米Appleが2024年5月に発売した最新のM4チップを搭載する新型iPad Airが、世界最大のタブレット市場である中国で、発売直後から実質1000人民元(約2万1500円)規模の大幅な値引き販売に踏み切ったことが明らかになった。中国メディアは政府系補助金を活用した販促策と報じるが、背景には不動産不況を起点とする根強い消費低迷と、ファーウェイ(ファーウェイ技術)など国内ブランドの猛追がある。絶対的なブランド力を誇ってきたAppleの価格戦略が、中国市場の構造変化によって転換を迫られている可能性が浮上している。

発売直後の異例の値引き

中国の複数のオンラインストアでは、新型iPad Air(11インチ、256GBモデル)が、公式価格の5299元から1000元安い4299元前後で販売されている。これは「国補」と呼ばれる政府系の補助金を適用した価格とされている。同モデルは、従来のM2チップから一足飛びに最新のM4チップを搭載し、AI性能を大幅に向上させた戦略製品だ。これほどの高性能モデルが発売から1ヶ月も経たずに大幅な実質値下げに追い込まれたことは、Appleの中国市場における立ち位置の変化を象明する事象とみられる。

過去、iPhoneやiPadの新型モデル発売時には販売店に行列ができ、転売市場が活況を呈するのが通例だった。しかし、今回の静かな滑り出しと早々の値引きは、Appleブランドの神通力が絶対的なものではなくなったことを示唆している。

データが示すAppleの苦境と国内勢の台頭

Appleの中国市場での苦戦は、各種データからも裏付けられている。市場調査会社Canalysが発表した2024年第1四半期の報告によると、中国本土のタブレット市場におけるAppleのシェアは、前年同期の38.2%から30.4%へと大幅に下落した。一方で、ファーウェイは21.6%から29.1%へとシェアを伸ばし、首位の座を現在に捉えている。

この背景には、二つの大きな構造変化が存在する。第一に、不動産不況に端を発する長期的な消費マインドの冷え込みだ。高価格帯の電子機器は買い控えの対象となりやすい。第二に、米国の制裁を乗り越えたファーウェイの劇的な復活である。独自の半導体チップを搭載した製品群は「愛国消費」の受け皿となり、Appleのシェアを侵食。特に政府機関や国有企業では、安全保障上の懸念からApple製品の使用を制限する動きが広がっており、法人需要にも影響が出始めている。

Counterpoint Researchの調査によれば、同四半期のiPhoneの中国での販売台数は前年同期比19.1%減と、主要メーカーの中で最大の落ち込みを記録した。Apple自身の2024年1-3月期決算でも、中華圏(香港、台湾を含む)の売上高は前年同期比8%減の163億7200万ドルとなり、市場予測を下回った。これらの数値は、今回の大幅値引きが販売不振をてこ入れするための、やむを得ない選択であった可能性を示している。

プレミアム戦略の岐路

今回の値引きは、Appleが長年維持してきた「プレミアム価格戦略」が中国市場で岐路に立たされていることを浮き彫りにした。かつてAppleは、優れた製品デザインとエコシステム、そして強力なブランド力によって、競合製品より高い価格設定を維持し、高い収益性を確保してきた。しかし、中国国内メーカーの技術力が向上し、製品の性能差が縮小する中で、価格の正当性が問われ始めている。

さらに、米中間の技術覇権争いが地政学リスクとして消費者の購入行動に影響を与えている点も無視できない。国内ブランドを応援する「愛国消費」は、単なるナショナリズムではなく、米国の規制に対する反発や自国技術への信頼感といった複雑な感情が絡み合っている。このような市場環境の変化に対し、Appleは従来の価格戦略を見直し、より柔軟な対応を迫られているのが現状だ。最大の試金石は、2024年秋に発表が予定される新型iPhoneの価格設定と販売動向となる。もし新型iPhoneでも同様の値引きが行われれば、Appleの中国戦略が大きな転換点を迎えたと判断されるだろう。

日本への影響

今回のM4搭載iPadの中国市場での異例な値引きは、日本企業にとって中国市場の構造変化がもたらすリスクと機会を明確に示している。まず、Appleが「国補」と呼ばれる政府系補助金を活用してまで価格競争に踏み切った事実は、中国市場がもはや高価格帯製品の「プレミアム市場」として機能しにくくなっていることを示唆する。これは、高付加価値製品で中国市場を攻略してきた日本企業、例えば高機能家電や自動車部品メーカーにとって、価格戦略の再考を迫るものだ。

次に、ファーウェイがCounterpoint Researchの調査で示されたように、中国本土のタブレット市場でAppleのシェアを奪い、29.1%まで伸ばしたことは、単なる価格競争だけでなく、「愛国消費」という非市場要因がブランド選択に大きな影響を与えていることを示す。日本企業は、高品質を追求するだけでなく、中国政府の政策や国民感情といった地政学的リスクを考慮したサプライチェーンや販売戦略を構築する必要がある。特に、政府機関や国有企業への納入を目指す企業は、安全保障上の懸念から日本製品が排除される可能性も視野に入れるべきだ。

一方で、Appleの苦境は、日本企業にとって新たな機会も生み出す。例えば、Appleが苦戦する高価格帯市場において、よりニッチで高機能な部品や素材を提供する日本の中小企業は、中国国内ブランドとの連携を模索する余地がある。また、中国市場の消費低迷は、日本国内市場の再評価や、東南アジアなど他の新興市場への注力を促す契機にもなり得る。