米半導体大手マイクロン・テクノロジーの生成AI向け広帯域メモリー(HBM)事業が急拡大している。2026年供給分までが完売するほどの需要を集め、長らくDRAM市況の低迷に苦しんできた同社の業績を牽引する。この背景には、競合の韓国勢を上回る性能を持つ新製品の投入と、それを支える日本の製造装置・材料メーカーとの緊密な連携がある。マイクロンの快進撃は、HBM市場の勢力図を塗り替えるだけでなく、先端半導体の供給網における日本の戦略的重要性を改めて浮き彫りにしている。本稿では、決算データと技術動向からその構造を読み解く。
DRAM不況からの急回復、HBMが牽引
マイクロンが公表した2026年度第1四半期(24年12月-25年2月期を想定)の暫定業績見通しは、同社の事業構造が大きな転換点を迎えたことを示唆する。売上高は136億4,000万ドルに達し、市場予測を7億ドル以上上回る見込みだ。この回復を主導するのが、売上高の約8割を占めるDRAM事業、その中でも特にHBMである。DRAM全体の売上高は108億ドルと前四半期比で20%の増加が見込まれるが、HBMの伸びはこれをはるかに凌駕する。同社はHBM単体の売上高を明確にしていないものの、サンジェイ・メロートラ最高経営責任者(CEO)は「2025年のHBM売上高は数十億ドル規模になる」と言明しており、24年の7億5000万ドルから急増することは確実だ。この需要増を受け、汎用DRAMの価格も底を打ち、DDR5規格品は前四半期比で15%程度上昇したと市場調査会社TrendForceは2025年3月の報告書で指摘している。HBMの生産には汎用DRAMの3倍のシリコンウエハー面積が必要とされるため、HBMの増産がDRAM全体の需給を逼迫させ、価格を押し上げる好循環が生まれている。マイクロンは2025会計年度の設備投資額を前年度比50%増の約120億ドル(約1.8兆円)に引き上げる計画で、その大半がHBMの生産能力増強に充てられると見られる。
なぜ後発マイクロンのHBMは受注を伸ばすのか?
HBM市場はこれまで、韓国のSKハイニックスが5割超、サムスン電子が4割弱の市場占有率(Yole Intelligence、2024年調査)を握り、マイクロンは後塵を拝してきた。この構図を覆しつつあるのが、マイクロンが2024年初頭に量産を開始した第5世代製品「HBM3E」の技術的優位性だ。HBMは、複数のDRAMダイ(半導体チップ本体)を垂直に積層し、シリコン貫通電極(TSV)と呼ばれる微細な穴で接続する技術。これにより、GPUなどの演算半導体との間でデータをやり取りするバス幅を1024ビットまで広げ、高速なデータ転送を可能にする。マイクロンのHBM3Eは、競合製品と比較してデータ転送速度が1.2TB/sと高速なだけでなく、消費電力を約30%低減した点を特徴とする。これは、データセンター全体の消費電力と冷却費用が経営課題となる顧客にとって大きな訴求力を持つ。主要顧客である米エヌビディアは、最新のAI半導体「H200」や次世代の「B200」にマイクロンのHBM3Eを正式採用した。さらに、受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が提供する先端実装技術「CoWoS」の認証を得たことも大きい。これにより、TSMCで製造される多様なAI半導体への搭載が可能となり、顧客基盤が一気に拡大した。広島県東広島市にある同社工場が、この先端品の主要生産拠点となっている。
SKハイニックス・サムスンとの三つ巴、生産能力競争の実態
