ショート動画プラットフォーム大手のKuaishou(クアイショウ)科学技術(クアイショウ・テクノロジー、以下「Kuaishou(クアイショウ)」)が半導体事業に参入したことが明らかになった。米国の対中半導体規制が厳しさを増す中、自社で展開するゲーム事業やAIサービスを念頭に、サプライチェーンの国内完結を急ぐ狙いがあるとみられる。中国の巨大IT企業による半導体開発競争が新たな局面を迎えた。

なぜ今、重要か

Kuaishou(クアイショウ)の半導体参入は、米中間の技術覇権争いが中国の産業構造を根底から変えつつある現状を象徴している。米国政府は2022年10月以降、先端半導体および製造装置の対中輸出規制を段階的に強化。これにより、中国企業は高性能なAIチップなどへのアクセスが著しく制限されている。

この動きに対し、中国政府は半導体自給率の向上を国家戦略の最優先課題に掲げ、3440億元(約7.4兆円)規模の国家集積回路産業投資基金(通によると「大基金」)などを通じて国内企業を強力に支援。AlibabaテンセントByteDanceといったテック大手が相次いで半導体設計子会社を設立しており、Kuaishou(クアイショウ)の参入はこの大きな潮流に続くものだ。36Krの報道によると、Kuaishou(クアイショウ)の動きは自社サービスの安定運用と将来の技術競争力確保に向けた必然的な一手と分析されている。

Kuaishou(クアイショウ)の狙い:ゲーム事業とAI基盤の強化

Kuaishou(クアイショウ)の中核事業はショート動画だが、近年はライブコマースやオンラインゲームなど事業の多角化を推進している。特に、高品質なグラフィックスと低遅延が求められるゲーム事業は、高性能なGPU(画像処理半導体)やAIアクセラレータを大量に消費する分野だ。

最大の競合であるByteDanceがAIチップ開発を進める中、Kuaishou(クアイショウ)も外部への依存を減らし、コスト削減と供給安定化を図る必要に迫られている。自社設計のチップは、動画の推薦アルゴリズムや膨大なコンテンツを処理するデータセンターの効率を最適化する上でも極めて重要となる。当面は、自社のゲームプラットフォームやAI関連サービスで利用する特定用途向け集積回路(ASIC)の開発に焦点を当てるとみられる。

巨大テックによる「造芯」ブームの現実

中国では半導体開発を「造芯」と呼び、一種のブームとなっている。しかし、その道のりは平坦ではない。先行するテック大手の取り組みは、成功と困難が入り混じっている。

  • Alibaba(平頭哥半導体): AI推論チップ「含光800」やRISC-VベースのCPU「玄鉄」シリーズを開発したが、事業の収益化に苦戦し、一部事業の再編を迫られた。
  • テンセント: AI推論、動画処理、ネットワーク処理に特化した3種類のチップを開発し、自社サービスでの活用を進めている。
  • ByteDance: AIチップやサーバー向けCPUの開発チームを擁し、米国の規制下でNVIDIA製チップの代替を目指している。

これらの企業と同様、Kuaishou(クアイショウ)も設計は自社で行う「ファブレス」モデルを採用し、製造はSMIC中芯国際集積回路製造)やHua Hong(ファーホン)半導体(Hua Hong Semiconductor)といった中国国内のファウンドリ(半導体受託製造企業)に委託する可能性が高い。しかし、これらのファウンドリがアクセスできる製造技術には限界があり、それがチップ性能の足かせとなる。

技術解説:ファブレスモデルと米国の規制

Kuaishou(クアイショウ)の挑戦は、技術と地政学の両面で大きな制約を受ける。同社が採用するであろうファブレスモデルは、莫大な投資が必要な製造設備を持たず、チップの設計に専念する形態だ。しかし、その設計を現実の製品にするには、高度な製造技術を持つファウンドリとの連携が不可欠である。

  1. プロセスノードとリソグラフィ: 米国の規制により、最先端のEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置は中国に輸出されていない。このため、SMICなどが提供できる最先端プロセスはDUV(深紫外線)リソグラフィを駆使した7nm(ナノメートル)が限界とされ、歩留まり(良品率)も低いと指摘されている。Kuaishou(クアイショウ)が開発するチップも、当面は14nmや28nmといった成熟プロセスが中心となり、NVIDIAやAMDの最新鋭チップとは性能で大きな差が開く。
  1. Fab Capacity(生産能力): SMICの生産能力は月産約70万枚(300mmウェハー換算、2023年末時点)だが、中国国内の旺盛な需要に対して供給が追いついていない。Kuaishou(クアイショウ)のような新規参入者が、限られた生産枠を確保できるかは不透明だ。
  1. 設計ツールとIP: チップ設計には、米国のSynopsysやCadenceが提供するEDA(電子設計自動化)ツールが不可欠。これらのソフトウェアへのアクセスが制限されるリスクも常に存在する。このため、オープンソースの命令セットアーキテクチャであるRISC-Vへの関心が高まっているが、エコシステムはまだ発展途上だ。

日本にとっての意味

Kuaishouの半導体事業参入は、日本のサプライヤーにとって二つの異なる影響をもたらす。まず、Kuaishouが自社ゲーム事業向け半導体を内製化する動きは、短期的に日本の半導体設計ツール(EDA)や特定IPベンダーへの需要を創出する可能性がある。中国企業が米国製ツールへのアクセスを制限される中で、日本のサプライヤーが代替として選ばれる機会が生まれる。

しかし、長期的にはKuaishouのような中国巨大IT企業が半導体開発能力を向上させることで、日本の半導体製造装置メーカーや材料サプライヤーへの依存度が低下するリスクがある。特に、Kuaishouが「自社のゲームプラットフォームやゲーム開発で利用する半導体に焦点を当てる」と報じられていることから、日本のロームやルネサスエレクトロニクスが供給するような特定用途向け半導体市場において、将来的に競争が激化する可能性も否定できない。

さらに、KuaishouとByteDanceDouyinとの競争激化は、中国国内での半導体需要を押し上げる要因となる。この競争は、日本の部品メーカーが中国市場で新たなビジネスチャンスを探る契機となる一方で、中国企業の技術力向上により、将来的に日本の技術優位性が相対的に低下する懸念も生じる。日本の企業は、中国の国産化戦略を単なる脅威と捉えるだけでなく、技術提携や共同開発といった新たな協業の可能性を模索すべきだ。