中国人民解放軍による台湾周辺での軍事演習の常態化は、世界の半導体供給網が抱える地政学的な脆弱性を改めて浮き彫りにした。世界の半導体受託生産(ファウンドリ)市場で台湾積体電路製造(TSMC)と聯華電子(UMC)を合わせた台湾勢が握るシェアは、2023年第4四半期時点で68%に達する(TrendForce調べ)。特に先端品ではTSMC1社で9割超を占める。演習は、この巨大な生産集積地が軍事的緊張の高まりによって機能不全に陥る可能性を、世界の経営者や投資家に突きつけた。これは単なる軍事問題ではなく、日本の素材・装置メーカーの事業継続計画(BCP)にも直結する経済安全保障の核心的課題である。

軍事圧力の常態化と経済的含意

中国人民解放軍東部戦区が台湾周辺で実施する軍事演習は、その規模と頻度を着実に増している。台湾国防部の2024年5月の発表によれば、中国軍機による台湾の防空識別圏(ADIZ)への進入は同月だけで延べ200機を超え、前年同月比で約15%増加した。演習は単発の威嚇行動から、制空権の確保、海上封鎖、上陸作戦を想定した多角的な統合演習へと内容を高度化させている。これは、有事における作戦能力の検証と、台湾側および国際社会への心理的圧力を同時に高める狙いがあると見られる。

軍事的な緊張が経済に与える影響は、直接的な武力衝突がなくとも顕在化し始めている。台湾海峡は世界のコンテナ船の約半数が通過する海上交通の要衝だ。演習区域が設定されるだけでも、船舶は迂回を余儀なくされ、物流コストの上昇とリードタイムの長期化を招く。国際海運会議所(ICS)の試算では、台湾海峡が1ヶ月間封鎖された場合、世界の海上貿易に与える経済損失は2兆ドルを超えるとされる。半導体製造に必要な特殊化学材料や製造装置部品の輸送遅延は、TSMCやUMCの工場稼働率に直接影響を及ぼす。事実、一部の保険会社は台湾海峡を航行する船舶の戦争保険料を引き上げており、リスクは既にコストとして具現化している。

台湾封鎖で半導体供給は本当に止まるか?

仮に台湾が物理的に封鎖された場合、世界の半導体供給は破滅的な打撃を受ける。問題の核心は、代替生産が事実上不可能であることだ。米半導体工業会(SIA)が2023年に公表した報告書によれば、世界の先端半導体(10ナノメートル未満)の製造能力の92%が台湾に集中している。この製造能力を台湾以外で再構築するには、少なくとも3年以上の歳月と3500億ドルから4200億ドルの投資が必要と試算されており、短期的な供給停止は避けられない。

TSMCの工場群は、単なる建屋と装置の集合体ではない。同社のFab18(台南サイエンスパーク)などで稼働するEUV(極端紫外線)リソグラフィ工程は、オランダASML製の露光装置「NXE:3800E」などを中核に、日本の素材・装置メーカーが供給する超高純度の部材が複雑に絡み合う生態系を形成している。例えば、EUV光を吸収せずパターンを形成するフォトレジスト(感光材)は、JSRや信越化学工業、東京応化工業といった日本企業が世界市場の約9割を供給する。また、回路形成後の平坦化に不可欠なCMPスラリーや、ウエハー基板そのものも信越化学とSUMCOの日本2社で世界シェアの約6割を占める。これらの部材供給が一つでも途絶すれば、TSMCの先端工場は稼働を維持できない。台湾封鎖は、この高度に最適化された分業体制そのものを破壊する行為に等しい。

日本の装置・素材メーカーが握る「鍵」

台湾の半導体産業が世界に対して持つ支配力は、裏を返せば日本の素材・装置メーカーへの深い依存の上に成り立っている。有事の際、この依存関係は日本にとって諸刃の剣となる。台湾への輸出が途絶すれば、東京エレクトロン(TEL)やSCREENホールディングス、アドバンテストといった日本の大手製造装置メーカーの売上は深刻な影響を受ける。TELの2024年3月期決算では、地域別売上高に占める台湾の比率は21.9%(約4300億円)に上り、中国大陸に次ぐ第2の市場だ。

