中国政府が発表した自動車産業のデジタル化計画は、2027年までに研究開発・設計ツールの普及率を95%へ引き上げる目標を掲げる。これは単なる生産効率化に留まらない。比亜迪汽車(BYD)や華為技術(ファーウェイ)を筆頭に、ソフトウェア定義車両(SDV)の基盤となる半導体と基本ソフト(OS)の国内供給網構築を加速させる国家戦略である。工業情報化部が主導するこの計画が達成されれば、製品開発期間は現行比で20%短縮される見込みだ。世界の自動車市場における価格・性能競争は新たな段階に入り、日本の完成車メーカーや系列部品の供給網は、技術戦略の根本的な見直しを迫られる。

「設計95%・工程70%」が示すもの

中国の工業情報化部などが2024年6月に公表した「自動車産業の安定成長に向けた行動計画」の中核は、具体的な数値目標にこそある。2027年までに「研究開発・設計ツールの普及率95%以上」と「重要工程の数値制御率70%以上」を達成するという数字は、産業構造の抜本的な転換意思を示す。前者は、車両設計で用いるCAD(計算機支援設計)やCAE(同エンジニアリング)だけでなく、半導体設計に不可欠なEDA(電子設計自動化)ツールの国内企業への浸透を意味する。現在、EDA市場は米国のシノプシス、ケイデンス・デザイン・システムズ、独シーメンスEDA(旧メンター・グラフィックス)の3社で世界市場の約7割を占有しており(出典:SIA、2023年報告)、中国はこの寡占状態からの脱却を目指す。後者の数値制御率は、プレスや溶接、塗装といった製造ラインの自動化水準を指し、ファナックや安川電機など日本企業が強みを持つ領域だ。これら目標の達成により、2025年比で労働生産性を10%向上させ、製品開発と納期の期間を20%短縮するとしている。これは、3年かかる新車開発を2年半弱に縮める計算となり、市場投入の速度で競合を圧倒する狙いが透ける。ソフトウェア定義車両(SDV)時代には、ハードウエアの完成を待たずにソフト開発を先行させる「シフトレフト」という開発手法が主流になる。そのためには、設計段階での高度なデジタルシミュレーションが不可欠であり、今回の計画はSDV開発基盤の国家レベルでの整備に他ならない。

なぜ今、国家主導のDX計画なのか?

この計画が打ち出された背景には、米中間の技術摩擦、とりわけ半導体を巡る地政学的な緊張がある。米国は2022年10月、先端半導体およびその製造装置の対中輸出規制を大幅に強化した。これにより、中国企業は演算能力の高いAI半導体や、微細加工技術の核心であるEUV(極端紫外線)露光装置の入手が事実上不可能になった。この規制は、中国のハイテク産業の発展に直接的な打撃を与えたが、同時に国内技術の自立化を強力に促す結果ともなった。自動車産業は、そうした国内技術の巨大な受け皿となり得る。一台の電気自動車(EV)には1,000個以上の半導体が搭載され、その多くはEUV技術を必要としない28ナノメートル(nm)以上の成熟・中堅プロセスで製造される。中国は、国内最大の半導体受託製造(ファウンドリー)である中芯国際集成電路製造(SMIC)や華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)を中心に、この領域での生産能力増強を急いでいる。台湾の調査会社トレンドフォースによれば、中国の成熟プロセス(28nm以上)におけるウエハー生産能力の世界シェアは、2023年の29%から2027年には33%へ拡大する見通しだ。自動車の電動化と知能化を国家戦略の軸に据えることで、米国の規制が及ばない領域で半導体需要を創出し、国内サプライチェーンを育成・強化する。今回のDX計画は、米国の技術封鎖に対する非対称な対抗策としての側面を持つと見られる。

