イランを巡る地政学リスクが、ホルムズ海峡の航行の自由を脅かし、世界の半導体供給網に深刻な影響を及ぼす可能性が浮上している。原油価格の高騰は、先端半導体工場の膨大な電力費用を直撃する。それに加え、日本の素材メーカーが世界市場を握るシリコンウエハーやフォトレジストといった基幹部材の海上輸送路が寸断されかねない。TSMCやIntelといった巨大半導体メーカーの生産計画を根底から揺るがす、この二重の危機の構造と影響を定量的に分析する。

原油高騰が直撃する先端工場の電力費

中東情勢の緊迫化がもたらす最大の経済的影響は、原油価格の高騰である。仮にホルムズ海峡が一時的にでも封鎖された場合、一部のアナリストは原油価格が1バレル150ドルを超えると試算する。このエネルギー価格の急騰は、電力多消費産業である半導体製造の損益分岐点を大きく引き上げる。特に、5ナノメートル(nm)以下の最先端プロセスを担う半導体工場(ファブ)は、極端紫外線(EUV)露光装置の導入により、電力消費が指数関数的に増大している。台湾積体電路製造(TSMC)が2023年に公表したサステナビリティ報告書によれば、同社の年間電力消費量は2022年時点で210億キロワット時を超え、台湾全体の総電力消費量の約7.5%を占める。この巨大な電力需要の主因が、1台あたり約1.5メガワットを消費するとされるASML製のEUV露光装置「NXE:3800E」である。EUV光は、高出力レーザーを錫(スズ)の微粒子に照射してプラズマを生成することで発生させる原理(物理/化学的原理)のため、従来のArF液浸露光装置に比べて消費電力が10倍以上大きい。TSMCやサムスン電子の先端工場では、こうした装置が数十台単位で24時間稼働しており、原油価格の上昇はそのまま製造原価に跳ね返る。米ボストン・コンサルティング・グループの2022年の分析では、半導体製造コストに占める電力費の割合はプロセスや地域により5%から15%とされ、原油価格が50%上昇すれば、製造コスト全体を3%から8%押し上げる圧力となる。

なぜホルムズ海峡封鎖は半導体材料を止めるのか?

ホルムズ海峡の危機は、エネルギー供給路としてだけでなく、半導体サプライチェーンの物理的な輸送路としても致命的な意味を持つ。半導体製造に不可欠な特殊材料の多くは、日本企業が世界で圧倒的な市場占有率を誇り、その大半が海上輸送で世界中の半導体工場へ供給されているからだ。具体的には、回路パターンの原版となるシリコンウエハーでは信越化学工業とSUMCOが合わせて世界市場の約6割を握る(2023年、仏Yole Group調べ)。また、EUV露光に用いるフォトレジスト(感光材)ではJSR、東京応化工業、信越化学、富士フイルムの4社で世界市場の9割以上を占有する。これらの先端材料は、数カ月分の在庫を工場内に確保するのが一般的だが、サプライチェーンの寸断が長期化すれば生産停止は避けられない。ホルムズ海峡は、アジアと欧州・中東を結ぶ主要航路(スエズ運河ルート)の要衝である。封鎖されれば、アフリカ喜望峰を迂回する代替航路への切り替えを余儀なくされる。これにより、日本から欧州やイスラエルへの航海日数は、従来の約30日から40日以上へと3割以上延伸し、輸送費用もコンテナ1本あたり数千ドル単位で増加する。さらに、温度や湿度、振動に極めて敏感な特殊化学品やシリコンウエハーの輸送には特別仕様のコンテナや梱包が必須であり、代替航路の確保は容易ではない。2021年のスエズ運河座礁事故では、わずか6日間の閉鎖で世界のサプライチェーンに数十億ドル規模の損害を与えた。ホルムズ海峡の危機がもたらす影響は、その比ではないと見られる。

