生成AIの急速な普及は、半導体市場の勢力図を根底から塗り替えている。米エヌビディアの記録的な成長を頂点に、その膨大な計算需要を満たすための供給網が再編され、日本の製造装置・素材メーカーが中核的な役割を担う構造が鮮明になった。この変革は、単なる好況ではなく、技術的優位性と地政学リスクが絡み合う複雑な様相を呈している。本稿では一次資料に基づき、AIが駆動する半導体経済圏の実態を解き明かし、日本企業が直面する商機と課題を分析する。
生成AIが促す半導体特需
2022年末からの生成AI(人工知能)の爆発的な普及が、データセンター向け半導体への空前の需要を創出している。特に、大規模言語模型(LLM)の学習と推論には、膨大な並列計算能力が不可欠であり、これが画像処理半導体(GPU)の需要を押し上げた。市場調査会社ガートナーが2024年4月に公表した予測によれば、AI半導体の市場規模は2024年に前年比33%増の712億ドル(約11兆円)に達し、2028年には1194億ドル規模へ拡大する見通しだ。この潮流を主導するのが、AI向け半導体で9割以上の市場占有率を握るとされる米エヌビディアである。同社の2025年1月期通期決算では、売上高が前期比126%増の609億ドル、データセンター部門に限れば同217%増の475億ドルと驚異的な伸びを記録した。この成長は、同社のGPU「H100」やその後継「H200」が、主要クラウド事業者である米マイクロソフト、米グーグル、米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)によって大規模に導入された結果である。世界の半導体製造装置の販売額もこの動きに連動しており、業界団体SEMIの2024年6月発表によると、2025年には前年比9%増の1240億ドルと過去最高を更新すると予測されている。これは、AI半導体の増産に向けた設備投資が、台湾積体電路製造(TSMC)のような受託製造企業(ファウンドリ)で活発化していることを示唆している。
なぜエヌビディアの優位は揺るがないのか
エヌビディアの圧倒的な地位は、単に優れた半導体を供給しているだけでは説明できない。その競争力の源泉は、ハードウエアとソフトウエアを一体で開発し、研究者や開発者が使いやすいエコシステム(生態系)を15年以上にわたり築き上げてきた点にある。中核となるのが、2007年に発表された同社の並列コンピューティング基盤「CUDA(クーダ)」である。これにより、GPUを汎用的な科学技術計算に利用する道が開かれ、AI研究の黎明期から事実上の標準として定着した。競合する米アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)の「Instinct MI300X」や米インテルの「Gaudi 3」も性能面では猛追しているが、CUDAで書かれた膨大なソフトウエア資産からの移行は容易ではない。市場調査会社トレンドフォースの2023年12月の調査では、AIサーバー向けGPU市場におけるエヌビディアのシェアは90%を超えると推計されており、AMDは1桁台後半に留まる。エヌビディアはさらに、次世代機「B200」で採用するブラックウェル・アーキテクチャを発表。これは2つのGPUダイを高速に接続する技術で、単体チップの性能限界を乗り越えようとする試みだ。この製造にはTSMCの3ナノメートル(nm)級の最先端プロセスが不可欠であり、両社の協業関係は一層深化している。この強力な囲い込み戦略が、競合の参入を阻む高い壁となっているのが実情である。
寡占の裏で深まる日本企業への依存
エヌビディアの独走と、それを支えるTSMCの最先端製造は、日本の素材・装置メーカーへの依存という構造の上に成り立っている。先端半導体の製造工程は、日本の基盤技術なくしては成立しない。例えば、回路パターンをウエハーに転写するリソグラフィー工程で不可欠な感光材「フォトレジスト」では、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社が、最先端の極端紫外線(EUV)向けで世界市場の約9割を占める。また、半導体の基板となるシリコンウエハーでは、信越化学工業とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を握る。両社の2023年12月期決算を見ると、AI向け先端ロジック用300mmウエハーの需要は堅調を維持しており、汎用メモリー向けの落ち込みを補った。さらに、AI半導体特有の後工程である高密度実装技術「CoWoS(コワース)」においても、日本の存在感は大きい。ウエハーを精密に切断するダイシングソーではディスコが約7割、チップを基板に実装するフリップチップボンダーでは新川(現・ヤマハモーターロボティクスホールディングス)などが高い技術力を持つ。TSMCがCoWoSの生産能力を2024年末までに前年比で倍増させる計画は、これらの日本メーカーへの発注増に直結する。エヌビディアの躍進は、日本の見えざる供給網に支えられている側面が極めて強い。
米中摩擦が促す供給網の再編圧力
AI半導体を巡る活況は、米中間の技術覇権争いという地政学リスクと常に隣接している。米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月以降、エヌビディアの「H100」など高性能AI半導体の中国向け輸出を厳格に規制。これに対しエヌビディアは、規制に抵触しない性能を落とした中国向け製品「H20」などを開発したが、販売は想定を下回っていると見られる。この規制は、日本企業にも影響を及ぼす。日本政府も2023年7月、米国の規制に歩調を合わせ、先端半導体製造装置23品目の輸出管理を強化した。これにより、東京エレクトロンの成膜・エッチング装置や、SCREENホールディングスの洗浄装置などが対象となり、中国向け売上比率の高い企業は戦略の見直しを迫られた。一方で、この地政学リスクは、生産拠点の分散化を加速させている。TSMCが熊本県に建設した第1工場(JASM)はその象徴だ。経済産業省が最大4760億円の補助を決定したこの工場は、2024年末の量産開始を予定しており、日本の半導体産業の国内回帰に向けた試金石となる。さらに、次世代半導体の国産化を目指すRapidus(ラピダス)は、北海道千歳市に2ナノメートル世代の工場を建設中であり、2027年の量産開始を目指す。こうした動きは、有事の際の供給網の途絶リスクを低減させると同時に、国内の装置・材料メーカーとの連携を密にする効果も期待される。
日本企業が直面する選択
AI半導体ブームは、日本の装置・材料メーカーに大きな追い風となっている。しかし、現在の好況が永続する保証はない。重要なのは、この機会を活かして次世代の技術基盤をいかに強固にするかである。目下の課題は、研究開発投資の拡大と、それを担う人材の育成だ。例えば、ASMLが開発を進める次世代の高NA(開口数)EUV露光装置は、1台700億円以上とされ、これに対応するフォトレジストや検査装置の開発には巨額の先行投資が求められる。レーザーテックが独占供給するEUVマスクブランクス検査装置の受注残高は、2024年6月期第3四半期時点で4500億円を超えており、先端技術への需要の強さを示している。また、チップレット技術の進展は、後工程の重要性を増大させる。複数のチップを三次元に積層する「ハイブリッドボンディング」など、新たな実装技術で主導権を握れるかが、将来の競争力を左右する。NTTが推進する光電融合技術「IOWN(アイオン)」構想のように、既存の半導体技術の延長線上にはない、破壊的革新への布石も欠かせない。現在の特需に安住し、川下に位置する部品供給者の立場に留まるのか、あるいはリスクを取って次世代アーキテクチャーの設計段階から関与するパートナーへと進化するのか。日本企業は今、その岐路に立たされていると見られる。