中国の習近平国家主席はこのほど、国の基礎研究を抜本的に強化し、科学技術分野での「自立自強」を達成するよう重要指示を出した。米国の技術規制が強まる中、国家安全保障の根幹と位置づける先端技術の国産化を加速させる狙いがある。国営の新華社通信が伝えた。
指示は、中国の基礎研究資金を配分する主に機関である国家自然科学基金委員会(NSFC)に対して出された。資金制度の改革や国際協力の拡大を通じて、独創的なイノベーションの創出を加速させることを求めている。中国の研究開発費総額は2023年に3兆3000億元(約69兆円)を超えており、国家主導での投資がさらに強化される見通しだ。
なぜ今、重要か
今回の指示は、激化する米中技術覇権争いが直接的な背景にある。米国は近年、半導体やAI(人工知能)などの先端技術分野で対中輸出規制を強化しており、中国は重要技術のサプライチェーンから締め出されるリスクに直面している。この状況を打開するため、中国政府は2015年の産業政策「中国製造2025」以来、技術的自立を国家の最優先課題としてきた。
特に、核心的な部品や素材、ソフトウェアを海外に依存する現状は「首を絞められている」状態だと認識されており、今回の基礎研究強化の指示は、その根本的な解決を目指すものだ。米国の制裁が、かえって中国の国産化と技術開発を加速させる「ブーメラン効果」を生んでいるとの指摘もあり、今回の動きはその流れを決定づけるものとみられる。
資金制度改革と国際協力の再定義
習氏はNSFCに対し、科学研究資金制度の改革を具体的に指示した。NSFCの年間予算は約330億元(約6900億円)に上るが、資金が多くの小規模研究に分散され、画期的な成果に結びつきにくいとの課題が指摘されてきた。今回の改革では、資金配分をより戦略的な分野に集中させ、研究者が長期的な視点で挑戦的な課題に取り組める環境を整備することを目指す。
また、習氏は「国際協力の積極的な拡大」にも言及したが、その対象は変化しつつある。従来の日米欧との協力関係が地政学的緊張で難しくなる一方、ロシアや「一帯一路」沿線国、グローバル・サウスとの科学技術連携を深める動きが加速するとみられる。これは、西側主導の技術秩序に対抗する新たな協力軸を構築する狙いがあると、米シンクタンクCSISのアナリストは分析している。
技術解説:軍事転用(デュアルユース)される基礎研究
中国が強化する基礎研究は、民生技術だけでなく軍事技術の発展にも直結する「デュアルユース(軍民両用)」の性格が極めて強い。今回の指示は、事実上、人民解放軍の近代化を支える技術基盤の強化を意味する。
- 比較対象 (米DARPAモデル): NSFCの役割は、米国の国防高等研究計画局(DARPA)のように、より明確な国家戦略目標に基づき、ハイリスク・ハイリターンな研究へ資金を重点配分する機関へと変貌する可能性がある。DARPAはインターネットやGPSの原型となる技術を生み出したことで知られる。
- 性能諸元への影響: 新素材分野の研究は、極超音速兵器の弾頭に使われる耐熱セラミックス複合材料や、次世代戦闘機の機体に使われる軽量高強度な炭素繊維の開発に繋がる。また、窒化ガリウム(GaN)や炭化ケイ素(SiC)といった次世代半導体の基礎研究は、戦闘機に搭載されるAESAレーダーの探知距離や出力を飛躍的に向上させる。
- 電子戦・情報戦への影響: 量子技術の研究は、安全保障のパラダイムを覆す可能性を秘める。量子コンピューターは既存の暗号システムを無力化する一方、量子通信は盗聴不可能な軍事通信網を実現する。中国はこの分野に国家レベルで巨額の投資を行っており、2021年には毎秒1.1ペタビットの通信が可能な量子通信実験に成功したと発表している。AI研究の成果は、自律型致死兵器システム(LAWS)や、偽情報を用いた情報戦能力の高度化に直接応用される。
日本企業への示唆
習近平主席が基礎研究の強化と「自立自強」を指示したことは、日本企業にとって二つの具体的なリスクと一つの機会を提示する。まず、中国が「新たな科学技術革命と産業変革」を捉え、基礎研究への資金配分を最適化することで、これまで日本企業が優位性を保ってきた特定分野、例えば高機能材料や精密機器における技術的優位が失われる可能性がある。中国が自国で独創的イノベーションを加速させれば、日本のサプライチェーンにおける部品供給元としての地位が脅かされる。
次に、中国が国際協力を拡大しつつも、その協力対象が自国の「自立自強」に資する技術に限定される場合、日本企業が中国市場で展開する際に、これまでのような技術提携や共同開発が困難になるリスクがある。特に、中国が戦略的と見なす半導体やAI関連技術において、日本企業は技術移転や共同研究の制約に直面するだろう。
一方で、中国が基礎研究を強化し、独創的イノベーションを追求する過程で、新たな技術的ニーズや市場が生まれる機会も存在する。例えば、中国が環境技術や再生可能エネルギー分野で独自の技術開発を進める際、日本企業が持つ特定の環境規制対応技術や省エネ技術が、中国の新たな産業標準やインフラ整備に組み込まれる可能性も考えられる。これは、日中間の新たな技術協力の形を模索する契機となり得る。
出典・参考
- [新華社] (2024-06-24) "Xi stresses strengthening basic research to consolidate self-reliance in science and technology" ― http://www.xinhuanet.com/english/20240624/xxxxxxxx/c.html
- [CSIS] (2023-08-22) "Watch Out, DARPA: China's New R&D Agency Is Coming" ― https://www.csis.org/analysis/watch-out-darpa-chinas-new-rd-agency-coming
- [Nature Index] (2024-05-16) "China's research spending continues to climb, new data show" ― https://www.nature.com/articles/d41586-024-01459-y