イランとイスラエルの軍事衝突が激化し、世界の原油輸送の要衝であるホルムズ海峡の封鎖リスクが半導体サプライチェーンに深刻な影響を及ぼし始めた。海峡が仮に48時間閉鎖された場合、日本の液化天然ガス(LNG)輸入の約8割が停滞し、電力多消費型の半導体工場の稼働を直撃する。さらに、特殊化学品や高純度ガスの輸送停滞は、台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子の最先端工場から、日本の材料・装置メーカーに至るまで、連鎖的な生産停止を引き起こしかねない。地政学リスクが先端技術の生産基盤をいかに揺るがすか、その構造を定量的に分析する。

LNG輸送停滞が招く電力危機

中東情勢の緊迫化がもたらす最初の衝撃は、エネルギー供給網、とりわけLNG輸送の混乱を通じて現れる。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が2024年1月に公表した統計によれば、2023年における日本のLNG輸入量6,439万トンのうち、中東地域(カタール、オマーン、アラブ首長国連邦)からの輸入が全体の約15%を占める。しかし、数量ベース以上に重要なのは、オーストラリアなど他地域からの輸入分も含め、大半のタンカーがホルムズ海峡を通過する航路に依存している点だ。国際エネルギー機関(IEA)の2023年報告書は、世界で海上輸送されるLNGの約20%がこの狭い海峡を通過すると指摘する。封鎖や保険料の高騰による航行制限は、日本の電力供給体制を根底から揺るがす。日本の大手電力会社10社の総発電量に占めるLNG火力発電の割合は、経済産業省の2023年度電力調査統計によると34.3%に達する。特に、最先端半導体の量産を目指すラピダスや、TSMCが熊本に建設したJASMなど、新規の大型工場は膨大な電力を消費する。これらの工場は1棟で年間10億キロワット時を超える電力を必要とし、これは一般家庭約30万世帯分に相当する。LNGの供給不足は電力価格の急騰を招き、工場の操業コストを直接圧迫する。仮にLNG調達価格が3割上昇すれば、電力料金への転嫁を通じて、大規模半導体工場の年間電力費用は数十億円単位で増加すると試算される。

なぜ化学品輸送が致命傷となるのか?

電力危機以上に深刻なのが、半導体製造に不可欠な素材・化学品の供給停止だ。半導体は「産業のコメ」と呼ばれるが、その生産は多種多様な特殊化学品に支えられており、その多くが海上輸送に依存する。例えば、回路パターンをウエハーに転写した後の不要部分を削り取るエッチング工程で用いる高純度フッ化水素は、ステラケミファや森田化学工業といった日本企業が世界市場で高い占有率を持つ。また、ウエハー表面を原子レベルで平坦化する化学機械研磨(CMP)工程のスラリーも、日本の化学メーカーが得意とする分野だ。これらの化学品は少量でも欠乏すれば、月産数万枚を誇る巨大な半導体工場(ファブ)の生産ライン全体が停止に追い込まれる「ボトルネック物資」である。2019年に日本政府が韓国向けに実施したフッ化水素などの輸出管理厳格化措置は、サムスン電子やSKハイニックスに代替調達先の確保を急がせ、サプライチェーンの脆弱性を露呈させた。今回のホルムズ海峡リスクは、特定国間の政策対立とは異なり、広範な物資輸送そのものを物理的に遮断する点で、より影響が大きい。航空輸送への切り替えは、輸送コストが船舶の10倍以上に跳ね上がる場合が多く、重量物やかさばる液体化学品の輸送には現実的ではない。結果として、日本の素材メーカーから台湾や韓国、米国の半導体工場へ向かう供給が滞り、世界的な半導体不足を再燃させる危険性をはらむ。

