高市文雄首相とドナルド・トランプ米大統領が1月2日の電話会談で来春の首脳会談に向け調整に入った。この動きの深層には、次期米国政権の対中政策、特に先端半導体に関する輸出規制の行方という、日本の経済安全保障を根底から揺るがしかねない重大な不確定要素が横たわっている。世界の半導体製造装置市場で3割超の占有率を持つ日本企業群は、米国の政策一つで事業環境が激変する。ラピダスが国策として進める2ナノメートル(nm)世代の半導体国産化も、米国の技術協力と装置供給が生命線であり、今後の日米連携の質がその成否を直接左右することになる。

対中半導体規制、次期政権下の変容

現行の米国の対中半導体規制は、国家安全保障を最優先し、先端技術の軍事転用を阻止する目的で設計されている。米商務省産業安全保障局(BIS)が「エンティティ・リスト」を活用し、特定の企業への技術や製品の輸出を厳格に管理する枠組みだ。2022年10月7日に発表された包括的な輸出管理規則は、スーパーコンピューターや人工知能(AI)に用いられる高性能半導体そのものに加え、それらを製造するための米国製装置や技術の中国向け輸出を事実上禁止した。この規制には、日本の東京エレクトロンやオランダのASMLなど同盟国の主要企業も追随を求められ、世界の半導体供給網に大きな構造変化を強いた。実際に、半導体産業協会(SIA)の報告によれば、規制導入後の2023年、米国の対中半導体輸出額は前年比で17%減少した。

しかし、トランプ氏が政権に復帰した場合、この安全保障主導の精緻な規制が、より直接的な経済的利益を追求する取引材料へと変質する可能性がある。同氏の第一期政権下での対中政策は、国家安全保障上の懸念よりも、貿易赤字の削減を主眼とした高関税の応酬が中心だった。米中間の貿易総額が2022年に6906億ドル(米国勢調査局調べ)に達する巨大な経済関係をてこに、半導体規制を交渉カードとして利用する展開が視野に入る。例えば、中国による米国製農産物の大量購入と引き換えに、一部の半導体製造装置の輸出規制を緩和するといった取引だ。このような政策転換は、規制の抜け穴を生み、中国の半導体国産化を結果的に後押しする一方で、規制遵守のために中国市場での事業機会を失った日本や欧州の企業に不公平感をもたらす。日本政府と産業界は、これまで日米蘭の協調を前提に進めてきた対中戦略の根本的な見直しを迫られることになる。

日本の2nm国家戦略は維持可能か

日本の半導体戦略の中核を担うのが、2027年の量産開始を目指すラピダス(Rapidus)の2nm世代半導体開発計画だ。経済産業省は2022年度の補正予算などで合計3300億円の支援を決定しており、まさに国家の威信をかけた事業と言える。この計画の成否は、米IBMが開発した「ゲート・オール・アラウンド(GAA)」と呼ばれるトランジスタ構造の技術供与と、最先端のEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置の導入が絶対条件となる。GAAは、電流の通り道であるチャネルの四方をゲートで囲むことで、リーク電流を大幅に抑制し、2nm世代の微細化を実現する基本原理だ。この複雑な立体構造を形成するには、1台500億円以上とされるASML製の次世代高NA(開口数0.55)EUV露光装置「EXE:5200」が不可欠とみられている。

問題は、これらの基幹技術と中核装置が、米国の対中政策と密接に連動している点にある。IBMとの技術提携は日米の強固な信頼関係が土台であり、ASMLの装置輸出も米国の輸出管理規則の影響を強く受ける。仮に次期米国政権が同盟国との連携よりも自国第一主義に傾斜し、日本への技術移転や装置供給に新たな条件を付したり、あるいは対中政策のカードとして利用したりする事態となれば、ラピダスの開発計画は深刻な遅延や頓挫のリスクに直面する。世界のファウンドリ(半導体受託生産)市場において、台湾TSMCと韓国サムスン電子の2社で7割以上の占有率(TrendForce、2023年第4四半期時点)を占める寡占構造に風穴を開けるという日本の目標は、米国の政治的意向という極めて不安定な変数に依存しているのが実態だ。

製造装置・材料「日の丸連合」の板挟み

日本の半導体産業の真の強みは、最終製品ではなく、製造工程を支える装置と材料にある。半導体製造装置の世界市場における日本企業の合計占有率は約35%(SEMI、2022年統計)に達し、東京エレクトロン(TEL)のコータ・デベロッパ(塗布現像装置)やSCREENホールディングスの洗浄装置は世界で9割近いシェアを握る。また、JSRや信越化学工業、東京応化工業が供給するフォトレジスト(感光材)は、EUVリソグラフィに不可欠な素材であり、3社で世界シェアの約9割を占める。シリコンウエハーでも信越化学とSUMCOの2社で世界シェア約6割を確保しており、日本の素材・装置なくして世界の半導体生産は成り立たない。

