中国の習近平指導部が掲げる「質の高い発展」は、米国の技術規制下で半導体国産化率を7割に引き上げる国家戦略の言い換えである。2026年から始まる第15次五カ年計画の核心と位置づけられ、中芯国際集成電路製造(SMIC)や長江存儲科技(YMTC)といった国内大手が成熟工程の生産能力増強を急ぐ。中国政府系ファンドなどからの投資総額は10兆円規模に達すると見られる一方、製造装置や先端材料では日本企業への依存が続く構造的課題も浮き彫りになっている。この動きは世界の半導体需給を揺るがし、日本の関連産業に新たな商機と地政学的な緊張をもたらす。
「質の高い発展」が指す半導体自給
習近平総書記が2024年末の演説で言及した「質の高い発展」は、単なる経済成長率の追求からの転換を示すだけでなく、技術的な自立、とりわけ半導体供給網の国内完結を目指す強い意志の表れだ。中国は長年、半導体の国内自給率70%を目標としてきたが、米調査会社IC Insightsの2022年時点の分析によれば、中国に拠点を置く企業による生産分を含めても自給率は16.7%に留まる。第14次五カ年計画(2021-25年)での目標達成は絶望的と見られ、次期計画でこの国家目標を再び追求する構えだ。中国海関総署の2023年統計では、集積回路の輸入額は3494億ドル(約52兆円)に達し、依然として最大の輸入項目である。この巨額の貿易赤字と、米国の規制強化による供給遮断の危険性が、指導部を国産化へと駆り立てる最大の動機となっている。
なぜ成熟工程に投資が集中するのか?
中国の半導体投資が28ナノメートル(nm、1ナノは10億分の1メートル)以上の成熟した製造技術、いわゆるレガシー半導体に集中している背景には、2022年10月に米国商務省が発動した輸出規制がある。この規制は、14nm以下の先端ロジック半導体や128層以上のNAND型フラッシュメモリーの製造に不可欠な米国製の製造装置や技術の対中輸出を事実上禁止した。これにより、中国企業が最先端分野で生産能力を拡大する道は閉ざされた。結果として、国家資本と企業投資は規制対象外の成熟工程へと向かわざるを得なくなった。国際的な半導体製造装置・材料の業界団体であるSEMIが2024年3月に発表した報告によると、中国の半導体製造装置販売額は2023年に前年比29%増の366億ドルに達し、3年連続で世界最大の市場となった。SMICや華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)は、自動車や産業機器向けの需要を見込み、28nmや40nm世代の工場新設を相次いで発表している。この動きは、世界的なレガシー半導体の供給過剰を招き、市場価格を押し下げる懸念を生んでいる。
国産化を阻む日本の基盤技術
中国は製造装置や材料の国産化を急ぐが、その前には日本の基盤技術という高い壁がそびえ立つ。半導体製造は数百の工程からなるが、その核心部分の多くを日本企業が占めているためだ。例えば、回路パターンをウエハーに転写するリソグラフィー工程で使われるフォトレジスト(感光材)では、JSR、信越化学工業、東京応化工業などがArF(フッ化アルゴン)液浸世代以降で世界市場の9割近くを握る。特に、回路線幅40nm以下の微細化に不可欠なArF液浸リソグラフィーは、波長193nmの光を純水に通すことで実効的な波長を短縮する技術だが、これに対応するフォトレジストには極めて高い解像度と均一性が求められる。この合成ノウハウは、長年の研究開発の蓄積であり、中国の新興化学メーカーが短期間で模倣するのは困難と見られる。ほかにも、東京エレクトロンの塗布・現像装置(コータ/デベロッパ)やSCREENホールディングスの洗浄装置、ディスコの切断・研削装置はいずれも世界シェア首位。財務省が公表した貿易統計によれば、2023年の日本の半導体製造装置の輸出額のうち、中国向けが4割以上を占め、米規制後も高水準で推移している。この事実は、中国の半導体製造が日本の技術供給に深く依存している現実を物語っている。
YMTCとCXMT、米規制下の突破戦略
米国の制裁下で、中国の半導体大手は独自の生存戦略を模索している。NAND型フラッシュメモリーで国内最大手の長江存儲科技(YMTC)は、2022年12月に米国のエンティティー・リスト(事実上の禁輸対象リスト)に追加された。これにより、米ラムリサーチやアプライドマテリアルズからの先端エッチング装置の導入が不可能になった。しかし、カナダの調査会社TechInsightsが2023年後半に行った製品分解調査によると、YMTCはエンティティー・リスト指定後に、国産装置の活用や既存装置の改良によって232層のNAND開発に成功した可能性が示唆された。これは、米国の規制網をかいくぐり、限定的ながらも技術を進歩させる中国企業の執念を示す事例と言える。一方、DRAM専業の長鑫存儲技術(CXMT)は、米マイクロン・テクノロジーなどとの特許紛争を避けつつ、比較的古い19nm世代の技術を基盤に生産能力を拡大する戦略をとる。同社は2023年時点で世界のDRAM市場に占めるシェアは数パーセントに過ぎないが、中国国内のサーバーやPCメーカーへの供給を足掛かりに存在感を高めようとしている。両社に共通するのは、国家からの巨額支援を背景に、先端技術へのアクセスが絶たれた領域は迂回し、可能な範囲で市場シェアを確保しようという現実的なアプローチである。
日本企業が直面する選択
中国の「質の高い発展」戦略は、日本の半導体関連産業に複雑な選択を迫る。短期的には、成熟工程への巨額投資は、東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった装置メーカーや、信越化学工業、SUMCOといった材料メーカーにとって巨大な商機となる。中国の装置販売額が世界最大となる中、この巨大市場を無視することは現実的ではない。しかし、中長期的には二つの大きなリスクが顕在化する。一つは、中国企業が国産の装置や材料を育成し、日本製品からの置き換えを進めることだ。YMTCの事例が示すように、制裁はかえって国産化を加速させる「ブーメラン効果」を持つ可能性がある。もう一つは、地政学的なリスクの増大である。米国は同盟国である日本やオランダに対し、対中規制のさらなる強化を求めている。2023年7月に日本政府が導入した先端半導体製造装置23品目の輸出管理強化は、その一環だ。今後、規制対象が成熟工程向けの装置や先端材料にまで拡大する可能性は否定できない。日本企業は、中国市場での商機を追求しつつも、米国の規制動向を注視し、東南アジアやインドなどへの販路多様化や、研究開発拠点の再配置といった供給網の再構築を急ぐ必要がある。中国の国家戦略と米国の封じ込めが交錯する中で、技術的優位性を維持しながら地政学的リスクを管理するという、極めて高度な経営判断が求められている。