人民解放軍の装備近代化が、米国の先端半導体規制を迂回する形で進んでいる。その核心は、民生用スマートフォン向けに開発された7ナノメートル(nm、ナノは10億分の1)級半導体技術の軍事転用だ。国家主導で旧世代の製造装置を大量に集積し、材料供給網を国内で固める動きは、米国の輸出管理の限界を露呈させると同時に、日本の装置・材料メーカーに複雑な選択を迫っている。軍事と民生の境界が溶解する「軍民融合」の現実は、経済合理性だけでは測れない新たな地政学リスクを突きつける。
7nm級半導体、軍事転用の現実味
2023年8月、華為技術(ファーウェイ)が発売したスマートフォン「Mate 60 Pro」は、半導体業界に衝撃を与えた。搭載されたSoC(System-on-a-Chip)「Kirin 9000S」が、中国の半導体受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)の7nm工程で製造されたことが、カナダの調査会社TechInsightsの分解調査で判明したためだ。これは米国の輸出規制下で到達不可能とみられていた技術水準だった。この7nm技術の射程は、民生品にとどまらない。人工知能(AI)の学習や推論に使われるGPU(画像処理半導体)や、ミサイル誘導・電子戦システムを司るFPGA(製造後に購入者や設計者が構成を設定できる集積回路)への応用が視野に入るからだ。例えば、最新の戦闘機に搭載されるAESAレーダー(アクティブ電子走査アレイレーダー)は、数千個の送受信モジュールを個別に制御する高度な半導体を必要とする。7nm級の演算能力は、リアルタイムでの目標識別や妨害電波への対処能力を飛躍的に高める可能性がある。米国防総省が2023年10月に公表した「中国の軍事力に関する年次報告書」は、人民解放軍が「インテリジェント化戦争」の概念を掲げ、AI技術の軍事利用を最優先課題としていると指摘。SMICの7nm技術は、その基盤となりうる。
なぜ米国の規制は完全には機能しないのか?
米国の規制は、最先端半導体の製造に不可欠なEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置の中国向け輸出を完全に遮断している。オランダのASML社が独占供給するこの装置なくして、5nmより微細な回路の量産は不可能とされる。ではSMICは如何にして7nmを実現したのか。答えは、一世代前のDUV(深紫外線)リソグラフィ装置を駆使した「多重露光」技術にある。これは、同じ回路パターンを複数回に分けて重ね焼きすることで、装置の物理的な解像度限界を超える微細な回路を形成する手法だ。具体的には、ArF(フッ化アルゴン)液浸スキャナー(波長193nm)を用い、露光を2回、3回と繰り返すことで7nm級のパターンを刻む。この手法は歩留まり(良品率)が著しく低下し、製造コストが2〜3倍に跳ね上がる欠点を持つ。しかし、国家が不採算を度外視してでも特定性能の半導体を確保しようとする軍事・安全保障分野では、コストは二の次となりうる。米国の規制は、ASML製の最新液浸DUV装置の輸出も制限しているが、日本のニコンやキヤノンが製造する旧世代機や、規制の網にかからない中古装置が中国に流入している。半導体製造はリソグラフィ装置だけで完結しない。回路パターンを転写したウエハーを加工する東京エレクトロン製のコータ・デベロッパやエッチング装置、SCREENホールディングス製の洗浄装置など、日本企業が世界で高い占有率を持つ装置群が不可欠だ。これらの多くは規制対象外の「成熟プロセス」用として輸出が継続されており、結果としてSMICの技術開発を間接的に支える構造となっている。
「装置の倉庫」と化す中国半導体工場