この「縁の下の力持ち」としての地位が、米中対立の激化によって逆に脆弱性となりつつある。これら日本企業にとって、中国は最大の顧客の一つだ。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、中国向け売上高比率が47%に達し、前年の22%から倍増した。これは、米国の規制強化を見越した中国の半導体メーカーが、規制対象外である成熟世代の装置の駆け込み購入を急いだためとみられる。もし米国が規制をさらに強化し、日本企業に中国との取引を全面的に禁じるよう圧力をかければ、これらの企業の経営は深刻な打撃を受ける。一方で、米国が対中融和に転じ、米国企業だけに抜け道的な輸出を許可するような事態になれば、日本企業は米国の競合(Applied Materials、Lam Researchなど)に対して不利な立場に置かれる。どちらに転んでも、日本の基幹産業が米国の政策に翻弄される「板挟み」の構図は変わらない。この構造的リスクは、個社の経営努力だけで回避するのは極めて困難である。

2019年韓国向け規制との構造的差異

現在の日米が直面する状況を理解する上で、2019年に日本政府が韓国に対して実施した半導体材料3品目(フッ化ポリイミド、レジスト、高純度フッ化水素)の輸出管理厳格化措置と比較することは有益だ。この措置は、特定の同盟国(当時)の特定産業を標的とした限定的なもので、安全保障上の輸出管理制度の運用見直しという形式をとった。結果として、韓国企業は一時的に調達難に陥ったものの、国産化や供給元の多角化を急ぎ、中長期的には日本への依存度を低下させる契機となった。財務省の貿易統計によれば、高純度フッ化水素の韓国向け輸出額は、措置前の2018年と比較して2020年には約86%減少した。

対照的に、現在の米国主導の対中半導体規制は、その目的、規模、手法において全く次元が異なる。目的は単なる貿易管理ではなく、先端技術における中国の軍事的・経済的台頭を長期的に抑制する「技術覇権の維持」にある。対象は特定の企業や品目に留まらず、14nm以下のロジック半導体、128層以上のNAND型フラッシュメモリーといった技術ノード全体を包括的に規制する。さらに、米国一国だけでなく、日本やオランダといった技術保有国を巻き込み、国際的な包囲網を形成しようとする点で、その影響はグローバルかつ構造的だ。この米国の戦略は、同盟国に対して「踏み絵」を迫るものであり、日本は自国の経済的利益と米国の安全保障戦略との間で、より困難な調整を強いられている。2019年の経験は、供給網寸断のリスクを教えるが、現在の地政学的力学の複雑さを乗り切るための直接的な手引きにはなり得ない。

日本企業が直面する戦略的岐路

日米首脳会談で確認される同盟の結束という言葉の裏で、日本の半導体関連企業は極めて現実的な戦略の岐路に立たされている。米国の対中政策が不透明さを増す中、単一のシナリオに依存した経営はリスクが高い。企業が取りうる選択肢は、大きく三つに分類される。第一に、技術の更なるブラックボックス化である。自社の装置や材料がなければ代替不可能な領域を深耕し、特定の政治的圧力に屈しない交渉力を確保する戦略だ。ディスコが持つダイシング(切断)やグラインディング(研削)の超精密加工技術は、その好例と言える。

第二に、米国以外のパートナーとの連携強化だ。欧州にはベルギーの研究機関imecやドイツのフラウンホーファー研究機構など、世界的な半導体研究拠点が点在する。これらの機関や、欧州の装置・材料メーカーとの共同開発を強化し、地政学的なリスクを分散させる動きが加速する可能性がある。欧州委員会が430億ユーロ規模の「欧州半導体法」を推進していることも、新たな連携の好機となる。

第三に、国内における供給網の垂直統合と完結性の向上である。ラピダス計画は、究極的には国内で設計から後工程までを一貫して手掛ける体制の構築を目指すものだ。この動きを装置・材料産業にも広げ、これまで海外に依存していた一部の重要部材やソフトウェアの国産化を進めることで、外部環境の変化に対する耐性を高めることが求められる。いずれの道を選択するにせよ、日本企業にはこれまで以上に長期的かつ地政学的な視点に立った経営判断が不可欠となる。次期米国政権の動向は、その判断を迫る最初の大きな試練となるだろう。