米国の対中戦略が、単独での対抗から同盟国との連携を軸とする集団的アプローチへと明確に舵を切った。アントニー・ブリンケン米国務長官はワシントンの有力シンクタンクでの会合で、中国との「一対一の競争」では米国が不利になる可能性を認め、日本や欧州などとの同盟関係を強化し「統一戦線」を構築する必要性を強く訴えた。この発言は、米国の対中政策が新たな段階に入ったことを示すものであり、半導体や防衛、サプライチェーンの各分野で事業を展開する日本企業にとって、地政学的なリスクと機会が再定義されることを意味する。
「一対一では勝てぬ」発言の波紋
現地時間5月19日、米シンクタンク「アメリカ進歩センター (CAP)」が主催したイベントで、ブリンケン国務長官は米国の外交政策について講演した。同氏は中国を「国際秩序を再構築する意図と能力を持つ唯一の国」と改めて位置づけ、その動向が米国の利益を損なう可能性に警鐘を鳴らした。特に注目されたのは、市場規模、製造能力、海軍力、特許出願数といった具体的な指標を挙げ、中国が米国を凌駕しつつある現実を指摘した点だ。「もし米国が中国と一対一の競争を選べば、その勝負に負ける可能性が高い」と述べ、単独での対抗には限界があるとの認識を率直に示した。その上で、解決策として日本、韓国、オーストラリア、欧州諸国といった同盟国との連携を提示。これらの国々が結束すれば、経済規模は世界全体の国内総生産 (GDP) の半数以上を占めることになり、「中国も無視できなくなる」として、集団的アプローチの重要性を強調した。
データが示す米中パワーバランスの転換
ブリンケン長官が指摘した米中間のパワーバランスの変化は、客観的なデータによって裏付けられている。国際通貨基金 (IMF) の2024年4月時点の世界経済見通しによれば、購入力平価 (PPP) ベースのGDPでは中国は既に米国を上回っている。製造業の付加価値額においても、世界銀行のデータでは中国が2010年頃に米国を逆転して以降、その差は拡大を続けている。軍事面では、イギリス際戦略研究所 (IISS) が発行する年次報告書「ミリタリー・バランス2024」によると、中国海軍が保有する主要な水上戦闘艦や潜水艦の総数は米国海軍を上回っており、特に西太平洋地域における軍事バランスは急速に中国優位に傾斜している。また、世界知的所有権機関 (WIPO) の報告では、特許の国際出願件数で中国は2019年以降、米国を抜いて世界一位の座を維持している。これらのデータは、ブリンケン氏の発言が単なる誇張ではなく、冷徹な現実認識に基づいていることを示している。
同盟回帰路線の再確認と戦略的意図
この発言は、トランプ前政権の「アメリカ・ファースト」に代表される単独行動主義から、バイデン政権が一貫して進めてきた「同盟関係の再構築」という基本的に戦略を再確認し、その論理的帰結を述べたものと解釈できる。ブリンケン氏は国務長官在任中から、米国の最大の強みは「同盟国のネットワーク」であると繰り返し強調してきた。今回の発言は、その路線をより先鋭化させ、対中戦略の根幹に拠えることを明確にしたものと言える。中国の一部メディアは米国の「弱さ」の表れと報じているが、むしろ同盟国に対し「我々と共に中国に対峙しなければ、西側全体の利益が損なわれる」という危機感を共有し、結束を促すための戦略的なレトリックと見るのが妥当だ。米国内の政策立案者に対し、同盟重視政策の正当性を改めて訴える意図も含まれているとみられる。
日本への影響と今後の展望
ブリンケン国務長官の「一対一では勝てぬ」発言は、日本企業にとって半導体と防衛分野で具体的な事業機会を創出する。まず半導体分野では、米国が中国との技術覇権争いで同盟国との連携を強化する中で、日本の先端半導体製造装置メーカーである東京エレクトロンやSCREENホールディングスへの需要が一段と高まる。特に、中国が「国際知的所有権機関(WIPO)の報告」で特許の国際出願件数世界一位を維持する中、米国は日本の技術力を活用し、サプライチェーンの強靭化と技術流出防止を加速させるだろう。
次に防衛分野では、中国海軍が「ミリタリー・バランス2024」で米国海軍を上回る艦艇数を保有する現状を踏まえ、日本の防衛産業への投資と共同開発が加速する。三菱重工業や川崎重工業といった企業は、米国の「同盟戦略」の下で、次世代戦闘機開発やミサイル防衛システム構築において、より重要な役割を担う可能性が高まる。これは、日本の防衛産業が国内市場に留まらず、国際的なサプライチェーンの一翼を担う機会となる。
