中国の半導体設計大手Vastai Technologiesが、米国の技術規制を回避し2025年にもブラジル市場へ本格進出する。成長が続く南米のデータセンター市場(2028年予測120億ドル)を足掛かりに、BRICS経済圏での影響力拡大を狙う。これは、米国の先端技術への依存を断ち、独自の供給網を構築しようとする中国半導体産業の新たな戦略を示すものだ。この動きは、日本の半導体装置・材料メーカーにとって、地政学リスクと新たな商機が交錯する複雑な局面を現出させる。

規制下の活路、BRICS経済圏

米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月に発表した対中半導体輸出管理規則の強化は、中国の先端半導体開発に大きな制約を課した。特に、16/14nm世代以下の論理半導体、128層以上のNAND型閃光記憶素子(フラッシュメモリー)、18nm半ピッチ以下のDRAMの製造に関わる米国製装置・技術の輸出を原則禁止した措置は、中国国内での先端工程の立ち上げを事実上不可能にした。この規制は、中国の半導体設計企業が台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子といった海外の製造受託企業(ファウンドリー)の先端工程を利用することも困難にしている。Vastai Technologiesのような高性能GPU(画像処理半導体)を手掛ける設計専業(ファブレス)企業にとって、これは事業の根幹を揺るがす事態である。同社はこれまで、TSMCの7nmや12nm工程を利用してデータセンター向けGPUを開発してきたが、米国の規制強化により、今後の先端品開発と量産委託の道筋は不透明感を増している。こうした背景から、中国企業は米国の影響力が及びにくい非西側諸国、とりわけBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)内での事業展開に活路を見出そうとしている。ブラジルへの進出は、単なる市場開拓に留まらず、米国の技術包囲網に対する戦略的な迂回路を構築する狙いがあると見られる。

なぜブラジル市場が選ばれたのか?

Vastaiが次なる標的としてブラジルに白羽の矢を立てた理由は、同国の急成長するデジタル経済と、米中対立における地政学的な立ち位置にある。調査会社Arizton Advisory & Intelligenceが2023年3月に公表した報告書によれば、南米のデータセンター市場規模は2022年の74億ドルから年平均成長率8.65%で拡大し、2028年には121億ドルに達すると予測される。特にブラジルはその約4割を占める最大市場であり、サンパウロ州を中心に大規模なデータセンター建設が相次ぐ。この旺盛な需要に対し、Vastaiは自社のGPU製品群を供給することで、市場での先行者利益を確保する構えだ。同社の主力製品であるデータセンター向けGPU「VT1」シリーズは、AI推論やクラウドコンピューティング処理に特化している。ブラジル進出にあたっては、米国の規制対象外である14nm以上の成熟工程で製造した製品を投入すると考えられる。これにより、米国の技術規制に抵触することなく、一定の性能を持つ製品を安定供給できる。また、ブラジルは外交的に米中両国と良好な関係を維持しており、中国企業が事業活動を行う上での政治的障壁が比較的低い。ブラジル政府も国内のデジタルインフラ高度化を推進しており、外国からの投資を歓迎する姿勢を示している。Vastaiは現地法人を設立し、現地のクラウド事業者や通信企業との提携を通じて、市場への浸透を図る計画とみられる。

「準国産」半導体で供給網を再編

Vastaiのブラジル進出計画は、中国が進める半導体供給網の「脱米国化」戦略と密接に連動する。同社は、半導体の設計段階で米国由来のIP(知的財産)やEDA(電子設計自動化)ツールの使用比率を段階的に引き下げている。関係者の情報によれば、最新の設計では米国技術への依存度を20%未満に抑えた「準国産」と呼べる水準に達しているという。これは、将来的な米国の規制強化リスクを低減するための措置だ。具体的には、CPUコアに英国Arm社のアーキテクチャーではなくオープンソースのRISC-Vを採用したり、チップレット(複数の小規模な半導体を一つのパッケージに集積する技術)を活用して、異なる工程で製造された半導体を組み合わせるなどの手法が考えられる。例えば、演算性能を担う中核部分はTSMCの12nm工程で製造し、入出力などの周辺機能は中国国内のSMIC(中芯国際集成電路製造)などが手掛ける28nm工程で製造したチップレットを組み合わせることで、先端工程への全面的な依存を回避できる。こうした設計思想は、米国技術が介在しない純国産の半導体供給網構築に向けた過渡的な形態と言える。中国国内のファウンドリーの技術水準は依然としてTSMCなどに及ばないが、28nmや14nmといった成熟工程では量産能力が着実に向上している。中国半導体産業協会(CSIA)によると、2023年の中国国内の半導体生産額は前年比5%増の約1兆3000億元に達した。Vastaiの動きは、こうした国内の製造基盤と連携し、海外市場を開拓する新たなモデルケースとなる可能性がある。

