英フィナンシャル・タイムズ(FT)は、米国が孤立主義に回帰するなか、中国がソフトパワーを駆使して国際的な影響力を拡大していると報じた。TikTokの世界的流行や独自の都市景観が文化的魅力を高め、米中間の技術覇権や市場競争にも影響を及ぼす可能性があると指摘する。
TikTokや都市景観で文化が浸透
FTの首席外交評論員であるギデオン・ラックマン氏は、中国のソフトパワー台頭の縮図として、若手選手が活躍するスヌーカー界の動向を挙げている。同氏によると、中国政府主導の文化輸出は、日本の漫画や韓国のK-POPのように社会から自然発生した現象とは異なり、長年課題を抱えていたという。
しかし、状況は一変した。中国発のアプリ「TikTok」は世界的なブームを巻き起こし、重慶のビルを貫通するモノレールのようなユニークな都市景観は海外で大きな注目を集める。SNS上では『今、私の人生はすごく中国っぽい時期にある』という表現が流行し、室内でのスリッパ利用や白湯を飲む習慣といった中国の日常が、海外の若者にとって文化を身近に感じるきっかけとなっている。
米国の信頼低下で地政学に変化
ラックマン氏は、ソフトパワーと地政学の関連性は明確に定義しづらいものの、確実に存在すると分析。特に、トランプ前大統領が米国の国際的な好感度を損なったことで、中国が着実にソフトパワーを構築している影響は看過できないと指摘する。
2024年4月に発表された東南アジアの有識者を対象とした世論調査では、『米中どちらかを選ぶなら』という問いに対し、調査開始以来8年間で初めて中国を選ぶ回答が米国を上回った。FTによると、ドイツやフランス、イギリスといった米国の伝統的な同盟国でさえ、『米国より中国に依存する方が良い』と考える国民が多数を占める調査結果もあるという。
こうした国際世論の変化は、一国のイメージが技術標準の採用や電気自動車(EV)市場の覇権争いといった経済的な選択に深く影響することを示唆している。
開放路線を強める中国の戦略
ラックマン氏は、数年前に米国が同盟国にファーウェイ(ファーウェイ技術)製品の排除を求めた際のような圧力を、現在では行使しにくくなっているとみる。その背景には、かつて米国が中国を批判した『経済的威圧』を、今や米国自身が常用手段としていることがあると指摘する。
対照的に、中国は開放的な姿勢を強めている。多数の国を対象としたビザ免除措置の拡大、AI企業のDeepSeekによる大規模言語モデルのオープンソース化、国交のあるアフリカ53カ国への全面的無関税化など、政治的条件を付けない協力姿勢を打ち出す。FTの記事は、米国が国際協調体制を再建してソフトパワーを回復させなければ、中国との世界的な競争で不利な立場に追い込まれる可能性があると結論付けている。
日本への影響と今後の展望
中国のソフトパワーが東南アジアで米国を逆転したことは、日本の経済安全保障に直接的な影響を及ぼす。特に、東南アジアの有識者調査で8年間で初めて中国を選ぶ回答が米国を上回った事実は、日本のサプライチェーン戦略に再考を促す。例えば、電気自動車(EV)市場において、中国の技術標準や製品が東南アジアで優勢となれば、日本の自動車メーカーは現地での競争力を維持するために、中国企業との連携や中国市場への一層の適応を迫られる可能性がある。
また、ファーウェイ製品排除の事例のように、米国が同盟国に特定の中国企業との取引停止を求める圧力が弱まることは、日本企業にとって中国市場でのビジネス機会を拡大する半面、米中対立の狭間で板挟みになるリスクも高める。例えば、AI企業のDeepSeekが大規模言語モデルをオープンソース化したように、中国が技術の「開放路線」を強めることで、日本のIT企業は中国発の技術標準への対応を迫られるか、あるいは新たな協業の可能性を探ることになるだろう。これは、単なる市場機会の拡大だけでなく、技術協力における知的財産権保護やデータガバナンスといった新たな課題を提起する。