原油価格の変動を起点とするエネルギー価格の高騰が、日本の半導体復興戦略に影を落としている。最先端半導体の製造に不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置は、1台で数メガワットの電力を消費し、製造原価を押し上げる主因となりつつある。台湾積体電路製造(TSMC)の年間電力消費量は2025年にも台湾全体の8%に達する見込みで、エネルギーコストは国際競争力を左右する決定的な要素となった。経済産業省が1兆円規模の国費を投じるラピダス(北海道千歳市)やJASM(熊本県菊陽町)など国内の新工場は、国際的に割高な電力料金という構造的な課題に直面する。地政学リスクを背景としたエネルギー価格の不安定化は、半導体サプライチェーンの脆弱性を改めて浮き彫りにしている。
「EUV露光」という電力消費の巨獣
先端半導体製造の心臓部であるリソグラフィー工程は、今や巨大な電力消費源へと変貌した。特に、5ナノメートル以下の微細加工を可能にするEUV露光技術は、その象徴である。EUV光は、真空中で錫(Sn)の微小な液滴に高出力のCO2レーザーを毎秒5万回照射し、生成したプラズマから波長13.5ナノメートルの光を取り出すという極めてエネルギー変換効率の低い原理で動作する。このため、オランダASML製の最新機「NXE:3800E」1台あたりの消費電力は、約1.5メガワットに達するとされる。これは、従来のArF(フッ化アルゴン)液浸露光装置の10倍以上の数値だ。24時間365日稼働する半導体工場では、EUV装置1台だけで年間約1300万キロワット時を消費。日本の現在の産業用電力料金(1キロワット時約25円、資源エネルギー庁2023年調査)で単純計算すれば、年間3億円を超える電気代がかかる。将来の高NA(開口数)EUV装置「EXE:5200」では、消費電力はさらに30%以上増加する見通しで、コスト増は避けられない。TSMCやサムスン電子は、1工場で100台以上のEUV装置を稼働させており、リソグラフィー工程だけで一つの地方都市に匹敵する電力を消費しているのが実態である。
なぜ電力費は先端工場の命運を握るのか?
半導体製造の総コストに占める電力費の割合は、プロセス世代の微細化とともに急上昇している。10年以上前の40ナノプロセス世代では、電力費が製造原価に占める割合は数パーセント程度と見られていた。しかし、米ボストン・コンサルティング・グループが2022年に公表した試算によると、最先端の3ナノプロセス工場では、総所有コスト(TCO)の25%から30%をエネルギー関連費用が占める可能性があると指摘されている。これは、ウエハーや化学材料費に匹敵する規模である。TSMCが公表した2023年のサステナビリティ報告書によれば、同社の2022年の総電力消費量は210億キロワット時を超え、台湾全体の総電力消費量の約7.5%を占めた。同社は2025年にはこの比率が8%を超えると予測しており、電力の安定確保とコスト抑制が経営の最重要課題となっている。この電力消費の増大は、EUV露光工程の増加に加え、エッチングや成膜など前後工程の複雑化も一因だ。微細化が進むほど工程数が増え、各工程で用いるプラズマ処理装置や超純水製造設備の稼働時間も長くなるため、工場全体の消費電力が指数関数的に増加する構造にある。
台湾・韓国勢の電力戦略と日本の現在地
