シャオミ(小米科技)の電気自動車(EV)事業参入は、単なる自動車製造への進出ではない。自社開発の基本ソフト(OS)「HyperOS」を神経系として、スマートフォン、家電、そして自動車を滑らかに連携させ、利用者一人ひとりに最適化された体験を提供するAI経済圏の構築がその本質だ。同社初のEV「SU7」は、この巨大な構想を実現するための戦略的な一手と位置づけられる。10年間で100億ドル(約1兆5700億円)を投じる計画は、テスラや既存の自動車大手とは異なる、ソフトウェアと利用者の体験を起点とした市場破壊の意志を示す。この動きは、世界の自動車産業、とりわけ精密な部品供給網を強みとしてきた日本企業に対し、新たな協業の機会と構造転換への対応という重い課題を突きつけている。

自社開発OSが統合する「人間×AI×IoT」

シャオミの戦略の中核を成すのが、2023年10月に発表された新OS「HyperOS」だ。これは、オープンソースのLinuxカーネルと、同社が独自開発したリアルタイムOS「Vela」の長所を組み合わせたハイブリッドカーネル構造を特徴とする。この設計により、要求される処理性能や応答速度が全く異なるスマートフォン、スマートウォッチ、家電、そして自動車の電子制御装置(ECU)までを、単一のOS基盤上で稼働させることが可能になる。OSの断片化を克服し、機器間のデータ連携と機能呼び出しを円滑化するのが狙いだ。シャオミの2023年12月末時点での発表によれば、HyperOSを搭載した同社製IoT機器の数はすでに8億2300万台に達しており、世界最大級のIoT基盤を形成している。SU7のダッシュボードに搭載された16.1インチの中央表示装置は、この巨大な機器群の操作盤として機能する。例えば、利用者が車に近づくと、スマートフォンの認証情報に基づき座席や空調が自動調整され、自宅の照明や空調を車内から操作できる。これは従来の限定的な連携機能とは異なり、OS層での統合によって実現される応答性と安定性が競争力の源泉となる。

なぜシャオミはSoCとAI基盤を内製化するのか

シャオミはソフトウェアだけでなく、それを動かす頭脳である半導体とAI基盤の内製化にも注力する。SU7の上位機種「Max」モデルは、米エヌビディア製の車載半導体(SoC)「DRIVE Orin」を2個搭載し、合計で毎秒508兆回の演算性能(TOPS)を誇る。これは、高度な自動運転機能を実現するための基盤だ。しかし、シャオミの野心は汎用半導体の採用にとどまらない。同社は過去にスマートフォン向けSoC「Surge(澎湃)」シリーズの開発で苦杯をなめた経験を持つが、AI時代を迎え、再び技術の垂直統合に舵を切った。その象徴が、自社開発した60億パラメーター規模の軽量な大規模言語モデル(LLM)「MiLM-6B」の車載実装である。このAIモデルは、クラウド上の大規模AIと連携しつつ、車載半導体上で直接動作(エッジAI)する。これにより、通信環境に左右されずに自然な対話による車両操作や情報検索が可能になるだけでなく、運転挙動や音声指示などのデータを収集し、AIモデルを継続的に利用者に合わせて最適化できる。これは、ハードウェアとソフトウェア、AIを一体で開発するからこそ可能な芸当であり、外部からOSやAIを調達する多くの自動車メーカーに対する決定的な優位性となりうる。先行する米テスラが車両制御ソフトウェアの全面的な内製化で優位を築いたのと同様の戦略を、シャオ-ミは生活空間全体に拡張しようとしている。