装置産業を襲う「見えざる依存」

半導体製造装置メーカーも、中東情勢の動向と無縁ではいられない。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコといった日本の装置メーカーは、世界市場で合計3割以上の占有率を誇る。これらの企業が製造する装置は、数百から数千点に及ぶ精密部品から構成されており、そのサプライチェーンは世界中に張り巡らされている。特に、真空ポンプや流量制御装置、特殊な石英部品など、欧州や米国から調達する重要部品は少なくない。これらの部品がスエズ運河を経由してアジアへ海上輸送される際、紅海からアラビア海へ抜けるルートの航行が危険と判断されれば、アフリカ喜望峰を回る迂回航路を選択せざるを得なくなる。この場合、輸送日数は従来の約30日から45日以上へと1.5倍に延び、輸送コストも大幅に増加する。世界最大手のコンテナ船会社マースクは、2024年初頭の紅海危機に際し、迂回航路による追加コストが40フィートコンテナあたり数百ドルに上ると発表した。装置メーカーは、こうした輸送遅延とコスト増を吸収するため、部品在庫の積み増しを迫られる。しかし、すべての部品で数カ月分の在庫を確保するのは資金繰りの面で非現実的だ。一つの重要部品が欠けるだけで、1台数億円から数百億円する製造装置の出荷が遅れ、TSMCやインテルが進める次世代工場の建設計画に直接的な遅延をもたらす。これは、半導体産業全体の技術革新の速度を鈍化させることに繋がる。

TSMC・サムスンを巡る地政学的計算

世界最先端の半導体製造を担う台湾TSMCと韓国サムスン電子は、中東の地政学リスクを自社の生産戦略に織り込み始めている。両社は、半導体製造における水と電力の「爆食」企業であり、その安定確保は経営の最重要課題だ。台湾経済部水利署の2023年のデータによれば、TSMCの台湾内工場だけで台湾全体の工業用水の約10%を消費する。また、韓国電力公社の報告では、サムスン電子とSKハイニックスの2社で韓国の産業用電力消費の約12%を占める。LNG価格の高騰は、両社が政府から受ける電力料金優遇の維持を困難にし、国際的なコスト競争力に影響を与える。このため、両社は生産拠点の地理的分散を加速させている。TSMCが日本の熊本や米国アリゾナ、ドイツのドレスデンに新工場を建設するのは、米中技術摩擦への対応に加え、台湾有事のリスク分散が主目的とされてきた。しかし、今回のホルムズ海峡を巡る緊張は、エネルギー調達と物流網の安定性という、もう一つの重要な分散の軸を浮き彫りにした。日本や米国は、中東へのエネルギー依存度が相対的に低いわけではないが、備蓄体制や調達先の多様性、そして政治的な安定性において、台湾や韓国とは異なる利点を持つ。特に日本は、半導体製造に不可欠な素材・装置産業が集積しており、国内でサプライチェーンを完結させやすいという地理的優位性がある。TSMCの熊本進出は、この「物流リスクの低減」という側面からも、改めてその戦略的重要性が評価されることになろう。

日本企業が直面する三つの選択

ホルムズ海峡の緊張は、日本の半導体関連企業に対し、事業継続計画(BCP)の根本的な見直しを迫っている。直面する選択肢は大きく三つに分類できる。第一は「在庫の積み増しと代替輸送路の確保」である。これは最も直接的な対策だが、財務的な負担が大きい。素材や部品の在庫を従来の1.5倍から2倍に引き上げるには、倉庫費用や資本コストが増大する。航空輸送やシベリア鉄道を利用した陸上輸送も選択肢となるが、コスト増や政情不安といった別のリスクを伴う。第二の選択は「生産・調達の国内回帰」だ。経済安全保障の観点から政府も後押しする動きであり、ラピダスやTSMC熊本工場への補助金はその一環と言える。素材から装置、製造までを国内で完結させる体制を強化できれば、海外の物流寸断リスクを大幅に低減できる。信越化学工業やSUMCOが国内でのシリコンウエハー増産投資を決めたのは、この流れを象徴している。しかし、すべてのサプライチェーンを国内で完結させることは非現実的であり、海外市場との連携は不可欠だ。第三の選択肢は、「技術による依存の克服」である。例えば、省電力性能に優れた半導体設計や、希少材料の使用量を削減する新プロセスの開発がこれにあたる。東京工業大学の研究グループが開発を進める、ネオンガスを使用しない新しいリソグラフィー技術などは、長期的な解決策となりうる。どの選択も一長一短があり、多くの企業はこれらを組み合わせた多層的な防衛策を講じることになる。中東の地政学リスクは、もはや対岸の火事ではなく、日本の技術覇権の維持に向けた即時の行動を求める警鐘となっている。