中国の新興電気自動車 (EV) メーカー、Li Auto(リ・オート) (Li Auto) は、これまで「冷蔵庫・大型スクリーン・豪華なソファ」に象徴される快適装備を強みに急成長を遂げてきた。しかし、同社の車両開発責任者はこのほど、「Li Autoが技術を軽視しているというのは大きな誤解だ」と述べ、水面下で進めてきたシャシーなど基盤技術への大規模投資の実態を明らかにした。中国EV市場の競争が新たな段階に入る中、同社の戦略転換は業界の潮流を象徴している。
事実の整理
Li Autoで車両電動開発を率いる劉立国・上級副社長は、近年のメディア向け説明会で、同社が2021年後半から次世代シャシーの核心技術開発に大規模な投資を行ってきたと公表した。具体的には、800V高電圧プラットフォームを基盤とする「アクティブサスペンション」、電子信号で操舵する「ステアバイワイヤ」、そして油圧系統を全廃する「電子機械式ブレーキ (EMB)」の3分野に注力してきた。これらの技術は、同社の最新EVモデルに順次搭載される計画だ。この発表は、同社が製品のコンセプト定義だけでなく、車両の根幹をなす基盤技術の掌握へと経営の軸足を移していることを示唆する。
表層的原因と直接的仕組み
Li Autoの戦略転換の直接的な引き金は、中国EV市場における競争環境の激化である。同社はこれまで、ファミリー層をターゲットにした広い室内空間と豪華な内装という「製品定義の勝利」で成功を収めてきた。しかし、こうした快適装備は競合他社による模倣が比較的容易であり、差別化要因としての持続性が低下していた。実際に、2024年に入り同社の販売台数の伸びは鈍化傾向にある。
劉氏は、自動車を人間の身体に例え、自動運転支援システム (ADAS) を「大脳」、それを物理世界で実行するシャシーを「小脳」と表現。「大脳がいくら賢くても、小脳がなければ安定して立つことすらできない」と述べ、車両制御技術の重要性を強調した。これは、ソフトウェアで定義される自動車 (SDV) の時代において、ハードウェア、特に車両の運動性能を司るシャシー制御技術こそが、AIの判断を正確に路上で再現するための最後の、そして最も模倣困難な要素であるという経営判断を反映している。
深層的原因と構造的背景
この動きの背景には、中国EV市場の「消耗戦」と呼ばれる過当競争がある。中国汽車工業協会の発表によると、2023年の新エネルギー車販売台数は949.5万台に達し、市場は急拡大を続ける一方、数百のブランドが乱立し、価格競争と技術開発競争が極限まで進んでいる。Li Autoは2023年に前年比182.2%増となる37万6,030台を販売し好調だったが、これは主に得意とするレンジエクステンダー型EV (EREV) によるものだった。
しかし、市場の主流が完全になバッテリーEV (BEV) へと移行する中で、同社が2024年3月に発売した初のBEVフラッグシップモデル「MEGA」は、販売目標を大幅に下回るなど苦戦している。この経験が、単なるコンセプトやデザインだけではBEV市場の勝者になれないという現実を突きつけたと推察される。同社の2023年通期決算によれば、研究開発費は105.9億元 (約2,200億円) と前年比で56.1%増加しており、水面下で基盤技術への投資を強化してきたことがうかがえる。シャシー技術の内製化は、BYDがバッテリーと半導体で実現したような垂直統合モデルに近づき、コストと性能の両面で競争優位を築くための構造的転換の一環である。
構造分析と政策・産業のメタパターン
Li Autoの戦略は一見、民間企業の経営判断に見えるが、中国政府が推進する国家戦略の方向性と一致している。中国共産党は「製造強国」や「質の高い発展」を掲げ、国内企業が単なる組み立て工場から、核心技術を持つグローバル企業へと脱皮することを強く求めている。特に自動車産業は、その中核と位置づけられている。
今回のシャシー技術内製化は、サプライチェーンの国内自給率を高め、外部環境の変化に強い経済構造を目指す「双循環」戦略とも符合する。ソフトウェアの完全にな自社開発にこだわる姿勢は、米中技術対立が長期化する中で、外国製「ブラックボックス」部品への依存を減らし、技術的安全保障を確保する狙いがあると推測される。過去、半導体やOSで外国技術への依存が弱点となった教訓が、自動車産業にも反映されている可能性がある。これは、政府の直接的な指示というより、国家方針を企業が先読みし、自主的に実行する中国特有のパターンの一例と見ることができる。
日本への影響
Li Autoのシャシー技術内製化は、日本企業、特に自動車部品メーカーにとって複合的な影響をもたらす。まず、同社が「アクティブサスペンション」「ステアバイワイヤ」「電子機械式ブレーキ (EMB)」の3分野に注力していることは、これらの技術領域における日本部品メーカーへの需要減少リスクを意味する。例えば、日立Astemoやアドヴィックスといった日本の主要サプライヤーは、これまでシャシー関連部品で高いシェアを誇ってきたが、Li Autoのような大手EVメーカーが内製化を進めれば、既存の取引関係が見直される可能性が高い。
一方で、Li Autoが「大脳がいくら賢くても、小脳がなければ安定して立つことすらできない」と述べ、ADASとシャシー技術の融合を重視している点は、新たな協業機会を示唆する。日本のセンサーメーカーや半導体メーカーは、Li Autoが求める高精度な車両制御を実現するための基盤技術を提供できる可能性がある。例えば、ルネサスエレクトロニクスのような企業は、SDV時代の車両制御用半導体で強みを発揮できるだろう。
さらに、Li Autoが2023年に研究開発費を105.9億元(約2,200億円)と前年比56.1%増加させている事実は、中国EVメーカーが技術開発に巨額を投じ、模倣困難な「堀」を築こうとしていることを明確に示している。これは、日本企業が単なる部品供給にとどまらず、中国市場のニーズに合わせた共同開発や、より付加価値の高いソリューション提供へと戦略を転換する必要があることを強く示唆している。
情報信頼性評価
本件に関する主な情報源は、Li Autoの劉立国・上級副社長によるメディア向けの発言であり、自社の技術力と将来性をアピールするポジショントークが含まれる点に留意が必要だ。EMBやステアバイワイヤといった技術の実際の性能、信頼性、コストについては、第三者機関による客観的な評価や、市場投入後の長期的な実績を見極める必要がある。
また、同社が主張する「ソフトウェアの完全にな自社開発」の範囲や、基盤となる半導体チップの調達先など、公表されていない情報も多い。ブルームバーグの報道もこの発表を伝えているが、現時点ではLi Auto側の主張をなぞる形に留まっている。今後の量産モデルへの搭載状況と市場の反応が、この戦略の成否を判断する上での重要な指標となる。
Core Insight (核心まとめ)
Li Auto(リ・オート) (Li Auto) の戦略転換は、中国EV市場が「快適装備」競争から、模倣困難な「基盤技術」による消耗戦へと移行したことを示す象徴的な出来事である。