米中間の技術覇権争いの主戦場である半導体分野で、対立が新たな局面を迎えている。米国が先端半導体関連の輸出規制を強化する一方、中国は2024年5月に過去最大となる3440億元(約7.4兆円)規模の国家ファンドを設立。巨額投資をテコに国内サプライチェーンの構築を加速させている。中国のファウンドリ最大手、SMIC中芯国際集積回路製造)が7nm(ナノメートル)プロセスでの量産に成功するなど一部で成果も見られるが、製造技術や歩留まりには依然として大きな課題が残る。

なぜ今、重要か

米中対立の激化が世界の半導体サプライチェーンを揺るがす中、中国の国産化に向けた動きが加速している。2024年5月27日、中国は「国家集積回路産業投資基金」の第3期となる3440億元規模のファンド設立を発表した。これは第1期(1387億元)、第2期(2041億元)を大幅に上回る規模であり、半導体自給に向けた中国政府の強い意志を示すものだ。この動きは、米国が2022年10月に導入した包括的な対中輸出規制への直接的な対抗策とみられている。米国の規制は、先端半導体そのものだけでなく、製造装置や設計ソフトウェア、関連技術を持つ人材にまで及んでおり、中国のハイテク産業に大きな打撃を与えてきた。この逆境下で、中国が独自の技術エコシステムをいかに構築するかが、今後の世界経済と安全保障の構図を左右する。

米国の規制強化と中国の対抗策

米国政府は安全保障上の懸念を理由に、中国の半導体産業に対する規制を段階的に強化してきた。特に、先端半導体の製造に不可欠な装置や技術、ソフトウェアの輸出を厳しく制限。ファーウェイ(ファーウェイ技術)やSMICなどをエンティティリスト(事実上の禁輸リスト)に追加し、米国の技術へのアクセスを遮断することで、中国の技術開発にブレーキをかけている。さらに、米国は同盟国である日本やオランダにも協力を要請。日本は2023年7月から先端半導体製造装置23品目の輸出管理を強化し、オランダも半導体露光装置で世界最大手のASMLに対し、一部のDUV(深紫外線)露光装置の対中輸出許可を取り消すなど、対中包囲網が形成されつつある。

SMIC 7nm量産の成果と限界

米国の制裁に対し、中国はSMICを中心に国産化を推進。その象徴的な成果が、2023年に発売されたファーウェイの最新スマートフォン「Mate 60 Pro」に搭載されたプロセッサー「Kirin 9000S」だ。カナダの調査会社TechInsightsの分析により、このチップがSMICの7nmプロセスで製造されていることが判明し、世界に衝撃を与えた。これは、最先端のEUV(極端紫外線)露光装置なしで、既存のDUV装置を複数回使用する「多重露光」技術を駆使して実現したとみられている。しかし、この手法は製造工程が複雑でコストが非常にに高く、歩留まり(良品率)の低さが大きな課題となる。米国の規制下で一定の技術的進歩を遂げたものの、商業ベースでの競争力確保には至っていないのが実情だ。

技術解説:中国半導体国産化のボトルネック

中国の半導体国産化には、依然として複数の深刻な技術的ボトルネックが存在する。

  • リソグラフィ装置: 7nm以下の先端プロセスに不可欠なEUV露光装置は、オランダのASMLが世界市場を独占している。米国の輸出規制により中国はこの装置を入手できず、これが国産化における最大の障壁となっている。中国の上海微電子装備(SMEE)が開発する国産DUV露光装置は、現時点で28nmプロセス対応が目標とされ、先端ノードへの道のりは依然として遠い。
  • 歩留まり (Yield): 調査機関TrendForceによると、SMICの7nmプロセスの歩留まりは30~50%程度と推定されている。これは、TSMCやサムスン電子が同世代プロセスで達成している70%以上の歩留まりと比較して著しく低い。歩留まりの低さはチップ1個あたりの製造コストを押し上げ、大規模な量産と価格競争力の確保を困難にする決定的な要因となる。
  • 材料とEDA: チップ製造には、日本のJSRや東京応化工業が強みを持つ高純度のフォトレジスト(感光材)や、シリコンウェハー(信越化学工業、SUMCO)、特殊ガスなど、多くの先端材料が不可欠だ。これらの多くは日米欧企業が寡占しており、供給が制限されるリスクを抱える。また、チップ設計に用いるEDA(電子設計自動化)ソフトウェアも、米国のシノプシスやケイデンス・デザイン・システムズが市場の8割以上を占めており、規制の対象となっている。

日本企業への示唆

米中半導体摩擦は、日本のハイテク産業に直接的な影響を及ぼす。中国が「数兆円規模」の国家投資で半導体国産化を加速させる中、日本企業は二つの異なるリスクと機会に直面する。

第一に、中国市場における日本企業の競争環境の変化だ。SMICが7nmプロセス半導体の製造に成功し、ファーウェイのスマートフォンに搭載された事例は、中国が先端技術の国産化を着実に進めている証拠である。これにより、これまで日本企業が供給してきた半導体製造装置や素材、部品の需要が、中長期的には減少する可能性がある。特に、中国の半導体メーカーが技術力を向上させ、自社製品へのシフトを進めれば、日本のサプライヤーは新たな販路開拓や高付加価値製品への転換を迫られる。

第二に、米国の対中規制強化と中国の国産化推進の狭間で、日本企業がサプライチェーン戦略を再構築する必要がある点だ。米国が同盟国である日本にも協力を求める中で、中国市場での事業展開と米国の規制遵守のバランスを取ることが課題となる。例えば、中国向けに特定の半導体製造装置やソフトウェアの輸出が制限された場合、代替市場の確保や、中国国内での現地生産・開発体制の強化が求められる。これは、日本企業が中国の巨大な内需市場を取り込む上での新たな機会となり得るが、同時に技術流出リスクへの厳格な管理も不可欠となる。

これらの動向は、日本の半導体関連企業にとって、単なる市場の変化ではなく、事業戦略の根幹に関わる構造的な転換を促すものである。