華為(ファーウェイ)と「鴻蒙OS」の役割

計画推進の牽引役として、華為技術(ファーウェイ)の存在は無視できない。2019年以降の米国の制裁により、同社は主力だったスマートフォン事業でGoogleのサービスや先端半導体の調達が困難になり、世界シェアを大きく落とした。しかし、その過程で蓄積した通信技術、半導体設計能力、そして独自開発した基本ソフト(OS)「鴻蒙(HarmonyOS)」を武器に、自動車分野で再起を図っている。華為は完成車を自ら製造せず、自動車メーカーにシステムを供給するサプライヤーに徹する戦略を採る。具体的には、スマートコックピット(車載情報通信システム)基盤の「鴻蒙座艙(Harmony Cockpit)」や、自動運転システム「ADS(Advanced Driving System)」をパッケージで提供する。すでに賽力斯集団(Seres Group)と共同開発した「AITO」ブランドは市場で成功を収め、2024年1〜5月期の新興EVブランド販売台数で首位を獲得した(出典:中国乗用車協会)。華為の強みは、スマートフォンから家電、自動車までを単一のOSで連携させるエコシステム構想にある。これにより、利用者は車内でもスマートフォンと同様の滑らかな操作性を享受できる。これは、自動車が単なる移動手段から「移動するスマートデバイス」へと変貌するSDVの概念そのものであり、華為はOSという最も根源的な階層で主導権を握ろうとしている。この動きは、日本の自動車メーカーがこれまで築いてきた系列部品メーカーとの垂直統合モデルを根底から揺るがす可能性がある。

半導体「国産化」の現実的な道筋

自動車DX計画の成否は、その心臓部である半導体の安定調達にかかっている。中国は「国家集積回路産業投資基金(大基金)」などを通じて巨額の資金を投じ、半導体国産化を推進してきたが、その道は平坦ではない。最先端の3nmや5nmといった微細加工技術では、オランダASML製のEUV露光装置が必須であり、米国の輸出規制によって中国への導入は絶望的だ。しかし、自動車に搭載される半導体の多くは、そこまでの微細化を必要としない。エンジンやモーターを制御するMCU(マイクロコントローラ)は40nm〜90nm、電源を効率的に制御するパワー半導体は130nm以上のプロセスが主流である。この領域では、旧世代のArF(フッ化アルゴン)液浸露光装置が依然として主役だ。SMICは既存の装置を駆使し、7nmプロセスの製造にも成功したと報じられているが、これはEUVを使わない多重露光技術に依存しており、コストと歩留まりの面で課題が大きい。むしろ現実的なのは、28nm以上の成熟プロセスに経営資源を集中投下する戦略だ。SEMI(国際半導体製造装置材料協会)の2024年3月の予測では、中国は2024年から2026年にかけて世界で最も多くの半導体工場を建設する国となり、その大半が成熟プロセス向けである。ただし、この国産化路線にも弱点は残る。製造装置では東京エレクトロンやSCREENホールディングス、シリコンウエハーでは信越化学工業やSUMCO、フォトレジスト(感光材)ではJSRや東京応化工業など、サプライチェーンの重要部分を日本企業が握っている。中国が自給率を高めようとすればするほど、これらの基盤技術を持つ日本企業への依存度は逆説的に高まるという構造が存在する。

日本企業が直面する選択

中国が国家ぐるみで推進する自動車産業の構造転換は、日本の関連企業に三つの選択を突きつけている。第一は、地政学的な緊張を認識しつつも、巨大市場である中国への関与を継続・深化させる道だ。中国の新車販売台数は年間約3,000万台(出典:中国汽車工業協会、2023年)と世界最大であり、この市場を無視することは現実的ではない。特に、電動化や知能化で先行する中国市場で揉まれることは、将来の国際競争で生き残るための試練とも言える。トヨタ自動車がBYDと共同でEVを開発したように、競合相手から学ぶ姿勢が不可欠になる。第二は、日本の技術的優位性を再定義し、非代替的な領域で存在感を示すことだ。パワー半導体の材料であるSiC(炭化ケイ素)ウエハーや、高効率モーターに使われる高性能磁石、さらにはそれらを製造するための超精密加工装置など、日本が長年培ってきた「すり合わせ技術」が活きる分野は多い。中国企業が模倣困難なブラックボックス化した部品や素材を供給することで、サプライチェーンにおける日本の交渉力を維持する戦略が求められる。第三は、中国以外の新たな連携軸を構築することだ。経済成長が著しいインドや東南アジア諸国連合(ASEAN)地域は、次なる巨大市場として期待される。これらの地域で、現地のニーズに合わせた車両開発や部品供給網の構築を欧米の同盟国企業と連携して進めることで、中国一極への過度な依存を低減し、事業の安定性を高めることができる。いずれの道を選ぶにせよ、もはや従来の延長線上に未来はない。ソフトウェアと半導体を軸とした新たな競争のルールを直視し、自社の立ち位置を再設計する戦略的な決断が、今まさに日本の自動車産業全体に問われている。