ウクライナ紛争は、半導体製造に不可欠なネオンなど希ガスの世界供給網を寸断し、日本の製造装置産業に深刻な調達課題を突きつけた。紛争前、ウクライナは半導体露光工程で用いるネオンの世界供給の約5割、クリプトンとキセノンの約4割を担う要衝であった。南東部のマリウポリとオデーサにあった主要精製工場がロシア軍の侵攻で操業を停止した結果、ネオンガスの価格は一時10倍以上に高騰した。この供給途絶は、露光装置用レーザー光源で世界市場を握るギガフォトンや、その顧客である東京エレクトロンなど日本の基幹企業を直撃し、経済安全保障上の供給網の脆さを浮き彫りにした。

露光装置の心臓部を襲った供給停止

半導体製造の根幹をなすリソグラフィー工程は、回路原版であるフォトマスクのパターンをシリコンウエハー上に転写する技術だ。この工程で光源となるエキシマレーザーの発振に、ネオン、クリプトン、キセノンといった希ガスが不可欠な緩衝材および発光媒体として用いられる。例えば、最先端のDRAMやロジック半導体の量産に使われるArF(フッ化アルゴン)液浸露光装置では、アルゴンとフッ素の混合ガスに高電圧をかけてプラズマ化させるが、その際、全体の95%以上を占めるネオンガスがエネルギー伝達の効率を高める役割を担う。このネオンガスの安定供給が途絶えれば、レーザーの出力が不安定になり、結果として半導体の生産自体が滞る。ウクライナのインガз(Ingas)社とクリオイン(Cryoin)社は、紛争前まで世界の半導体向け高純度ネオンの約5割を供給していた。米調査会社Techcetの2022年3月の報告によれば、この2社からの供給が止まったことで、世界の半導体メーカーが保有する在庫は数週間から数ヶ月分しかないと推計された。実際、台湾の市場調査会社TrendForceのデータでは、ネオンガスの価格は2022年初頭の1立方メートルあたり約200ドルから、同年半ばには2,500ドル超へと急騰した。これは、特定地域への過度な依存がもたらす典型的な供給網リスクの発現である。

代替供給源はなぜすぐに見つからないのか?

ウクライナ産ネオンの供給停止後、なぜ代替先の確保が難航したのか。その理由は希ガスの特殊な製造工程にある。ネオンやクリプトンは、大規模な製鉄所で鉄の生産時に使用する酸素を製造する過程で、空気分離装置(ASU)の副産物として粗ガスが取り出される。しかし、半導体製造で要求される純度99.999%(通称ファイブナイン)まで精製するには、極低温での分留を繰り返す高度な技術と専用設備が必要だ。ウクライナのインガз社などは、旧ソ連時代から続く巨大製鉄所の副産物を効率的に高純度化するノウハウを蓄積し、世界的な供給拠点となっていた。代替供給源の立ち上げには、既存の空気分離装置に希ガス回収・精製設備を追加する必要があるが、これには18ヶ月から24ヶ月の期間と巨額の投資を要するとされる。米国のインテルや韓国のポスコなどが自社での希ガス内製化や生産能力増強に動いたが、すぐさまウクライナの生産分を代替するには至らない。さらに、代替供給源のガスを実際の製造ラインで使うには、数ヶ月にわたる品質評価と認定プロセスが不可欠だ。レーザー光源の性能と寿命を左右するため、不純物の種類や濃度が厳しく管理されるからである。このため、半導体メーカーや装置メーカーは、短期的に価格高騰を受け入れつつ、在庫の融通や使用量の最適化で急場をしのぐほかなかった。