揺れる日本の装置・材料メーカー

中国企業の南米進出は、世界の半導体製造装置・材料市場で高い占有率を誇る日本企業に複雑な問いを突きつける。短期的には、Vastaiがブラジルに研究開発拠点や後工程の試験施設を設ける場合、日本の製造装置や検査装置、高機能材料の新たな需要が生まれる可能性がある。例えば、半導体チップの最終検査に用いるアドバンテストのテスターや、チップを切断・研磨するディスコのダイサー・グラインダーは世界市場で7割以上の占有率を持つ。Vastaiが成熟工程の半導体を扱うとしても、これらの後工程装置は不可欠だ。しかし、中長期的にはリスク要因も大きい。中国企業がブラジルをはじめとする新興国市場で、価格競争力を武器に事実上の標準を確立した場合、日本企業がこれまで築いてきた市場での優位性が損なわれる恐れがある。特に、中国が国家主導で育成する装置・材料メーカーがVastaiのような自国企業と連携して海外市場へ進出すれば、日本企業の市場占有率を直接脅かす競争相手となりうる。経済産業省が2023年7月に導入した先端半導体製造装置の輸出管理強化は、23品目を対象に中国などへの輸出を厳格化したが、規制対象外の成熟工程向け装置は依然として輸出が可能だ。日本企業は、米国の対中政策と歩調を合わせつつも、巨大な中国市場および中国企業が切り開く新興国市場との関わり方を再考する必要に迫られている。日米連携を基軸に先端技術の優位性を維持する一方、成熟分野では新たな競争の構図が生まれつつある。

日本企業が直面する二つの選択

米中技術摩擦が地政学的な断層を深める中、日本の半導体関連企業は二つの岐路に立たされている。一つは、日米欧で構成される西側技術圏に軸足を置き、先端技術開発で中国との差をさらに広げる戦略だ。これは、EUV(極端紫外線)リソグラフィー関連のフォトレジスト(感光材)やマスクブランクス、高NA EUV向け光学部品など、日本が優位性を持つ分野に経営資源を集中させることを意味する。JSRや信越化学工業、東京応化工業が世界市場を席巻するEUV用フォトレジストはその典型例だ。この道は、米国の輸出管理規則と整合性が高く、技術流出のリスクを抑えられる一方で、中国とその影響下にある広大な市場を失う可能性を内包する。もう一つの選択肢は、先端分野と成熟分野で異なる対応をとる「二階建て戦略」である。先端技術は日米連携の枠組みで厳格に管理しつつ、規制対象外の成熟・汎用技術分野では、中国を含む新興国市場での事業を維持・拡大する。例えば、自動車や産業機器向けのパワー半導体、28nm以上の論理半導体に使用される製造装置やシリコンウエハーなどは、依然として巨大な需要が存在する。信越化学とSUMCOで世界占有率の約6割を握るシリコンウエハー事業などがこれに該当する。この戦略は、短期的な収益機会を確保できるが、中国企業との競争激化や、将来的な米国の規制強化による事業停止リスクを常に抱えることになる。Vastaiのブラジル進出は、この二階建て戦略の難しさを象徴する事案と言える。中国企業が米国の規制が及ばない領域で独自の生態系を形成し始めた今、日本企業は自社の技術水準と市場構造を冷静に分析し、地政学リスクを織り込んだ緻密な事業戦略を再構築することが急務となっている。