をくぐる代わりに、優良な事業を丸ごと引き取ってくれる相手に売る、という出口だ。今回のサロウィンが、まさにその実例になる。同社はベンチャー投資家から累計およそ88億円を調達して育った成長企業で、直近の資金調達は2025年2月の約52億円だった(サロウィン)。その会社が、上場ではなくヒューリックへの売却という形で、投資家に報いた。スモールIPOの時代が細り、事業会社への売却がスタートアップの現実的な出口になりつつある流れの、わかりやすい一例である。

この変化は、起業家と投資家の計算そのものも書き換える。上場を最終目標に据えると、公開後の株価を守るために、短期の数字づくりへ縛られやすい。事業会社への売却なら、買い手の傘の下で腰を据えて事業を伸ばす道も残る。買う側のヒューリックにとっても、すでに市場で揉まれ、収益を生んでいる事業を丸ごと取り込むほうが、ゼロから立ち上げるより速い。売り手と買い手の利害がかみ合う一点に、この新しい出口は成り立っている。塾も、美容室も、次に何が買われても、同じ論理の上に並ぶ。

上場に代わる出口 ― 東証改革とヒューリックという受け皿
上場に代わる出口 ― 東証改革とヒューリックという受け皿

ヒューリックのリリースは、これからもSNSや紙面をにぎわせるだろう。そのたびに、脈絡のない買い物に見えるかもしれない。だが、資産の上で運営して稼ぐという一本の筋と、上場に代わる出口という資本の流れの変化を頭に置けば、次にどんな事業が買われても、その狙いは読み解ける。