生成AIの開発競争が激化する中、中国企業は米国の半導体輸出規制により高性能GPUの調達が著しく困難になっている。この逆境下、金融分野出身の楊天润氏らが推進するオープンソースのAI開発基盤「OpenClaw」は、ソフトウェアの最適化で既存半導体の性能を最大限に引き出す試みとして注目を集める。この動きは、米エヌビディアの一強体制に風穴を開ける可能性を秘め、日本の半導体素材・装置メーカーに新たな商機をもたらす潮流となり得るのか。その実態は、中国の技術開発戦略の転換と、それに連動する世界的な供給網の再編を示唆している。
OpenClawが映す中国AI開発の現状
米国の輸出規制強化を受け、中国のAI開発はハードウェアの制約という現実に直面している。この状況下で存在感を増しているのが、オープンソースのAI開発プロジェクト「OpenClaw」である。金融業界からの転身組である楊天润氏らが主導するこのプロジェクトは、特定の高性能半導体に依存しない、より汎用的なAI基盤の構築を目指す。GitHub上の活動記録を見ると、2024年6月時点でコントリビューターは50人を超え、活発な開発が続いていることがうかがえる。これは、ハードウェアの調達難をソフトウェア層の工夫で乗り越えようとする中国技術者コミュニティーの意志の表れと見られる。楊氏が指摘するように、AIがコード生成を代替する時代には、プログラミング技術そのものより、事業構想力や応用アイデアが価値の源泉に変わる。OpenClawの試みは、この思想を体現したものだ。中国の調査会社、IT桔子の2023年報告によれば、同国内のAI分野への投資額は前年比で約30%減少したが、応用ソフトウェアや基盤モデル分野への資金集中は続いており、市場の期待がハードウェアからソフトウェアへと移行している様子が鮮明になっている。
なぜ高性能GPUへの渇望が続くのか?
中国がソフトウェアによる迂回を模索する一方で、高性能GPUへの渇望が消えることはない。その理由は、大規模言語模型(LLM)に代表される生成AIの学習プロセスが、極めて高い並列計算能力を要求するためだ。市場を9割以上支配する米エヌビディアの「H100」や「A100」といったGPUは、この要求に応えるために設計されている。これらのGPU内部には、混合精度演算に特化した「テンサーコア」が数千基単位で集積されている。これにより、AI学習で多用される16ビット浮動小数点(FP16)演算などを高速処理できる。例えばH100は、台湾積体電路製造(TSMC)の4ナノメートル工程で製造され、約800億個のトランジスタを搭載。メモリーとのデータ転送速度は毎秒3.35テラバイトに達する。米商務省産業安全保障局(BIS)が2023年10月に更新した規制は、まさにこの点を狙い撃ちにした。チップ単体の演算性能だけでなく、チップ間を接続する通信帯域が毎秒600ギガバイトを超える製品の対中輸出を原則禁止。これにより、GPUを数千個連結して使う大規模AIクラスターの構築が極めて困難になった。エヌビディアが規制対応版として投入した「H800」は、この通信帯域を毎秒400ギガバイトに制限したものであり、学習効率の大幅な低下は避けられない。
ソフトウェア最適化という「迂回路」
ハードウェアの制約を所与のものとして、その上で性能を最大限引き出すのがソフトウェア最適化という「迂回路」である。OpenClawや、阿里巴巴(アリババ)が主導する「OpenAnolis」コミュニティーの狙いはここにある。具体的には、エヌビディアの独自開発環境「CUDA」への依存から脱却することを目指す。CUDAはエヌビディア製GPUの性能を最大限に引き出す強力なツールだが、同時に開発者を自社製品に囲い込む「堀」の役割も果たしてきた。このCUDAの牙城を崩すべく、世界中で代替技術の開発が進む。米OpenAIが開発した「Triton」や、モジューラー社が開発する新言語「Mojo」は、異なるメーカーの半導体上でも高性能なAIコードが実行できる環境を目指している。中国国内では、華為技術(ファーウェイ)が独自開発したAI半導体「昇騰(Ascend) 910B」と、その開発環境「CANN」でエコシステムの構築を急ぐ。ファーウェイの2023年年次報告書によると、CANN上で活動する開発者数は200万人を超えたとされるが、アプリケーションの豊富さや成熟度では依然としてCUDAに及ばないのが実情だ。この溝を埋めるため、オープンソースコミュニティーの活動が国家的な重要性を帯びているのである。
米国規制が炙り出す供給網の縦構造
米国の規制は、完成品のGPUだけでなく、半導体製造装置や設計ツールにまで及び、中国の技術的孤立を深めている。先端半導体の製造は、米アプライドマテリアルズ、ラムリサーチ、KLAといった企業の装置なくしては成立しない。例えば、回路パターンをウエハーに転写するリソグラフィー工程の後には、KLAの検査装置でナノメートル単位の欠陥を検出する必要がある。これらの装置がなければ、最先端の3ナノメートル級プロセスの歩留まり(良品率)は実用レベルに達しない。このため、中国の半導体受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)が製造できるのは、旧世代の7ナノメートルプロセスが限界とみられている。さらに上流の電子設計自動化(EDA)ツール市場も、米シノプシス、米ケイデンス、独シーメンスEDAの3社で世界シェアの約8割を占める寡占状態だ。米政府はこれらのEDAツールが中国の先端半導体設計に利用されることを厳しく制限しており、中国勢は自国製EDAツールの開発を急ぐが、機能面での差は大きい。この供給網の縦構造こそが、米国の対中技術政策の根幹を成している。
日本企業が直面する選択
一連の米中対立は、世界の半導体供給網における日本企業の位置付けを改めて浮き彫りにした。シリコンウエハー(信越化学工業、SUMCOで世界シェア約6割)、フォトレジスト(JSR、東京応化工業などでEUV用シェア約9割)、製造装置(東京エレクトロン、SCREEN、ディスコなど)といった重要領域で、日本企業は代替困難な地位を占める。米国の規制は、これらの日本企業にも同調を求めており、対中ビジネスの再考を迫る。経済産業省が2023年7月に施行した外為法に基づく輸出管理強化は、先端半導体製造装置23品目を対象とし、事実上、中国への最新鋭装置の輸出を不可能にした。一方で、中国は規制対象外である28ナノメートル以上の成熟世代半導体の生産能力を増強している。SEMIの2024年3月予測によれば、中国の成熟プロセス向け設備投資額は2025年に前年比15%増の210億ドルに達する見込みだ。この巨大市場は、日本の装置・材料メーカーにとって無視できない。先端技術分野では米国と歩調を合わせつつ、成熟技術分野では中国市場とどう向き合うか。この二正面での難しい判断が、今後の日本企業の成長を左右する。OpenClawのようなソフトウェア主導の開発が中国で進展すれば、成熟世代半導体の付加価値が高まり、日本の素材・装置への需要構造が変化する可能性も視野に入れる必要があるだろう。