軌道上データセンターは2035年に390億ドル超へ年率67%で急拡大。スペースXのxAI合併1.25兆ドルと衛星100万基申請に対し、中国は三体計算星座12基で先行する。NECの光衛星間通信が握る日本の急所と機会・リスクを解説。
軌道上データセンターとは、衛星にAI用の計算機を載せ、宇宙の太陽光と放射冷却で動かす構想を指す。地上の電力・冷却・用地の限界に直面したAI計算を宇宙へ逃がす発想で、市場は2035年に390億ドル超へ年率67%で拡大するとの予測もある。米スペースXがxAIと統合して宇宙計算に乗り出す一方、中国はすでに計算衛星を軌道へ上げ先行する。日本の出番は、NECが世界で初めて実用化した光通信という地味な土台にある。
1.25兆ドル合併と100万基申請
構想を一気に現実へ押し出したのがスペースXである。同社は2026年2月、自社のAI企業xAIと統合し、評価額1兆2,500億ドル(スペースX1兆ドル、xAI2,500億ドル)という史上最大級の非上場合併に踏み切った。直後に米連邦通信委員会(FCC)へ、高度500〜2,000キロメートルの軌道に最大100万基の太陽光発電衛星をデータセンターとして展開する申請を出した。イーロン・マスク氏は「2〜3年以内に、AI計算を最も安く生む方法は宇宙になる」と述べ、年100万トンの衛星を打ち上げれば年間100ギガワットのAI計算能力を上乗せできると主張する。
ただし、勇ましい発言と社内文書の温度差は大きい。ロイターが確認したスペースXの上場目論見書(S-1)は、軌道上データセンター事業について「技術的な複雑さと未実証の技術を伴い、商業的に成立しない可能性がある」と明記した。同社は2026年夏に評価額1兆5,000億ドルを狙う新規株式公開(IPO)を控え、xAIのAI物語が評価額を支える構図にある。宇宙の計算は、壮大な目標と冷静なリスク開示が同居する未踏の領域だ。
なぜ計算を宇宙へ運ぶのか
地上のAIは、電力と冷却、用地という物理の壁に突き当たった。デルが決算で示したように、推論用トークンの消費は前年の320倍に膨らみ(同社2026年5月)、データセンターの電力需要は国際エネルギー機関(IEA)の試算で2026年に最大1,000テラワット時へ倍増する。地上で発電所と冷却塔を新設する速度では追いつかない。
宇宙はこの制約を一部回避する。地球低軌道では太陽光が大気に減衰されず、太陽定数はおよそ1平方メートルあたり1,360ワットと地表の約1.4倍に達する。太陽同期軌道を選べば衛星はほぼ日陰に入らず、燃料費ゼロの電力をほぼ連続で得られる。市場調査のBISリサーチは、軌道上データセンター市場が2029年の約17.8億ドルから2035年に390億ドル超へ、年平均67.4%で拡大すると予測する。もっとも、すべての計算が宇宙向きではない。判断を分散して処理できる推論(インファレンス)は遅延に強く宇宙に適すが、巨大モデルを一から鍛える訓練(トレーニング)は数万個のGPUを密に束ねる必要があり、宇宙でのクラスター化は難しい。宇宙はまず推論の受け皿になる。
宇宙の冷却は本当に無料か
「宇宙は寒いから冷却がただ」という理解は誤りだ。真空には空気がなく、地上のように熱を風で運ぶ対流や水冷の伝導が使えない。熱を捨てる手段は赤外線として放つ熱放射だけで、放熱量は表面温度の4乗に比例する(ステファン・ボルツマンの法則)。100キロワット級の計算機が出す廃熱を捨てるには、サッカー場ほどの巨大な放熱パネルが要るとの試算もある。冷却は「無料」どころか設計上の最難関だ。
放射線も重い課題だ。宇宙線や太陽からの陽子が半導体に飛び込むと、記憶の値が反転する単一事象擾乱(SEU)が起き、計算が狂う。地上向けのGPU、たとえばエヌビディアの「H100」はそもそも宇宙放射線への耐性を前提に作られておらず、遮蔽や冗長化なしでは寿命が縮む。地上との通信遅延も無視できない。低軌道でも往復で数ミリ秒から数十ミリ秒が生じ、対話型の用途には効く。それでもNASAや欧州宇宙機関(ESA)と組むエヌビディア、IBM、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)が放射線に強い軌道上サーバーの開発を急ぐのは、地上の限界がそれだけ差し迫っているからだと見られる。
先に飛ばした中国の計算衛星
派手な発言で先行するのは米国だが、実機を軌道へ上げて先んじたのは中国だ。中国の之江実験室(浙江省)とスタートアップのADA Space(国星宇航)は2025年5月、酒泉衛星発射センターから長征2号Dで12基の計算衛星を打ち上げ、世界初の宇宙コンピューティング網「三体計算星座」の運用を始めた。各衛星は毎秒744兆回(744 TOPS)の処理能力と衛星間レーザー通信を備える。
