中国が「未来産業」と称する次世代技術群の育成へ国家主導で舵を切った。対象は量子情報、6G通信、人型ロボットなど多岐にわたり、2035年までの技術標準獲得を狙う。この動きは、米国の半導体規制で露呈した技術的隘路を克服し、経済安全保障を確立する狙いが透ける。総額10兆円を超えると見られる一連の投資は、世界の供給網に深く組み込まれた日本の先端素材・製造装置産業に対し、巨大な商機と深刻な競争リスクを同時に突きつけている。米中対立の狭間で、日本企業は事業戦略の根本的な見直しを迫られる。

「新たな生産力」が示す5大分野

中国共産党中央政治局が2024年1月に示した「未来産業」の輪郭は、単なる新技術の列挙ではない。それは国家の産業構造を根底から変革し、米国との技術覇権争いを有利に進めるための設計図である。習近平国家主席が言及した「質の高い新たな生産力」の中核と位置付けられるこれらの産業は、主に5つの分野に集約される。量子情報、第6世代移動通信システム(6G)、人型ロボット、脳科学応用、そして次世代原子力だ。これらの分野は、いずれも現行の産業基盤を覆し、新たな経済圏と安全保障の枠組みを生み出す潜在力を持つ。

中国工業情報化部が2024年1月に発表した指針によれば、特に人型ロボットは2025年までに量産体制を確立し、2027年までに世界水準の技術力と安全管理体系を持つことを目標としている。これは、労働人口の減少という国内課題への対応と同時に、工場の自動化やサービス業の革新を先導する狙いがある。政府系ファンドからは既に北京人型機器人創新中心(Beijing Humanoid Robot Innovation Center)に対し、初期投資として100億元(約2100億円)規模の資金が投じられたと報じられている。この動きは、テスラやボストン・ダイナミクスなどが先行する米国への対抗軸を明確に意識したものと見られる。6G分野でも、華為技術(ファーウェイ)などが基礎研究で世界を先行しており、国際電気通信連合(ITU)での標準化議論を主導しようとする動きが活発化している。2023年における中国の特許出願件数に占める6G関連技術の割合は40.3%に達し、2位の米国の35.2%を上回っている(日本経済新聞社とサイバー創研の2023年調査)。

国産化の現実と日本の「隘路」技術

中国の壮大な計画は、核心技術の国産化なくしては画餅に帰す。特に半導体は全ての未来産業の土台であり、米国の輸出規制が最も厳しく狙う分野だ。中国は半導体自給率を2025年までに70%へ引き上げる目標を掲げてきたが、台湾調査会社トレンドフォースの2023年12月の推計によれば、実績は20%台前半に留まる見通しだ。この差を埋めるべく、国内の製造装置や材料メーカー育成に巨額の補助金が注がれている。

上海微電子装備(SMEE)は、国産リソグラフィ装置(回路をシリコンウエハーに焼き付けるための露光装置)の開発を担う中核企業だが、その技術水準は28ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)世代に留まる。これは、オランダASMLが独占供給するEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置が実現する3nmや5nmといった最先端プロセスからは5世代以上遅れている。EUV光は波長13.5nmという極めて短い光を用いることで微細な回路形成を可能にするが、その光源や特殊な反射鏡はドイツや日本の特定企業しか製造できない技術の結晶だ。中芯国際集成電路製造SMIC)が既存のDUV(深紫外線)装置を複数回露光する「マルチパターニング」技術で7nm製品の製造に成功したと報じられたが、これは歩留まり(良品率)が極端に低く、EUVを用いた場合に比べ製造費用が50%以上高いと業界では見られている。この非効率性は、スマートフォン用半導体のような一部の高性能品には適用できても、大規模な量産には向かない。

ここに日本の「隘路(あいろ)」技術の重要性が浮かび上がる。EUV用フォトレジスト(感光材)ではJSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本4社で世界市場の約9割を握る。また、半導体の基板となるシリコンウエハーも信越化学とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を占める。中国がいくら装置の国産化を進めても、これらの高純度・高品質な材料なくして最先端半導体の安定生産は不可能である。この依存構造こそが、米国の同盟国である日本が持つ戦略的価値の源泉となっている。

