中国の国産大型旅客機開発を黎明期から支え、「中国大型旅客機の父」とによるとされる程不時(てい・ふじ)氏が死去したことが4月16日、明らかになった。94歳だった。中国初のジェット旅客機「Y-10」の副主任設計師を務め、最新鋭機「C919」の開発にも深く関与した。新華社通信などが伝えた。

黎明期から国産旅客機開発を主導

程氏は1930年生まれ。1950年代から中国の航空機産業に身を投じ、練習機「CJ-6(初教6)」の設計などに携わった。その後、中国が独自開発を目指した初のジェット旅客機「Y-10(運-10)」プロジェクトで副主任設計師という重責を担い、開発を主導した。

C919の初飛行を見届ける

Y-10は商業的には成功しなかったものの、その技術と経験は後の大型旅客機「C919」開発の礎となった。程氏も顧問として開発に深く関与。2017年5月5日、C919が上海浦東国際空港で初飛行に成功した際には、当時87歳の程氏も式典に駆けつけ、メディアの取材に応じた。その姿は、中国の航空機産業の悲願達成を象徴する場面として広く報じられた。

功績と次世代への継承

程氏の生涯は、まさに中国の国産大型旅客機開発の歴史そのものであった。同氏の訃報に際し、中国航空機産業界からは追悼の声が相次いでいる。Y-10からC919へと受け継がれた国産化の夢は、次世代の技術者たちに託され、中国が航空大国を目指す上での精神的な支柱であり続けるとみられる。

日本にとっての意味

程不時氏の訃報は、中国が航空機産業の「内製化」を国家戦略として堅持する決意を改めて浮き彫りにした。Y-10の商業的失敗からC919の成功へと繋がる開発プロセスは、技術蓄積と人材育成に長期的な視点で投資する中国の姿勢を示す。

この動向は、日本の航空機部品メーカーにとって二つの明確な影響をもたらす。まず、三菱重工業や川崎重工業など、ボーイングやエアバスのサプライチェーンに組み込まれている日本企業は、COMACがC919の生産を拡大するにつれて、中国国内サプライヤーへの切り替え圧力に直面する。C919の主要部品は現在もGE製エンジンやハネウェル製アビオニクスなど外国製に依存するが、中国政府は国産化率向上を強く推進しており、将来的には日本からの部品調達が減少するリスクがある。

次に、中国の航空機産業が国際市場での存在感を高めるにつれ、日本の航空機産業全体が新たな競争環境に置かれる。特に、リージョナルジェット市場では、COMACのARJ21がMRJ(スペースジェット)の挫折後、アジア市場で優位に立っており、将来的にC919が国際線に投入されれば、日本の航空会社が中国製航空機の導入を検討する可能性も出てくる。これは、日本の航空機産業が単なる部品供給国から脱却し、独自の技術力と市場戦略を再構築する必要があることを示唆している。