米国の規制強化がかえって中国の半導体製造装置への渇望を煽っている。国際半導体製造装置材料協会(SEMI)が2024年4月に発表した統計によれば、2023年の中国の半導体製造装置輸入額は前年比14%増の396億ドルに達し、世界全体の39%を占める最大の市場となった。特に規制が緩い28nm以上の成熟プロセス用装置の輸入が急増しており、業界では「将来の規制強化を見越した駆け込み需要」との見方が支配的だ。中国税関総署のデータでも、2023年11月単月のリソグラフィ装置輸入額が前年同月比450%増を記録するなど、異常な水準が続く。これらの装置は、単に既存工場の更新に使われるだけではない。有事の際に西側からの供給が途絶しても国内で半導体を量産し続けるための「戦略的備蓄」の性格を帯びている。米調査会社Gartnerの2023年12月の報告では、中国は今後3年間で26の新たな半導体工場を建設する計画で、その大半が28nm以上の成熟プロセスに集中するという。自動車や産業機器向けの半導体不足を解消する名目だが、これらの生産基盤は、比較的単純な構造で済む軍事用半導体の大量生産にも容易に転用できる。ミサイルの信管や通信機器に使われる半導体は、必ずしも最先端である必要はなく、むしろ信頼性とコストが重視されるためだ。
窒化ガリウムが変える次世代の軍事技術
先端ロジック半導体と並行し、人民解放軍が注力するのが窒化ガリウム(GaN)に代表される化合物半導体だ。GaNは、従来のシリコン(Si)やガリウムヒ素(GaAs)に比べ、高い電圧や高温環境に耐え、高周波で動作する特性(広いバンドギャップ)を持つ。この物理的特性により、戦闘機や艦船に搭載するAESAレーダーの出力を飛躍的に高め、探知距離を1.5倍以上に伸ばすことが可能になる。また、電子戦装備においては、敵のレーダーや通信を無力化する強力な妨害電波を発信するための増幅器として不可欠だ。中国電子科技集団(CETC)傘下の研究所などはGaN半導体の国産化を推進しているが、その製造基盤は依然として脆弱性を抱える。高品質なGaN結晶を成長させるための基板には炭化ケイ素(SiC)ウエハーが用いられるが、この市場は米Wolfspeed社や日本のロームなどが高い占有率を持つ。また、結晶成長に用いるMOCVD(有機金属気相成長法)装置も、独アイクストロン社や米ヴィーコ・インスツルメンツ社が市場を寡占する。中国勢も装置の内製化を急ぐが、軍事レベルの品質と信頼性を満たすには、まだ数年の時間が必要と見られる。日本の材料メーカー、信越化学工業やSUMCOが供給する高品質なSiCウエハーが、間接的に中国のGaN開発を左右する構図が存在する。
日本企業が直面する二律背反
中国の旺盛な半導体投資は、日本の製造装置・材料メーカーにとって巨大な商機だ。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、売上高に占める中国向け比率が47%に達した。アドバンテストやSCREENホールディングスも同様に中国依存を深めている。しかし、この活況は経済安全保障上の深刻なジレンマを内包する。今日輸出した装置や材料が、明日の東アジアの軍事均衡を揺るがす兵器の一部となりうるからだ。米国は、SMICや長江存儲科技(YMTC)など特定の中国企業を輸出規制対象の「エンティティ・リスト」に掲載しているが、リストにない企業を経由した迂回調達や、民生用途を装った輸入を完全に防ぐことは難しい。日本政府は2023年7月、先端半導体製造装置23品目を輸出管理の対象に追加したが、対象は主に28nmより微細なプロセス向けに限定され、成熟プロセス用の多くは対象外のままだ。企業側は、米国の規制と中国の需要の間で綱渡りを強いられる。不用意な取引が米国の二次的制裁を招くリスクや、技術が軍事転用された場合の評判低下リスクは無視できない。サプライチェーンの最終需要家(エンドユース)までを正確に把握するデューデリジェンス(適正評価手続き)の徹底が不可欠だが、軍民融合政策の下ではその実態解明は極めて困難だ。目先の利益と長期的な安全保障。日本企業は、この二律背反に対し、政府と連携した上で、より慎重で戦略的な判断を迫られている。