マイクロンの猛追を受け、HBM市場の競争は新たな局面に入った。先行するSKハイニックスは、2025年のHBM生産能力を2024年比で倍増させる計画を発表。総額20兆ウォン(約2.2兆円)以上を投じ、韓国・利川市の工場拡張や米国インディアナ州での新工場建設を進める。同社はHBM3でエヌビディア向けに独占供給してきた実績を武器に、次世代のHBM4開発でも先行を目指す。一方、サムスン電子も巻き返しに必死だ。同社は2025年のHBM生産能力を2024年比で2.5倍に引き上げるという最も野心的な計画を掲げる。サムスンは、DRAMから実装、最終製品までを一貫生産できる垂直統合体制を強みとする。しかし、HBM3Eの量産立ち上げで競合に遅れをとり、エヌビディアの認証取得に時間を要したことが響いた。3社の設備投資競争は、関連する製造装置や材料メーカーにとって巨大な需要を生む。SEMI(国際半導体製造装置材料協会)の2025年6月予測によれば、2026年の半導体製造装置市場は前年比15%増の1420億ドルに達し、特にメモリー向け投資が全体を牽引すると分析している。この巨額投資が、HBMの供給過剰と価格下落を招くリスクも内包しており、各社の投資効率が問われることになる。
日本の供給網が握るHBM製造の急所
HBMの複雑な立体構造は、日本の製造装置と材料技術なくしては成り立たない。前工程の微細化を担うリソグラフィ(露光)に加え、後工程と呼ばれる実装・組立工程の重要性が飛躍的に高まっているためだ。まず、DRAMウエハーを個々のダイに切り分けるダイシング工程では、ディスコの「KABRA」レーザーソーが不可欠だ。薄く研磨したウエハーを割れずに高速で切断する技術で、同社が世界市場をほぼ独占する。次に、積層されたダイが正常に機能するかを試験するテスターでは、アドバンテストの製品がデファクトスタンダード(事実上の標準)となっている。HBMのように接続端子数が数千に及ぶ半導体の試験には、同社の高度な測定技術が求められる。アドバンテストの2025年3月期決算では、AI向け半導体テスターの受注残高が前年同期比で70%増加した。さらに、積層したダイを固定する封止材や、回路パターンを形成するフォトレジスト(感光材)では、信越化学工業やJSR、東京応化工業といった日本企業が世界市場の大部分を供給する。特に、ダイを重ねる際に生じる微細な隙間を埋めるアンダーフィル材は、熱膨張率の制御など高度な化学技術の結晶であり、HBMの長期信頼性を左右する。マイクロンの広島工場も、こうした日本の供給網の真っただ中に位置することで、部材調達や技術協力で地理的優位性を享受していると言える。
日本企業が直面する選択
マイクロンの躍進は、日本の半導体関連企業に大きな事業機会をもたらす一方、新たな課題も突きつけている。特定の半導体メーカーへの依存度が高まることは、その企業の業績や戦略転換が自社の経営に直結するリスクを意味する。2019年に日本政府が実施した韓国向け半導体材料の輸出管理強化の際には、日本の材料メーカーが韓国企業との長年の信頼関係とビジネスの間で難しい判断を迫られた。現在のHBM市場でも同様の構図が生まれかねない。日本の装置・材料メーカーは、マイクロン、SKハイニックス、サムスン電子の3社すべてと取引関係を維持し、地政学的な変動や特定企業の失速に備える分散戦略が不可欠となる。同時に、次世代技術への布石も急がれる。HBMの次に来るHBM4では、ロジック半導体のダイをメモリーの最下層に組み込む「ベースダイ」の採用が検討されており、メモリーとロジックの融合が一層進む。さらに先には、ダイ同士を銅で直接接合する「ハイブリッドボンディング」技術の実用化も見込まれる。こうした新技術の実現には、SCREENホールディングスの洗浄装置や芝浦メカトロニクスのボンディング装置、新たな材料開発が鍵を握る。日本の供給網が、単なる下請け構造に留まらず、次世代技術の標準化を主導できるか。そのための研究開発投資と、国境を越えた企業間連携の深化が、日本の半導体産業の未来を左右する。
💬 この記事へのコメント 0
まだコメントはありません
最初のコメントを投稿してみましょう!⚠️ エラーが発生しました