中国のファクトリーオートメーション(FA)最大手、イノバンス・テクノロジー(Inovance Technology、匯川技術)の朱興明会長は2024年1月29日、江蘇省蘇州で開催された経済フォーラムで講演し、企業の持続的成長に関する新たな経営哲学を明らかにした。朱会長は、成長停滞の原因は外部環境ではなく組織の「認知の限界」にあると指摘。人材の思考様式を根本から変革するプロジェクトを推進し、製品単体から顧客課題を解決する「シナリオ構築能力」への転換を急ぐ考えを示した。

なぜ今、重要か

中国の製造業は人件費高騰と技術高度化の要求という構造転換の只中にある。米中対立を背景としたサプライチェーンの国内回帰と国産化の潮流は、イノバンスのような国内FAメーカーにとって追い風だ。同社の2023年12月期決算は、売上高が304.2億元(約6,400億円)と前年比32.1%増を記録した一方、純利益は43.1億元(約900億円)で同9.8%減と増収減益に陥った。これは、新エネルギー車(NEV)事業の急成長が利益率の低いFAなど既存事業の停滞を補う構図を浮き彫りにしている。朱会長の発言は、この構造的課題を克服し、次の成長段階へ移行するための強い意志表明であり、中国FA業界全体の方向性を示すものとして注目される。

停滞への危機感と「人脳工程」

朱会長は講演で、ゼロコロナ政策解除後の市場が「期待通りに回復せず、当惑と失望を感じた」と過去2年間を振り返った。同社の事業ポートフォリオは、NEV関連が好調を維持する一方で、主力のFA事業が停滞。この状況を「上半身は熱いが、下半身は冷たい」と表現し、事業間の深刻な温度差に強い危機感を示した。

この課題に対し、朱会長は外部環境の変化に一喜一憂するのではなく、組織内部に目を向けた。同氏が主導する「『人脳工程』と名付けた人材思考改革プロジェクト」は、過去2年間にわたり全社的に展開されている。中国の経済メディア『第一財経』によると、このプロジェクトは特定の書籍の学習や複数の社内活動を通じて、従業員の思考様式を根本から見直すことを目的としている。これは、企業の成長は最終的に人材の質に帰結するという同氏の哲学を反映したものだ。

成長の鍵は「シナリオ構築能力」

朱会長は、企業が直面する課題と成長の方向性について5つの要点を提示した。第一に、成長の停滞は戦略の失敗ではなく、経営陣や組織の「認知」が限界に達したことが根本原因だと分析。第二に、将来の競争力は個別の製品性能ではなく、顧客の利用シーン全体を捉え、解決策を提示する「シナリオ構築能力」によって決まると断言した。

第三に、戦略が実行できないのは努力不足ではなく、戦略自体の精度が低いからだと指摘。第四に、AIは「グレーリノ(無視できない巨大なリスク)」であり、産業構造に不可逆的な変化をもたらすと警告したした。最後に、すべての組織問題は、突き詰めれば人材の質と意志力の問題に行き着くとの見解を示した。これらの要点は、同社が推進するデジタルトランスフォーメーション(DX)、ヒット製品戦略、コスト削減といった具体的な施策の理論的支柱となっている。

技術解説: FAとEVを支える中核技術

イノバンスの強みは、FAの中核部品と急成長するEV向けパワートレイン技術にある。同社は中国国内のサーボシステム市場で10年以上連続でシェア1位を維持しており、その市場シェアは約25%に達する(2023年、中国工控網調べ)。サーボモーターとドライブは、産業用ロボットや精密業務機械の動作精度を決定づける重要部品であり、同社の高い技術力を示している。また、インバータ(周波数変換器)市場でも国内トップクラスの地位を確立している。

一方、近年の成長を牽引するのが新エネルギー車(NEV)事業だ。同社はモーター、インバータ、ギアボックスを一体化した電動アクスルや、車両全体の電力を制御するモーターコントローラーを供給する。特に、次世代EVの標準となりつつある800V高電圧プラットフォームに対応した製品群をいち早く市場投入し、Li Auto(リ・オート)(Li Auto)やXPeng(シャオペン)汽車(XPeng)など多くの新興EVメーカーに採用されている。このハードウェアとソフトウェアを統合したソリューション提供能力が、同事業の急成長の原動力となっている。

日本への影響と示唆

匯川技術の朱興明会長が指摘する「認知の限界突破」は、日本企業にとって中国市場での新たな機会とリスクを示唆する。同社が新エネルギー車(NEV)関連事業で好調を維持する一方、FA事業が停滞していることは、中国産業構造の急速な変化を映し出す。日本企業がFA分野で培ってきた技術力は依然として重要だが、単なる部品供給や標準的なFAシステム提供では、中国市場のニーズを捉えきれない可能性がある。

朱会長が強調する「シナリオ構築能力」は、顧客の利用シーンに深く入り込み、個別最適化されたソリューションを提供できるかが、今後の競争優位性を決定づけることを意味する。例えば、日本のロボットメーカーやFAシステムインテグレーターは、単体製品の性能だけでなく、中国の特定産業(例:EVバッテリー生産ライン)における顧客の課題を深く理解し、データ活用やAIを組み合わせた「人脳工程」のような包括的なDXソリューションを提案できるかが問われる。

また、AIが「グレーリノ」レベルの構造的変化をもたらすとの警告は、日本の製造業が中国市場で競争力を維持するために、AIによる生産性向上や新たなビジネスモデル構築を急ぐ必要性を示唆する。特に、匯川技術のような中国のFA大手は、自社の人材改革とDX推進を通じて、AIを活用した新しいFAソリューションを開発し、日本企業との競合を激化させるだろう。日本企業は、中国の産業構造変化と技術進化の速度を過小評価せず、自社の「認知」を絶えず更新し、中国市場特有の顧客ニーズに対応した戦略を再構築する必要がある。

出典・参考