中国のオフィスソフト大手キングソフトは4月22日、AIオフィスソフト「WPS AI」の新戦略を発表した。多くのAIオフィスソフトが実用性に乏しく「指示は理解するが仕事はできない」という課題を抱える中、同社はユーザーの具体的な業務課題を解決するアプローチで、市場の消耗戦から脱却を図る。

AIオフィスソフト市場は活況を呈する一方、機能の多さを競うだけの不毛な競争に陥っている。多くの汎用AIは、実際の業務フローに適合せず、専門用語を理解できず、重要なデータを扱えないといった「賢い罠」を抱えている。特にデータの正確性が求められる表計算業務では、この問題は深刻だ。

AIの「賢い罠」を克服する3つのアプローチ

キングソフトは、現在のAIオフィス製品が抱える「使えない」「使いにくい」「使うのが怖い」という3つのハードルを解消するため、WPSの多次元表計算機能に具体的な解決策を実装した。

第一に「使えない」という課題に対し、自然言語で要望を伝えるだけで最適な表を作成する「AIワンクリック表作成」機能を提供。利用者は複雑な操作を覚える必要がない。AIは利用者の意図を解釈し、不明な点は質問を返すことで、業務に即した成果物を生成する。

第二に「使いにくい」という課題は、AI機能を業務プロセスに統合する「AIフィールド」と「プラグインストア」で克服する。AIの能力をスプレッドシートの構造に直接組み込むことで、業務フローと同期してAIが作動。企業は独自の業務ルールを組み込んだAIプラグインを作成し、組織全体で共有することも可能だ。

透明性を確保し「AIへの不信感」を払拭

第三のハードルである「使うのが怖い」という不信感に対して、キングソフトは業界でもユニークな手法を打ち出した。AIが直接データを書き換えるのではなく、実行可能なスクリプトを生成し、利用者がその内容を承認した上で実行する仕組みだ。

この「AIスクリプト生成+人間による承認」プロセスにより、AIの処理はブラックボックスではなくなり、利用者は各ステップの論理を検証できる。これにより、AIが誤った解釈をする「ハルシネーション(幻覚)」によってデータが破壊されるリスクを構造的に排除する。WPS多次元表計算の開発責任者である楊鼎氏は、「AIは常に副操縦士であり、最終的な意思決定は人間が行うべきだ」と述べ、AIと人間の協業における新たな形を提示した。

このアプローチを支えるため、同社は新たな表計算エンジンも自社開発。100万行規模のデータ負荷においても、32ミリ秒の安定した応答速度を実現し、AIエージェントが生成する爆発的なデータ量に対応できる基盤を構築したと、新華社通信は伝えている。

日本への影響

キングソフトのWPS AI新戦略は、日本企業にとってAIオフィスソフト導入における具体的なリスクと機会を提示する。まず、同社が「AIスクリプト生成+人間による承認」プロセスを導入し、AIが直接データを書き換えずに利用者が内容を承認する仕組みは、日本企業がAI導入で最も懸念するであろう「データの正確性」と「責任の所在」問題に対する回答となる。特に、金融や医療など厳格なデータ管理が求められる業界では、この透明性の確保が導入のハードルを下げ、AI活用を促進する可能性を秘める。

次に、WPS多次元表計算が100万行規模のデータ負荷で32ミリ秒の応答速度を実現した点は、日本企業のDX推進におけるデータ処理能力のボトルネック解消に繋がる。大規模データを扱う業務において、AIの処理速度が実用レベルに達していることは、RPAやBIツールとの連携を強化し、業務効率を飛躍的に向上させる機会を提供する。

一方で、キングソフトが「AIフィールド」や「プラグインストア」を通じて企業独自の業務ルールを組み込んだAIプラグインを共有できる仕組みは、日本企業が自社の競争優位性をAIに組み込む上での新たな選択肢となる。これにより、汎用AIでは対応しきれないニッチな業務ニーズにも対応可能となり、特定の業界に特化したAIソリューション開発の加速を促すだろう。ただし、中国企業が提供するAIソリューションのセキュリティとデータガバナンスについては、引き続き慎重な評価が求められる。