イタリアのタイヤ大手ピレリは5月6日、米国ジョージア州ローマ市の工場で、センサーを搭載しリアルタイムでデータを送信する「サイバータイヤ」の生産を開始すると発表した。この発表は、イタリア政府が中国国有化学大手シノケムグループのピレリへの影響力を制限する措置を講じたわずか1カ月後に行われた。この動きは、中国企業が関与するコネクテッドカー技術からのデータ流出を懸念する米国の意向に沿ったものとみられる。
ピレリ、米国での生産強化へ
ピレリは、米国での産業・技術統合を強化するため、同社のジョージア州工場で「サイバータイヤ」の生産を開始すると表明した。同技術は、タイヤに埋め込まれたセンサーとソフトウェアを組み合わせ、車両にリアルタイムでデータを提供するものだ。ピレリは以前、米国商務省が主催する「SelectUSA投資サミット」でこの技術を披露していた。ピレリ北米のクラウディオ・ザナルド最高経営責任者(CEO)は、今回の措置が「先進技術を市場に近づけるという当社のコミットメントを示すものだ」と述べ、米国での事業拡大と革新能力の強化を強調した。
背景に米国のデータ懸念
ピレリの米国市場は同社総売上高の20%以上を占める重要な地域だが、ジョージア州の工場は現在、米国市場の需要の約5%しか満たしていない。シティバンクのアナリストは、今回の米国での「サイバータイヤ」生産開始について、規模は小さいものの、米国商務省が「技術的に高度な製品を米国で生産するピレリへの信頼を深めた」ことを示唆していると指摘した。この背景には、シノケムグループがピレリの筆頭株主(34.1%出資)であることから、米国がデータ収集を巡る懸念を抱き、中国系企業が関与するコネクテッドカー関連のソフトウェアやハードウェアに対する規制を強化しているためである。
イタリア政府のゴールデンパワー規定適用
ピレリが米国市場へのアクセスを維持できるよう、イタリア内閣は4月上旬、いわゆる「ゴールデンパワー規定(金株規定)」を適用し、シノケムグループがピレリの取締役を指名する権限を制限した。この措置により、シノケムグループ傘下の投資会社は、ピレリ取締役会で指名できる取締役候補を最大3名に制限され、その3名も会長やCEOといった中核的な役職に就くことはできない。さらに、この3名のうち2名はシノケムグループから独立している必要があるとされた。イタリア政府は、この措置が「サイバータイヤ」センサーに関連する戦略的技術とデータを保護するためだと説明した。イタリア政府は2012年にゴールデンパワー法を制定し、外国資本による国内重要分野の買収を阻止する権限を有している。
国際的なサプライチェーンへの影響
イタリア政府は以前にも、2023年6月にピレリの企業統治に介入し、中国企業の影響力に制限を加えていた。中国外務省の林剣報道官は、中国とイタリア間の投資協力は互恵的であり、第三者の干渉を受けるべきではないと強調し、イタリア政府に対し、中国企業に公平で公正なビジネス環境を提供し、合法的な権益を保障するよう求めた。今回のピレリを巡る動きは、米中間の技術覇権争いが、同盟国の企業統治や国際的なサプライチェーンにまで影響を及ぼしている現状を浮き彫りにしている。データセキュリティを巡る各国の規制強化は、今後も国際的な企業提携や投資に大きな影響を与える可能性があり、日本企業も同様のリスクに直面する可能性がある。
ピレリとは
世界を走らせるイタリア発プレミアムタイヤブランド
Pirelli(ピレリ)は、1872年にイタリア・ミラノで誕生した世界有数のタイヤメーカーである。現在では単なるタイヤ企業ではなく、高性能モビリティとラグジュアリー自動車産業を支えるテクノロジーブランドとして位置づけられている。
1. ピレリの特徴
ピレリの最大の特徴は「プレミアム・ハイパフォーマンス領域への特化」である。
- フェラーリ、ランボルギーニ、マクラーレンなどへの純正供給
- F1世界選手権 の公式タイヤサプライヤー
- 高速走行・グリップ性能に特化した技術開発
- 静粛性・安全性・耐久性の高度バランス設計
つまりピレリは「量産タイヤ企業」ではなく、高級車・モータースポーツ向けの技術ブランドである。
2. 中国との関係
ピレリは現在、中国資本と強く結びついたグローバル企業でもある。
最大株主グループの一つは:
Sinochem Corporation(中国化工系国有企業)
この構造により:
- イタリア発ブランド
- 中国資本参加
- グローバル経営体制
という「多国籍資本モデル」を形成している。
3. EV時代におけるピレリ
電気自動車(EV)の普及は、ピレリの技術方向性を大きく変えた。
特に重要な領域:
EV市場は現在、ピレリにとって最も成長性の高い分野の一つである。
ピレリの戦略的ポジション
ピレリは単なるタイヤメーカーではなく、次の3つの交差点に位置している:
- 欧州プレミアム自動車産業
- 中国EV産業の急成長市場
- グローバルモータースポーツ技術
このためピレリは「自動車産業の裏側を支える戦略インフラ企業」とも言える。
イタリアの伝統技術 × 中国資本 × EV時代の最先端モビリティが交差するグローバル企業である。
単なるタイヤメーカーではなく、
世界の自動車産業の変化そのものを支える技術プラットフォームとなっている。
まとめ:日本への示唆
今回のピレリの動きは、日本企業にとってコネクテッドカー分野におけるサプライチェーン再編の機会とリスクを提示する。ピレリの米国工場は現在、米国市場の需要の約5%しか満たしておらず、残りの95%を補う必要がある。これは、サイバータイヤや関連技術において、日本企業が米国市場へ参入する余地があることを示唆する。例えば、ブリヂストンや横浜ゴムといった日本のタイヤメーカーは、ピレリが米国で生産強化を図る「サイバータイヤ」と同様の技術開発を進めており、データセキュリティを重視する米国市場のニーズに応える形で、新たなビジネスチャンスを掴む可能性がある。
一方で、中国企業が関与する合弁事業やサプライチェーンにおけるデータセキュリティリスクへの対応は喫緊の課題となる。イタリア政府がシノケムグループに対し「ゴールデンパワー規定」を適用し、ピレリへの影響力を制限した事例は、同盟国政府がデータ保護を理由に企業統治に介入する可能性を示した。日本企業が中国企業と共同でコネクテッドカー関連技術を開発する場合、データの保管場所やアクセス権限、技術移転に関する契約内容を厳格化する必要がある。特に、BYDのような中国EVメーカーとの協業を検討する際には、米国が懸念するデータ流出リスクを回避するための具体的な対策が不可欠となる。