中国の人工知能(AI)市場で、AIモデルの利用料金が大幅に下落する一方、計算能力を提供するインフラ企業の収益が急増する「演算能力インフレ」と呼ぶべき現象が顕著になっている。AIの利用量が爆発的に増加し、料金モデルが変化する中で、AI産業全体の利益分配構造を再編する動きとして注目されている。

なぜ今、重要か

中国AI市場における「演算能力インフレ」は、AI技術の普及とビジネスモデルの変革が同時にに進行していることを示す重要な指標だ。新華社通信によると、2026年3月には中国におけるAIの1日あたりのトークン処理量が140兆に達し、2024年初頭と比較して1000倍以上に急増した。この利用拡大は、AIが社会インフラとして定着しつつある現状を浮き彫りにしている。

一方で、計算能力を提供する企業が収益を拡大している事実は、AI産業の価値連鎖(バリューチェーン)において、ハードウェアとインフラの重要性が再認識されていることを意味する。この動向は、今後のAI産業の発展方向を占う上で極めて重要であり、米中間の技術覇権争いとも密接に関連している。日本企業にとっても、中国市場への参入戦略やサプライチェーン構築において、新たな視点を提供するものだ。

利用料下落と収益増のパラドックス

DeepSeekMoonshot AI月之暗面)(Moonshot AI)の「Kimi」、Alibabaの「Qwen通義千問)(Qwen)」といった中国の主にな大規模言語モデル(LLM)のAPI利用料金は、2023年には100万トークンあたり数十元だったものが、現在では数分(1元の100分の1)のレベルまで80%から99%も下落している。これにより、ユーザーはAIをより安価に利用できるようになった。

しかしその一方で、計算リソースのレンタルを手がける東陽光雲智算は、160億元から190億元(約3,400億円から4,000億円)に上る大規模な計算能力サービス契約を獲得するなど、インフラ企業の収益は拡大している。このパラドックスは、AI利用量の増加ペースが価格下落ペースをはるかに上回ることで、計算能力への需要を全体が急膨張していることに起因する。これは、高速道路の通行料金が下がると交通量が増え、結果として料金所の総収入が増える現象に似ている。

従量課金への移行が構造変化を促す

インフラ企業の収益増加の背景には、料金モデルの大きな変化がある。これまで計算リソースのレンタルは、GPUサーバーの固定期間契約が主流だった。しかし2026年に入り、「トークン利用量に応じた従量課金」への移行が急速に進んでいる。このモデルでは、AIアプリケーションの利用量が増えれば、インフラ企業の収入も比例して増加する。

AIアプリケーションの利用量が指数関数的に伸びている現在、この従量課金モデルはインフラ企業にとって極めて有利に働いている。かつてAI産業の利益の大部分は「モデル」開発層にあると見られていたが、「演算能力インフレ」の発生により、計算能力を供給する「インフラ」層の交渉力が高まっている。これは1990年代のインターネットバブル期に、コンテンツ企業ではなく、シスコシステムズのようなネットワーク機器やサーバーを提供する企業が最終的に大きな利益を上げた状況と類似している。AI時代において、計算能力はまさに「金鉱のつるはしとシャベル」であり、その希少性と従量課金モデルが、インフラ企業をAIエコシステムの新たな利益分配の中心に押し上げている。

技術解説

「演算能力インフレ」の核心は、AIモデルの複雑化と利用拡大に伴う計算能力需要の急増にある。特に、LLMの訓練や推論には、NVIDIAのH100/H200ファーウェイ(ファーウェイ技術)のAscend 910といった高性能GPUが不可欠だ。これらのGPUは、数千から数万のコアを搭載し、TFLOPS(テラフロップス)単位の膨大な計算能力を提供する。例えば、NVIDIAのH100はFP8(8ビット浮動小数点数)精度で4,000 TFLOPSを超える演算能力を持つ。

また、LLMのパラメータ数が増加するにつれて、GPU間のデータ転送速度もボトルネックとなるため、NVLinkInfiniBandといった高速インターコネクト技術が不可欠となる。TrendForceの分析では、AIサーバーにおける高速インターコネクトの需要は2027年まで年平均成長率40%以上で拡大すると予測されている。

計算能力の供給側では、データセンターの電力消費と冷却効率が大きな課題だ。電力使用効率を示すPUE(Power Usage Effectiveness)値の改善や、空冷から液冷システムへの移行が世界的に進められている。中国のAI企業は、米国の輸出規制を背景に、Cambricon寒武紀)科学技術(Cambricon)のMLU370など、国内製のGPUやAIチップの開発にも注力しており、国産化の動向が今後の供給量を左右する。

日本への影響と示唆

中国のAI市場で起こっている「演算能力インフレ」は、日本企業にとって新たな機会とリスクをもたらしている。中国におけるAIの1日あたりのトークン処理量が1000倍以上に急増し、140兆に達したことは、AIが社会インフラとして定着しつつあることを示唆している。DeepSeekMoonshot AIの「Kimi」、Alibabaの「Qwen」などの大規模言語モデル(LLM)のAPI利用料金は80%から99%も下落し、ユーザーはAIをより安価に利用できるようになった。

しかしその一方で、計算リソースのレンタルを手がける東陽光雲智算は、160億元から190億元(約3,400億円から4,000億円)に上る大規模な計算能力サービス契約を獲得するなど、インフラ企業の収益は拡大している。このパラドックスは、AI利用量の増加ペースが価格下落ペースをはるかに上回ることで、計算能力への需要が急膨張していることに起因する。日本企業は、中国市場への参入戦略やサプライチェーン構築において、新たな視点を提供するものだ。

日本企業にとってのリスクと機会として、以下の3つが挙げられる。まず、従量課金への移行が進むことで、インフラ企業の収益増加が続く可能性がある。二つ目、AI利用量の増加に伴って、計算能力への需要が急増し、インフラ企業の交渉力が高まる可能性がある。三つ目、中国のAI市場で起こっている「演算能力インフレ」は、米中間の技術覇権争いとも密接に関連しており、日本企業はこの動向に注目する必要がある。 NVIDIAのH100やH200、HuaweiAscendなどの半導体企業も、この動向に注目している。