「SU7」を支える日系・海外供給網

シャオミの垂直統合戦略は、全ての部品を自製することを意味しない。むしろ、競争力のある外部の供給者を巧みに活用し、自らは最も重要なOSと利用体験の設計に集中する。SU7の分解調査や供給元の情報によれば、その構造は明確だ。駆動用バッテリーは世界最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)から調達。中央の大型ディスプレーはTCL華星光電技術(CSOT)製とされる。そして、その内部には多くの日系企業の技術が息づいている。例えば、EVの電費性能を左右するパワー半導体では、炭化ケイ素(SiC)を用いた製品で世界的な競争力を持つロームなどの採用が見込まれる。また、自動運転の「眼」となるCMOSイメージセンサーではソニーグループが、車両の細かな動きを制御するマイクロコントローラー(マイコン)ではルネサスエレクトロニクスが高い技術力を持つ。EV1台あたりの半導体搭載額は、米S&P Globalの2022年時点の調査で平均693ドルと、従来のエンジン車の2倍以上に達する。特に、SU7のような高機能EVでは、1台に3000個以上搭載される積層セラミックコンデンサー(MLCC)をはじめ、村田製作所や太陽誘電といった日本企業が世界シェアの過半を握る電子部品が不可欠だ。シャオミは、これら日本の「お家芸」ともいえる高品質な基幹部品を仕入れ、自社のソフトウェアで束ね上げることで、短期間での製品化を実現した。

2027年「完全接続」がもたらす破壊的変化

シャオミが公表した行程表によれば、2024年中に家から車を制御する「家控車」、25年に車から家を制御する「車控家」を実現し、27年には「車載中枢網関(セントラルゲートウェイ)」を導入してエコシステムの完成を目指す。この「完全接続」状態は、単なる利便性の向上以上の意味を持つ。車載ゲートウェイが車両のあらゆるセンサーや制御装置からのデータを常時収集・解析し、HyperOSを通じてシャオミのクラウドへ送信する体制が整うからだ。これにより、走行データ、車内での会話、操作履歴といった膨大な情報がAIの訓練データとなり、サービスの精度を飛躍的に向上させる「データ循環ループ」が完成する。このループは、運転支援機能の高度化だけでなく、新たな収益機会の創出にも直結する。例えば、運転の癖を分析してパーソナライズされた自動車保険を提案したり、移動先の予定に合わせてレストランや駐車場の予約を自動で行ったり、車内での暇な時間に合わせたコンテンツを配信したりといったサービスが考えられる。富士キメラ総研の2023年7月の予測によれば、コネクテッドカー関連の世界市場は2035年に23兆7881億円に達する見通しだ。シャオミが狙うのは、この巨大市場において車両販売の利益だけでなく、データ活用から生まれる継続的なサービス収益を確保することにある。

日本企業が直面する選択

シャオミが提示した未来像は、日本の自動車・部品産業に構造転換を迫るものだ。これまで、エンジンや変速機といった中核部品の「擦り合わせ」技術で世界をリードしてきた日本メーカーにとって、ソフトウェアと利用体験が価値の中心となる時代は、既存の優位性が通用しなくなる危険性をはらむ。シャオミのような巨大IT企業が設計したOSの上で動く一機能部品の供給者に甘んじれば、利益率は低下し、利用者との接点も失いかねない。しかし、これを好機と捉える道もある。シャオミのエコシステムは、サードパーティに対して門戸を開いている。日本の部品メーカーが持つ、高品質なセンサーやモーター、静粛性の高い部材といった技術的優位性を活かし、HyperOS上で独自の付加価値を提供する製品を開発・提案することは可能だ。例えば、ソニーグループの車載イメージセンサーとシャオミのAIを深く連携させ、悪天候時でも高精度な歩行者認識が可能な運転支援システムを共同開発するといったシナリオが考えられる。あるいは、日本の自動車メーカーが中心となり、業界標準の車載OS基盤「AUTOSAR」の発展形などを軸に、シャオミやテスラに対抗する独自のオープンなエコシステムを構築するという、より野心的な選択肢も残されている。いずれにせよ、ハードウェアの品質だけで勝負できた時代は終わりを告げた。自社の技術を、どのソフトウェア経済圏で、どのように活かすのか。各社が戦略的な岐路に立たされていることは間違いない。