一方で、中国市場への依存度が高い企業は、米中対立の激化によるサプライチェーン分断リスクに直面する。特に、中国の製造能力や市場規模に大きく依存する消費財メーカーや部品供給企業は、代替生産拠点の確保や販売戦略の見直しを迫られる。
米国の「同盟半導体戦略」、CoWoS供給網の脆弱性が露呈する構図
ブリンケン長官が提唱する「同盟戦略」の成否は、最先端AIチップの生産に不可欠な先進パッケージング技術の供給網をいかに掌握できるかにかかっている。特に、台湾積体電路製造(TSMC)が世界市場の9割以上を握るとされるCoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)技術の供給ボトルネックが、米国の戦略における最大の脆弱性となっている構図が浮かび上がる。NVIDIAのH100やB200といった生成AIの訓練を担う高性能GPUは、このCoWoS技術なしには製造不可能である。TSMCは急ピッチで能力増強を進め、2024年末までにCoWoSの月産能力を35,000枚規模に引き上げる計画だが、世界的なAIサーバー需要はこれを遥かに上回っており、供給不足が常態化しているのが実情だ。米国は同盟国である日本や韓国を巻き込み、この供給網の多元化を急ぐが、技術的障壁は極めて高く、短期的な解決は困難と見られている。
一方、米国による先端EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置の輸出規制に対し、中国は既存のDUV(深紫外線)装置を駆使した「成熟プロセス+先進パッケージング」で活路を見出す戦略を加速させている。中国ファウンドリ最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)などが開発を進めるchiplet(チップレット)技術と独自のパッケージング手法は、米国の規制を回避しつつ、一定の性能を持つAIチップを国内で量産する道筋を示すものだ。SMICはDUVの多重露光技術により、事実上の7nmプロセスに相当するSoC(System-on-a-Chip)を製造した実績があり、これをAI推論用のNPU(Neural Processing Unit)に応用する動きが水面下で進む。中国国内のAIチップ市場は2027年までに250億ドル規模に達すると予測されており、この巨大な内需が米国の規制を乗り越えるための技術開発を後押しする構図である。米国の締め付けは、結果として中国の半導体自給に向けた執念を強めるジレンマを生んでいる。
この供給網の脆弱性を克服するため、米国が日本に寄せる期待は大きい。特に、パッケージング材料や製造装置、後工程(OSAT)分野で高い技術力を持つ日本企業群が、CoWoSを補完するサプライチェーンの中核を担うことが期待されている。経済産業省は後工程分野の研究開発に対し、2024年度予算で約450億円の大型支援を決定。イビデンや新光電気工業といった基板メーカー、ディスコなどの後工程装置メーカーが、次世代パッケージング技術の開発を加速させている。TSMC自身も熊本の工場に続き、茨城県つくば市に後工程の研究開発拠点を設置しており、これは日米台連携の深化を象徴する動きと分析される。ただし、TSMCが長年培ってきたCoWoSのノウハウと生産規模に日本勢が短期間で追いつくのは容易ではない。HBM(広帯域幅メモリ)とロジックチップを高密度に集積する技術は、歩留まりの確保が極めて困難であり、巨額の先行投資と失敗のリスクを伴うためだ。
結局のところ、ブリンケン氏の「同盟戦略」は、単なる外交的なスローガンではなく、半導体という物理的な基盤の上で繰り広げられる技術覇権競争の現実を色濃く反映している。AIの性能を規定するTFLOPS競争の裏側で、チップレット間を光で結ぶシリコンフォトニクスや次世代パッケージングといった、地味ながら決定的な技術の主導権争いが激化しているのである。米国が同盟国と共にこの「見えざる供給網」を再構築し、中国の猛追を振り切れるか否か。それが、米中間の長期的な競争の趨勢を決定づけるだけでなく、世界のデジタル経済の新たな秩序を形作ることになる。この競争は、もはや国家間のGDPや軍事力の比較だけでは測れない、技術的縦深性を伴う新たな段階に入ったと分析される。