世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリ)であるTSMCの魏哲家(C.C.ウェイ)会長が、中国本土で開発が進む人型ロボットを「役に立たず、見栄えが良いだけ」と厳しく批判し、大きな波紋を広げている。この発言に対し、北京大学の専門家が「革新能力を過小評価すべきでない」と反論するなど、米中の技術覇権争いが半導体からロボット分野へと拡大する新たな火種となっている。
なぜ今、重要か
魏会長の発言は、2024年6月上旬に開催された同社の株主総会後の記者会見で行われた。米国が先端半導体やAI技術の対中輸出規制を段階的に強化する中、世界の半導体供給網の要を握るTSMCトップの発言として、その意図に大きな注目が集まった。中国は国家戦略「中国製造2025」でロボット産業を重点分野と位置づけ、国を挙げて開発を推進している。今回の批判は、こうした中国の国家戦略の核心部分に触れるものであり、中国側の強い反発を招く結果となった。ブルームバーグの報道によると、この発言は台湾と中国の技術ナショナリズムを刺激し、投資家の間でも議論を呼んでいる。
TSMC会長の発言と中国側の反論
魏会長は会見で、中国本土で公開される人型ロボットのデモンストレーションについて「飛び跳ねているだけだ」と一蹴。「役に立たず、見栄えが良いだけだ」と述べ、その実用性に根本的な疑問を呈した。さらに、自社が製造する先端半導体の優位性を強調し、ロボットの高度な制御には高性能な半導体が不可欠であるとの認識を示した。
この発言に対し、北京大学国家発展研究院の黄益平教授は、中国の産業と企業の革新能力を過小評価すべきではないと反論した。黄教授は、中国のロボット技術も着実に発展しており、巨大な国内市場と政府の強力な支援を背景に、将来的には世界的な競争力を持つ可能性があると主張。中国国営の環球時報も社説で「台湾の一部勢力による酸っぱいブドウ(負け惜しみ)だ」と非難するなど、メディアを巻き込んだ論争に発展している。
技術解説:人型ロボットの「実用性」を巡る攻防
魏会長の批判の背景には、人型ロボットの実用化に向けた根深い技術的課題が存在する。デモンストレーションで見られる跳躍やダンスといった動作と、工場や実社会で精密な作業をこなす能力との間には大きな隔たりがある。
- アクチュエータと制御: ロボットの関節を動かすアクチュエータ(モーターと減速機)の性能が、動作の精度とパワーを決定する。特に、精密な位置決めを可能にする波動歯車減速機(ハーモニックドライブ)の市場は、日本のハーモニック・ドライブ・システムズが世界シェアの約50%を握るなど、日独企業が圧倒的な強みを持つ。中国メーカーも開発を急いでいるが、耐久性やバックラッシ(歯車の遊び)の少なさといった品質面では依然として差があるとされる。
- マニピュレーションとAI: 物体を認識し、掴み、操作するマニピュレーション能力は、実用化の鍵となる。これには、高解像度のセンサー、リアルタイムで膨大な情報を処理するAIチップ、そして複雑な物理法則を学習した制御ソフトウェアが不可欠だ。TSMCが製造する3ナノメートルプロセスの先端半導体は、こうした高度なAI処理において絶対的な優位性を持ち、魏会長の発言の裏付けとなっている。
- 生産コストとサプライチェーン: 中国勢は、Fourier Intelligence社の「GR-1」のように、約10万ドルという価格帯のモデルを発表し、コスト競争力を武器に市場投入を目指している。しかし、前述のアクチュエータや高性能半導体など、基幹部品の多くを依然として輸入に依存しており、米国の輸出規制強化はサプライチェーン上の大きなリスクとなる。
まとめ:日本への示唆
TSMC魏哲家会長の中国ロボット技術への批判は、日本企業にとって複数の具体的な影響をもたらす。まず、日本が強みを持つ産業用ロボット分野において、中国市場での競争激化が予想される。黄益平教授が指摘するように中国のロボット技術が着実に発展しているとすれば、日本のファナックや安川電機といった企業は、単なる技術優位性だけでなく、価格競争力や現地ニーズへの適応力をこれまで以上に求められる。
次に、TSMCが世界の半導体ファウンドリ市場で約60%のシェアを握る現状は、日本の半導体製造装置メーカーにとって機会とリスクの両面を持つ。TSMCが中国市場での半導体供給を絞る、あるいは中国が国産化を加速させる場合、日本の東京エレクトロンやSCREENホールディングスは、TSMCへの依存度を再考し、中国国内の半導体メーカーへの販路拡大を検討する必要がある。特に中国政府が2022年に約1,000億人民元(約2兆円)を投じた半導体産業国産化の動きは、新たなビジネスチャンスとなりうる。
最後に、TSMCが他社製品の信頼性を低いと示唆した点は、サプライチェーンにおける日本の部品メーカーに影響を与える可能性がある。もしTSMCが中国製部品の使用をさらに厳格化するならば、日本の村田製作所やTDKといった企業は、より高品質で安定供給可能な代替サプライヤーとしての地位を確立できる。しかし、同時に中国が自国サプライチェーンを強化する動きは、長期的には日本企業の市場シェアを侵食するリスクも孕んでいる。
出典・参考
- [Bloomberg] (2024-06-05) "TSMC Chairman Dismisses China’s Humanoid Robots as All Show" ― https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-06-05/tsmc-chairman-dismisses-china-s-humanoid-robots-as-all-show
- [International Federation of Robotics (IFR)] (2023-09-26) "World Robotics 2023 Report" ― https://ifr.org/ifr-press-releases/news/world-robotics-2023-report
- [環球時報] (2024-06-06) "社评:魏哲家的“酸葡萄”心理要不得" ― https://opinion.huanqiu.com/article/4SAz4aN4YyA