中東における軍事衝突の激化は、世界の半導体供給網、とりわけイスラエルに集積する研究開発拠点と特殊工程に深刻な打撃を与える恐れがある。イスラエルはインテルやエヌビディアの研究開発の心臓部であり、ファウンドリ(半導体受託製造)中堅のタワーセミコンダクターは年間約15億ドル規模のアナログ半導体を供給する。さらにホルムズ海峡封鎖の脅威は、日本向け液化天然ガス(LNG)の約9割が通過するエネルギー供給路だけでなく、半導体製造に不可欠なヘリウムなどの特殊ガスの物流をも滞らせる。紛争が半導体価格と供給に与える具体的な影響経路を分析し、日本企業が取るべき備えを検証する。

インテルを揺るがす「ファブ28」

イスラエル南部のキルヤット・ガトに位置するインテルの大規模工場群は、同社の技術戦略を支える基盤だ。特に「ファブ28」は、同社の10ナノメートル(nm)世代の量産を担う主力工場の一つである。インテルが2023年12月に公表した計画によれば、同社は250億ドルを投じてイスラエルに新工場「ファブ38」を建設し、2028年からの稼働を目指している。これはイスラエル史上最大の企業投資であり、完了すればインテルのイスラエルにおける従業員数は約1万2000人から1万6000人規模へ拡大する見込みだった。紛争による操業停止や建設遅延は、インテルの次世代プロセス「Intel 3」や「Intel 20A」を用いた製品の市場投入計画を根底から覆しかねない。イスラエル輸出協会によれば、同国の半導体関連輸出額は年間100億ドルを超え、その大半をインテルが占める。仮にキルヤット・ガトの生産能力が完全に失われると、世界のCPU供給量の3〜5%が瞬時に消失するとの試算も業界内にはある。これは単一工場の停止としては異例の規模であり、パソコンやデータセンター向け半導体の価格高騰に直結する。

なぜイスラエルは半導体設計の要なのか?

イスラエルの価値は、単なる生産拠点にとどまらない。むしろ、最先端半導体の「頭脳」を生み出す研究開発拠点としての役割がより重要である。インテルが2017年に153億ドルで買収したモービルアイは、自動運転支援システム(ADAS)向け画像処理半導体の世界市場で約7割の占有率を誇る。同社の開発拠点はエルサレムにあり、多くの技術者がイスラエル国防軍(IDF)の精鋭情報部隊「8200部隊」出身者で占められる。また、エヌビディアが2019年に69億ドルで買収したメラノックステクノロジーズは、データセンター内のサーバー間を高速で結ぶ通信半導体「Infiniband」の設計開発で世界を主導する。イスラエル政府の2022年統計では、ハイテク産業従事者は労働人口の約10%に達し、研究開発への投資額は国内総生産(GDP)比で5.4%と、経済協力開発機構(OECD)加盟国中トップを維持する。紛争の長期化に伴う予備役の追加招集は、これら先端企業の開発スケジュールに直接的な遅延をもたらす。一人ひとりの技術者が持つ専門性が極めて高く、代替が利かないため、主要プロジェクトが数カ月から1年以上停滞する可能性も否定できない。

ホルムズ海峡、ガス供給路としての脆弱性

軍事衝突がペルシャ湾の入り口、ホルムズ海峡に及べば、その影響はエネルギー資源にとどまらない。半導体製造に不可欠な特殊ガスの供給網が寸断されるリスクが浮上する。特に重要なのが、冷却材や不活性ガスとして露光工程や成膜工程で多用されるヘリウムだ。米国地質調査所(USGS)の2024年1月報告書によると、世界のヘリウム生産量の約32%をカタールが占め、そのほぼ全量がLNGタンカーに便乗する形でホルムズ海峡を経由して輸出される。日本は財務省の貿易統計上、輸入ヘリウムの約95%を米国とカタールに依存しており、カタールからの供給が途絶えれば、国内の半導体工場は深刻な稼働率低下に見舞われる。ヘリウムは天然ガスに微量(0.3%程度)しか含まれず、分離・精製に大規模なプラントを要するため、代替供給源の確保は容易ではない。ロシア東部のガス田開発も進むが、西側諸国への供給は地政学的な制約を受ける。この供給不安は、半導体製造装置の冷却に必要な液体ヘリウムの価格を既に押し上げており、一部サプライヤーからは前年比で30%以上の価格上昇が提示されているとの声も聞かれる。

代替生産は可能か TSMC・サムスンの限界

イスラエルに拠点を置くファウンドリ、タワーセミコンダクターの操業リスクも看過できない。同社は、スマートフォンや自動車に搭載される高周波(RF)半導体や、電源を管理するパワー半導体、カメラの光を電気信号に変えるCMOSイメージセンサーといった「特殊アナログ工程」に強みを持つ。売上高は2023年通期で14億2000万ドルに達し、その顧客は世界中の自動車メーカーや電機メーカーに広がる。インテルは2022年に同社を54億ドルで買収すると発表したが、規制当局の承認が得られず2023年に断念した経緯がある。タワーが担う工程は、最先端のデジタルロジック半導体を製造する台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子の主力工場では、容易に代替できない。使用する製造装置や材料、技術者の技能が全く異なるためだ。業界調査会社トレンドフォースの2024年第1四半期時点の分析では、8インチ(200mm)ウエハーを用いるアナログ半導体工場の設備稼働率は世界的に90%を超えており、代替生産の余力はほとんどない。仮にタワーのイスラエル工場(2拠点)が生産停止に追い込まれれば、特定の自動車部品や産業機器の生産が世界規模で滞る「特定半導体不足」が再燃する可能性が高い。

日本企業が直面する選択

中東情勢の緊迫化は、日本の半導体関連企業に複雑な影響を及ぼす。短期的には、サプライチェーンの混乱による部材調達難や物流費の高騰が経営を圧迫する。特に、イスラエル製の検査装置や設計ソフトウェアを導入している企業は、保守部品の供給や技術サポートの遅延に直面する可能性がある。自動車や産業機械メーカーは、タワーセミコンダクターなどが製造するアナログ半導体の在庫水準を緊急に点検し、代替調達先の確保を急ぐ必要がある。一方で、この危機は日本の半導体材料・装置メーカーにとっては機会ともなり得る。例えば、ヘリウムなどの特殊ガス供給不安が高まれば、ガス消費量を削減できる新しい製造装置やプロセス技術への需要が高まる。東京エレクトロンのプラズマエッチング装置やSCREENホールディングスの洗浄装置などが、その候補となりうる。また、シリコンウエハーで世界シェア約6割を握る信越化学工業とSUMCO、EUV用フォトレジストで世界を席巻するJSRや東京応化工業といった企業群は、世界の半導体メーカーが生産拠点を分散・多様化する動きの中で、その供給責任がより一層重みを増す。地政学リスクを前提としたサプライチェーンの再構築は、もはや一時的な対策ではなく、企業存続を左右する恒久的な経営課題となった。自社の供給網における脆弱性を正確に把握し、特定の国や地域への過度な依存から脱却する戦略的な投資が、今まさに問われている。