半導体生産で世界を先行する台湾と韓国は、国策としてエネルギー確保に動いている。台湾は、TSMCなど半導体企業向けに再生可能エネルギーの長期購入契約(PPA)を推進する一方、慢性的な電力不足という構造的課題を抱える。2021年と2022年には大規模な停電が発生し、半導体工場の稼働に一時的な影響が出た。韓国では、サムスン電子やSKハイニックスが国内の電力需要の大きな部分を占めており、比較的安価な原子力発電がその競争力を下支えしてきた。韓国電力公社の2023年データによれば、同国の産業用電力料金は日本やドイツなど主要製造国に比べて3割から5割低い水準にある。これに対し、日本の状況は厳しい。東日本大震災以降、原子力の稼働率が低迷し、火力発電への依存度が高い。資源エネルギー庁の2023年10月の報告では、日本の産業用電力料金は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも最高水準にある。ラピダスが建設を進める北海道では、再生可能エネルギーの潜在力は大きいものの、送電網の脆弱性が課題だ。JASMが立地する九州では、九州電力が再生可能エネルギーの出力抑制を頻繁に実施しており、大規模工場への安定供給能力が問われる。エネルギーコストの格差は、国内新工場の長期的な採算性と国際競争力に直接影響する。日本政府は、半導体企業向けの電力料金に特別な措置を講じることも視野に入れるが、国民的な合意形成には時間を要すると見られる。
原油高騰が揺さぶる素材国産化の価値
原油価格の変動は、電力コストだけでなく、半導体材料のサプライチェーンにも直接的な影響を及ぼす。半導体製造に不可欠なフォトレジスト(感光材)や高純度化学薬品の多くは、原油を精製して得られるナフサを基礎原料とするためだ。原油価格が1バレルあたり10ドル上昇すると、ナフサ価格も連動して上昇し、数カ月の時間差を経てフォトレジストや各種溶剤の調達価格に転嫁される。日本は、EUV用フォトレジストでJSR、信越化学工業、東京応化工業などが世界市場の約9割を握る「素材大国」である。シリコンウエハーでも信越化学とSUMCOが世界シェアの約6割を占める。これらの素材は、国内で一貫生産されることで高い品質と安定供給を実現してきた。しかし、その製造プロセス自体が多くのエネルギーを消費する。例えば、シリコンウエハーの原料となる高純度ポリシリコンの製造や、単結晶の引き上げ工程(CZ法)は、大量の電力を必要とする。エネルギー価格の高騰は、日本の素材メーカーのコスト競争力を削ぎ、海外の競合メーカーに対する優位性を揺るがしかねない。2019年の韓国向け輸出管理強化で明らかになったように、フッ化水素などの特殊材料は日本の強みだが、その生産基盤が国内のエネルギー事情に左右されるというリスクが改めて認識されるべきだろう。
日本企業が直面する選択
エネルギーコストという新たな競争軸の出現は、日本の半導体産業界に戦略の転換を迫っている。ラピダスやJASMが目指す先端ロジック半導体の量産は、電力消費の大きいEUV技術の導入が前提となる。国際水準を大幅に上回る電力コストを吸収し、TSMCやサムスン電子と競争するためには、抜本的な対策が不可欠だ。考えられる方策は三つある。第一に、徹底した省エネルギー技術の導入である。製造装置メーカーと連携し、装置の待機電力削減や、AIを活用した生産計画の最適化によって工場全体のエネルギー効率を高める取り組みが求められる。東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった日本の装置メーカーには、プロセス性能だけでなく、エネルギー効率を競う新たな開発競争が生まれる可能性がある。第二に、エネルギー調達の多様化と長期安定化だ。大規模な太陽光発電所や風力発電所からの直接購入(コーポレートPPA)を積極的に活用し、変動の激しい市場価格への依存度を低減する必要がある。政府や電力会社と連携し、半導体工場専用の送電網や蓄電設備の整備を進めることも長期的な選択肢となる。第三に、エネルギーコストを付加価値に転嫁できる製品戦略である。単なる量産品ではなく、省電力性能や高い信頼性が求められる特定用途向け半導体に特化し、コスト増を吸収できる価格設定を目指す考え方だ。いずれの道も容易ではないが、エネルギーという制約を前提とした事業モデルの再構築なくして、日本の半導体復興は成し遂げられない。地政学リスクに端を発するエネルギー市場の混乱は、技術の優位性だけでは越えられない壁の存在を、我々に突きつけている。