構想の規模は桁違いだ。最終的に2,800基で合計毎秒1,000ペタ回(1,000 POPS)、米ローレンス・リバモア国立研究所の世界最速スパコン「エルキャピタン」の約600倍の計算能力を目指す。2026年1月にはアリババの大規模言語モデル「Qwen3」を軌道上の衛星へ展開し、複雑な処理を2分以内で終えたとされる。資金も動く。ADA Spaceは2025年10月、中国銀行四川省分行から50億元の与信枠を得た。米スペースXやグーグルがFCC申請や地上試験の段階にあるなか、中国は「計画より実装」を地で行く。地上の半導体で規制に縛られる中国が、規制の薄い宇宙の計算で先手を取る——その意味は小さくない。
NECが握る光通信の急所
軌道上に計算機を並べても、衛星間と地上をつなぐ通信が細ければ宝の持ち腐れになる。データ転送こそ最大の隘路で、ここに日本の数少ない持ち場がある。宇宙航空研究開発機構(JAXA)とNEC(日本電気)は2024年10月、波長1.5マイクロメートルの光を使い、静止軌道の中継衛星と地球観測衛星「だいち4号」(ALOS-4)の間、約4万キロメートルで毎秒1.8ギガビットの光衛星間通信に成功した。電波を使う前世代の中継衛星「こだま」(毎秒240メガビット)の7.5倍の速さである。
光通信が効くのは物理の理屈による。電波より波長が短い光は同じ電力でより多くの情報を運べ、ビームが細いため傍受されにくく、電波の周波数免許もいらない。NECは1.5マイクロメートル帯の光衛星間通信を世界で初めて実用化し、設計・製造を主導した。米国でも、アクシオム・スペースが2026年に打ち上げる軌道上データセンターは、ケプラー・コミュニケーションズやスカイルーム・グローバルと組み、毎秒10ギガビットの光リンク(OISL)を使う。エヌビディアの支援を受けるスタークラウドは2025年11月、「H100」を載せた衛星を打ち上げて宇宙で初めて言語モデルを訓練し、次は2026年10月にブラックウェル世代を載せる。計算を支える神経が光通信であり、その基盤技術で日本は世界の前列にいる。
主権AIと宇宙データの主導権
なぜ各国が宇宙の計算にこだわるのか。背景には、データとAIの基盤を自国で握る主権AIの思想がある。日本は計算資源とモデルの根幹をオープンAIやアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、エヌビディアに頼り、「AIの植民地化」の懸念を抱えてきた。軌道上データセンターは、その依存から抜ける一つの道筋になりうる。地球観測の生データを宇宙で即時に処理し、地上に降ろさずに使えれば、データ主権を保ったままAIを回せる。
日本企業の関与は通信にとどまらない。三菱商事は国際宇宙ステーションの後継となる民間宇宙ステーション「スターラボ」に国際パートナーとして参画し、軌道上の基盤づくりに加わる。衛星の三菱電機やNECは政府の観測・通信衛星で実績を積む。月面探査のispaceは、極限環境でのAIデータ処理の知見を蓄え、将来の月面計算へ広げる芽がある。日本政府は2023年度に策定した「宇宙技術戦略」で光通信を重要技術に位置づけ、高信頼の中継で欧米の大型構想と差別化する構えだ。地上の半導体で築いた素材の砦に、宇宙のデータ中継という新たな関所を重ねられるかが問われている。
日本企業が直面する選択
投資の観点では、機会は通信と部品にある。光衛星間通信を世界で初めて実用化したNEC(6701)、衛星の三菱電機(6503)、宇宙基盤に関わる三菱重工業(7011)や三菱商事(8058)、月面のispace(9348)は、軌道上計算が広がるほど中継と基盤の需要を取り込む側に立つ。放射線に強い半導体や受動冷却、特殊光学部品といった川上では、日本の精密技術が食い込む余地が大きい。海外勢では打ち上げのロケット・ラボ、通信のAST SpaceMobile、地球観測のプラネット・ラボ、宇宙製造のレッドワイヤへの分散も選択肢になる。リスクは二つある。第一に時間軸だ。スペースXのS-1すら「商業的に成立しない可能性」を認めるほど未実証で、回収は10〜20年先になりうる。即時の投資収益を求める日本の資金とは相性が悪く、忍耐資本の不足が出遅れを生む。第二に規格と人材である。衛星間をつなぐ光通信やエージェント連携の規格づくりで主導権を握れなければ、技術があっても標準の外に置かれる。中国が実機で先行し、米国が資本で押す宇宙の計算で、日本は中継という急所を持ちながら設計図を他者に委ねる愚は避けたい。半導体や宇宙輸送で繰り返した非対称を、ここで断てるかが分かれ目になる。