供給網から迫られる「踏み絵」

米中対立の激化は、日本の関連企業に厳しい選択を迫っている。米国商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月、先端半導体関連の装置や技術の対中輸出を厳格に規制する措置を発表。日本政府もこれに追随し、2023年7月から先端半導体製造装置など23品目を輸出管理の対象に加えた。この結果、東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった日本の大手装置メーカーは、中国向け売上の大きな部分を占めていた先端分野での事業見直しを余儀なくされた。

東京エレクトロンの2024年3月期決算における地域別売上高構成比を見ると、中国向けが47.0%(前年同期比14.5ポイント増)と過去最高を記録した。これは、米国の規制対象外である旧世代(28nm以上)の成熟プロセス向け半導体製造装置の需要が、中国国内で急増した「駆け込み」的な現象を反映している。中国の半導体メーカーが、電気自動車(EV)や産業機器向けのパワー半導体、アナログ半導体の生産能力を急ピッチで増強しているためだ。しかし、この活況は持続可能とは言いがたい。長期的には中国国内で製造装置や材料の代替サプライヤーが育てば、日本企業は市場を失うリスクを抱える。実際に、中国政府は国内の装置・材料メーカーに対し、国内半導体工場での採用比率を高めるよう指導を強めているとされ、日本企業にとっては技術流出と市場喪失の二重の脅威となる。

この状況は、かつて日本が韓国に対して実施した2019年の半導体材料3品目の輸出管理強化の事例を想起させる。当時、高純度フッ化水素などの対韓輸出が滞ったことで、韓国のサムスン電子やSKハイニックスは代替調達先の開拓と国産化を加速させた。結果として、日本の素材メーカーの一部は韓国市場でのシェアを落とした。中国市場の規模は韓国の比ではなく、日本企業が直面する経営判断の難度は格段に高い。米国主導の規制に従えば巨大市場の一部を失い、かといって規制を無視すれば米国市場へのアクセスや基幹技術の導入が困難になるという「踏み絵」を迫られているのが実情だ。

日本企業が直面する選択

中国の「未来産業」戦略は、日本の産業界にとって、もはや対岸の火事ではない。量子や6Gといった黎明期の技術分野では、新たな部材や評価装置の需要が生まれ、日本の技術力が活きる商機が存在する。しかし、その一方で、中国が国家の総力を挙げて技術標準と供給網の主導権を握ろうとしている現実は、日本企業の競争環境を根本から揺るがす脅威に他ならない。

重要なのは、中国市場との関わり方を再定義することだ。全ての分野で関係を断つ「デカップリング(切り離し)」は非現実的であり、日本経済にも大きな打撃を与える。求められるのは、自社の技術が持つ戦略的重要性を正確に評価し、「守るべき技術」と「協調できる領域」を峻別する精緻な戦略である。例えば、EUV関連材料や最先端の検査装置といった、他国が容易に追随できない「チョークポイント技術」は、経済安全保障上の資産として厳格に管理する必要がある。研究開発投資を継続し、技術的優位性をさらに高める努力が不可欠だ。

同時に、成熟世代の半導体や汎用部材といった分野では、中国市場との共存を探る道も残されている。ただし、その場合でも技術の安易な供与は避け、ブラックボックス化したモジュールでの提供や、現地での生産を最小限に留めるなどの防衛策が求められる。また、日米欧や台湾、韓国といった価値観を共有する国・地域との連携を深め、次世代技術の国際標準化を共同で主導していく外交努力も欠かせない。中国の国家主導の挑戦に対し、個々の企業の努力だけで対抗するには限界がある。産業界と政府が一体となり、長期的な国家戦略を描くことが、日本の技術立国としての地位を維持する上で唯一の道筋と見られる。