イスラエル飛び火で懸念される「技術の回廊」

イランとの緊張が、隣接するイスラエルに波及するシナリオは、半導体業界にとって悪夢と言える。イスラエルは、単なる半導体消費地ではなく、インテルをはじめとする大手企業の最先端の研究開発(R&D)および生産拠点として、世界的な「技術の回廊」の役割を担っているからだ。インテルは1974年にイスラエル初の開発拠点をハイファに設立して以来、同国で最大級の民間雇用主となっている。特に重要なのが、エルサレム近郊のキリヤット・ガトにある大規模工場「Fab 28」だ。ここではインテルの先端プロセスである「Intel 7」(10nm相当)を用いたCPUが生産されている。さらに同社は2023年、同じくキリヤット・ガトに250億ドルを投じて新工場「Fab 38」を建設する計画を発表した。これはイスラエル史上最大の外資投資案件であり、2027年からの稼働を目指している。この新工場では、2nm以下の次世代プロセスが導入されると見られており、インテルの技術的優位性を左右する戦略拠点となる。もし紛争がイスラエル国内に拡大すれば、これらの生産・開発活動が物理的に停止するリスクがある。また、インテル以外にも、タワーセミコンダクター(現在はインテルが買収手続き中)がアナログ半導体の受託生産で世界的な地位を築いており、多くの自動車メーカーや産業機器メーカーが同社に依存している。イスラエルの半導体エコシステムが機能不全に陥れば、その影響は特定の製品にとどまらず、世界の広範な産業に及ぶことになる。

ASMLとTSMCが描く最悪の事業継続計画

地政学リスクの常態化を受け、半導体サプライチェーンの中核をなす企業は、事業継続計画(BCP)の抜本的な見直しを迫られている。世界で唯一EUV露光装置を製造するオランダのASMLは、その製造工程において世界中から数千社の部品供給を受けている極めて広範なサプライチェーンを持つ。同社の2023年次報告書では、地政学的緊張を主要なリスク要因として明記。特定の国や地域への依存を低減するため、重要部品の供給元を複数化する「デュアルソーシング」や、代替材料・代替設計の認定を加速させている。例えば、EUV装置の心臓部である高性能レンズはドイツのカール・ツァイス社に依存しているが、その製造に必要な特殊ガラスやコーティング材の供給網は世界に分散しており、一部でも滞れば生産全体が停止する。一方、世界最大の半導体受託製造企業であるTSMCは、生産拠点の地理的分散を加速させている。台湾有事のリスクを背景に、米国アリゾナ州で総額400億ドル、熊本県で約86億ドル規模の新工場建設を進めているのがその代表例だ。アリゾナ工場では2025年から5nmおよび4nmプロセス、熊本の第一工場では2024年末から12nm〜28nm世代の半導体を生産開始する計画である。これらの海外拠点は、特定の地政学リスク発生時に生産を代替する役割を担う。しかし、ホルムズ海峡の危機は、これらの分散拠点にも等しくエネルギーコストと材料輸送の問題を突きつける。TSMCのBCPは、単一拠点の機能停止には対応できても、全世界的なコストインフレと物流網の麻痺という複合災害の前では、その有効性が試されることになる。

日本企業が直面する選択

ホルムズ海峡を巡る緊張は、日本の半導体関連企業に、自らがグローバルサプライチェーンの「急所」を握っているという事実を改めて突きつける。信越化学やSUMCOのシリコンウエハー、JSRや東京応化のフォトレジストがなければ、TSMCもインテルもサムスンも生産ラインを動かせない。この構造は、経済安全保障上の強力な交渉力となりうる一方、有事には供給責任という重圧となって跳ね返ってくる。日本企業が直面する選択は、大きく三つある。第一に、生産拠点のさらなる分散と現地化である。すでに一部の素材メーカーは、顧客である半導体メーカーの海外進出に追随し、米国や台湾での現地生産能力を増強している。この動きを加速させ、主要な消費地で完結するサプライチェーンを構築することが、物流リスクを根本的に低減する唯一の道筋となる。第二に、輸送手段の多様化と高度化だ。重要度の高い特殊化学品などについては、コストはかさむものの、航空輸送への切り替えを可能にする体制の整備が急務となる。これには、航空輸送に対応した容器や梱包技術の開発、各国の航空危険物規則への準拠といった課題が伴う。第三の選択は、政府との連携による戦略的備蓄の推進である。2022年に成立した経済安全保障推進法に基づき、政府は半導体などの特定重要物資の安定供給確保に向けた支援策を打ち出している。この枠組みを活用し、国内および同盟国内で先端材料の戦略的備蓄を進めることは、サプライチェーンの耐性を高める上で有効な手段となる。いずれの選択も相応の投資と経営判断を要するが、地政学リスクが「変数」ではなく「定数」となった今日、もはや先送りは許されない状況にある。