一方で、日本が供給を握る部材は、台湾だけでなく、米国や韓国の半導体メーカーにとっても不可欠である。例えば、半導体回路の洗浄工程で使われる超高純度のフッ化水素は、ステラケミファや森田化学工業が世界市場で高いシェアを持つ。これは2019年に日本政府が韓国向け輸出管理を厳格化した際に、サムスン電子などの生産計画に大きな影響を与えたことからも明らかだ。この「チョークポイント(供給網の急所)」を日本が握っているという事実は、地政学的な交渉における重要なカードとなり得る。有事シナリオの下では、これらの戦略物資をどの国・地域に優先的に供給するのかという、極めて困難な判断を迫られる可能性がある。経済安全保障推進法に基づき、特定重要物資として指定された半導体関連部材の管理は、平時からその実効性が問われることになる。

米国「CHIPS法」の狙いと台湾リスク

米国のバイデン政権が推進する「CHIPS and Science Act」は、総額527億ドルの補助金を用意し、半導体の国内生産回帰を促すものだ。この政策の根底には、台湾有事のリスクを低減したいという強い動機がある。TSMCやサムスン電子を誘致し、アリゾナ州やテキサス州に先端工場を建設させるのは、まさに供給網の脱台湾化に向けた布石に他ならない。インテルもオハイオ州に巨大工場の建設を進めており、米国は国家の安全保障を左右する先端半導体の生産能力を国内に取り戻そうと躍起になっている。

しかし、この戦略は時間との戦いだ。TSMCのアリゾナ新工場は、熟練労働者の不足などを背景に、4ナノメートル世代の生産開始が2024年から2025年へ、さらに3ナノメートル世代の第2工場は2027年以降へと遅延が報じられている。ボストン・コンサルティング・グループの分析では、米国内での半導体工場建設・運営コストは、台湾と比較して25〜50%割高になると指摘されている。このコスト差を補助金だけで恒久的に埋めることは難しい。結局のところ、米国産半導体の価格競争力は台湾産に劣る可能性が高く、民間企業が純粋な経済合理性だけで米国への大規模な生産移管を進めるには限界がある。軍事演習による台湾リスクの高まりは、このコスト差を「安全保障のための保険料」として正当化し、国内回帰を加速させる圧力として機能している側面がある。

日本企業が直面する選択

台湾海峡を巡る地政学リスクの高まりは、日本の半導体関連企業に事業戦略の根本的な見直しを迫っている。もはや台湾有事は「想定外」の事象ではなく、事業継続計画(BCP)に具体的に織り込むべき経営上の変数となった。単に代替調達先や代替生産拠点をリストアップする段階は過ぎ、実際に供給が停止した場合の在庫水準、物流経路の複線化、重要部材の内製化や共同生産体制の構築といった、より踏み込んだ対策が求められる。

特に、日本の素材・装置メーカーにとっては、リスクと機会が交錯する局面だ。短期的には最大顧客である台湾市場の不安定化は大きな経営リスクとなる。しかし、中長期的には、米国や日本国内での半導体工場新設は新たな需要を生む。北海道で国策会社Rapidusが進める2ナノメートル半導体の国産化計画は、その象徴だ。この計画が成功すれば、日本の装置・素材メーカーは国内に最先端の巨大市場を確保することになる。ただし、Rapidusの事業が軌道に乗るかは未知数であり、過度な依存は危険だ。企業は、既存の台湾・韓国市場との関係を維持しつつ、米国や欧州、そして国内の新興プロジェクトへと、研究開発投資と販売網を巧みに分散させるポートフォリオ戦略を構築する必要がある。台湾海峡の波高は、日本の半導体産業の実力を試し、その未来を左右する試金石となりつつある。