ASMLと日本勢、調達戦略の分岐点

露光装置で世界市場を独占するオランダのASMLと、その中核部品であるレーザー光源で同社と競合・協業する日本のギガフォトンは、希ガス危機に対して異なる対応を見せた。ASMLはDUV(深紫外線)露光装置の光源を米子会社サイマー(Cymer)から調達している。ASMLは2022年3月の時点で「光源メーカーと協力し、ウクライナ以外の供給源を積極的に探している」と表明。多様な調達先を確保する購買力を背景に、比較的早期に代替調達網を構築したとみられる。同社の2023年通期決算報告書では、サプライチェーンの課題として希ガスへの言及は後退しており、危機を乗り越えつつあることがうかがえる。一方、コマツの子会社で、ArF・KrFエキシマレーザーで世界シェアの過半を握るギガフォトンは、より深刻な影響を受けた。同社はかねてよりウクライナ産ネオンへの依存度が高かったとされ、代替調達先の確保と並行して、ガス消費量を削減する技術開発を加速させた。同社が2023年4月に発表した新型ArFレーザー「GigaTwin」プラットフォームでは、独自のガス制御技術により、従来機比でネオン消費量を最大75%削減できるとしている。これは、危機を技術革新の好機と捉えた戦略転換であり、供給網の脆弱性を製品の付加価値に昇華させる試みといえる。しかし、短期的な調達コストの上昇は、同社およびその顧客である日本の半導体製造装置メーカーの収益を圧迫する要因となった。

紛争が変えた経済安保の座標軸

ウクライナ紛争に端を発した希ガス供給危機は、半導体材料の地政学リスクを改めて浮き彫りにした。これは2019年に日本が韓国に対して実施したフッ化水素など半導体材料3品目の輸出管理厳格化や、2023年の中国によるガリウム・ゲルマニウム輸出規制と軌を一にする。特定国が供給網の隘路(あいろ)を握り、それを外交上の武器として利用しうるという現実だ。ロシアはウクライナ侵攻後の2022年5月、ネオンなどの希ガスの輸出を政府の特別許可制にすると発表。これは、西側諸国による経済制裁への対抗措置であり、ウクライナ産ガスの代替供給をさらに困難にさせる狙いがあった。経済産業省が2023年6月に公表した「半導体・デジタル産業戦略」改定版では、こうした事態を受け、国内での希ガス生産能力の確保や備蓄体制の強化が重点項目として盛り込まれた。政府は、国内企業による希ガス生産設備への投資に対して、最大で3分の2を補助する制度を創設。これにより、大陽日酸やエア・ウォーターといった産業ガス大手が国内でのネオン生産能力増強に乗り出している。米国の半導体産業協会(SIA)も、2023年10月の報告書で、希ガスやC4F6(ヘキサフルオロブタジエン)といった特殊ガスの供給網多様化を最優先課題の一つに挙げた。もはや、コスト効率のみを追求したグローバルな分業体制は過去のものとなり、経済安全保障を基軸とした供給網の再構築が国家的な課題となっている。

日本企業が直面する選択

ウクライナ紛争がもたらした希ガス供給の混乱は、日本の半導体関連産業に二つの選択を迫っている。一つは、政府の支援を活用し、これまで海外に依存してきた重要部材の国内生産・備蓄体制を強化する「守りの投資」である。大陽日酸などが進めるネオンの国内生産は、まさにこの流れに沿うものだ。これにより、地政学的な供給途絶リスクを低減し、国内の半導体製造基盤の安定性を高めることが期待される。しかし、国内生産は海外の既存拠点に比べてコスト競争力で劣る可能性があり、その差分を誰が負担するのかという課題が残る。もう一つの選択は、ギガフォトンが示したように、供給制約そのものを技術革新の原動力に変える「攻めの開発」だ。希少資源の使用量を劇的に削減する新技術や、代替材料を用いる新たなプロセスを開発することで、資源依存から脱却し、新たな国際競争力を獲得する道筋である。例えば、JSRや信越化学工業が世界シェアを握るフォトレジスト(感光材)分野でも、より少ない露光エネルギーで高解像度を実現する高感度材料の開発が進めば、間接的に希ガスの消費量削減に貢献できる。日本の半導体産業は、シリコンウエハー、フォトレジスト、製造装置といった川上・川中領域で依然として高い技術的優位性を持つ。この強みを活かし、危機の先を見据えた研究開発にこそ、活路があるのではないか。国際秩序が流動化するなか、供給網の脆弱性を克服し、技術的優位性を維持・強化するための戦略的な判断が、今まさに求められている。