米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月に発動した包括的な対中半導体輸出規制は、日本の素材・装置メーカーに新たな商機と供給網再編という二重の課題を突きつけている。世界の半導体製造装置市場が年間約1000億ドル(SEMI調べ)規模で推移する中、米国の規制は先端分野で中国を切り離す一方、旧世代・成熟世代の半導体では中国の投資を加速させた。この地政学的変動の渦中で、東京エレクトロンや信越化学工業など、特定工程で代替不能な技術を持つ日本企業群の戦略が、世界の半導体勢力図を左右する鍵となりつつある。
規制の核心、14nm世代と先端メモリーが標的
米国による対中輸出規制の核心は、中国の軍事技術近代化を阻止する目的で、特定の先端半導体の製造能力を直接的に削ぐ点にある。2022年10月7日にBISが発表し、その後も更新が続く輸出管理規則(EAR)は、主に3つの技術領域を対象としている。具体的には、①16nmもしくは14nm世代以下の非平面トランジスタ構造(FinFETやGAAなど)を持つロジック半導体、②128層以上のNAND型フラッシュメモリー、③ハーフピッチ18nm以下のDRAMメモリーの製造に関わる技術・装置・ソフトウェアである。これにより、オランダASML製のEUV(極端紫外線)露光装置だけでなく、米国のApplied MaterialsやLam Research、KLAなどが供給する成膜、エッチング、検査装置の最先端モデルの対中輸出が事実上停止した。規制は物品にとどまらず、「米国人(米国市民や永住権保持者)」が中国の先端半導体開発に関与することも許可制とし、人的な技術移転にも網をかけた。この規制強化を受け、日本の輸出管理も米国の措置に歩調を合わせる形で2023年7月から先端半導体製造装置23品目を対象に厳格化された。これにより、東京エレクトロンのEUV向け塗布現像装置(コータ・デベロッパ)やSCREENホールディングスの一部洗浄装置などが影響を受ける形となった。
なぜ日本の素材・装置は代替困難なのか?
米国の規制が実効性を持つ背景には、日本の素材・装置メーカーが握る代替困難な「チョークポイント技術」の存在がある。最先端の半導体製造は、特定の日本企業が供給する部材や装置なしには成立しない工程が多数存在する。例えば、EUVリソグラフィー工程で不可欠なフォトレジスト(感光材)は、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本4社で世界市場の9割以上を占める。EUVの13.5nmという極めて短い波長の光に高感度で反応し、数nm単位の回路原版を形成する化学合成技術は、長年の研究開発の蓄積の賜物であり、他国の企業が短期間で同等品質の製品を開発するのは極めて難しい。同様に、半導体の基板となるシリコンウエハーでは、信越化学工業とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を握る。原子レベルでの平坦性と結晶欠陥の無さが求められるウエハー製造技術は、まさに日本の「お家芸」だ。装置分野でも、レーザーテックが独占供給するEUVマスクブランクス検査装置は、回路パターンを転写する前のフォトマスクの品質を保証する唯一の手段であり、EUVエコシステムの根幹を支える。後工程においても、ディスコが世界シェアの7割以上を占めるダイシングソー(ウエハー切断装置)やグラインダー(研削装置)がなければ、チップを個片化できない。これらの技術的優位性は、一朝一夕に構築されたものではなく、中国の国産化努力が直面する最も高い壁となっている。
中国「技術自立」の進捗と旧世代機の活用
米国の制裁に対し、中国は「技術自立」を掲げ、国家主導で半導体産業の育成を急いでいる。国家集積回路産業投資基金(通称「大基金」)などを通じて、2014年以降、累計で数兆円規模の資金をファウンドリ(受託製造)のSMICやメモリー大手のYMTCなどに投じてきた。TrendForceの2023年12月の報告によれば、中国の半導体自給率は依然20%台にとどまるものの、特定の分野では成果も出始めている。象徴的なのが、2023年に発売された華為技術(ファーウェイ)のスマートフォン「Mate 60 Pro」に搭載された7nm世代のプロセッサーだ。これはSMICが、輸出規制対象外である旧世代のDUV(深紫外線)露光装置を複数回使用する「マルチパターニング」という技術を駆使して製造したとみられる。この手法は、EUVを用いる場合に比べて工程が複雑でコストが高く、歩留まりも低い。そのため、現時点では高性能コンピューティング(HPC)向けのような大規模な先端半導体の量産は困難とされる。しかし、米国が規制を強化する中で、中国が既存技術を応用して技術的迂回を試みている実態を浮き彫りにした。実際、SEMIの2024年3月の統計では、2023年の半導体製造装置の世界販売額において、中国が前年比29%増の366億ドルと過去最高を記録し、世界最大の市場となった。これは、先端プロセスを諦める一方で、規制対象外の28nm以上の成熟・旧世代プロセス向け装置の導入を急いだ結果であり、世界のサプライチェーンが先端と成熟で二極化しつつある現状を示している。
装置・素材各社の売上構成に地殻変動
米中間の緊張は、日本の主要な半導体関連企業の事業戦略に直接的な影響を及ぼしている。東京エレクトロンの2024年3月期決算を見ると、地域別売上高で中国向けが前期比8.6ポイント増の43.4%を占め、初めて最大市場となった。これは、米国の規制強化を見越した中国の顧客による成熟世代向け装置の駆け込み需要が主因だ。同社の河合利樹社長は決算説明会で「28nm以上のロジックやDRAM、NAND向けが中心」と説明しており、先端分野での取引が途絶する一方、旧世代向けビジネスが拡大するという構造変化が起きている。素材メーカーも同様の構造に直面する。信越化学工業の2024年3月期決算では、半導体シリコン事業の売上高は前期比で減少したものの、中国市場での需要は底堅く推移した。先端ロジックやメモリー向けの最先端ウエハー需要が調整局面に入る一方で、パワー半導体やアナログ半導体向けの200mm以下の小口径ウエハーの需要が中国で伸びている。JSRなどのフォトレジストメーカーにとっても、先端EUVレジストの主要顧客は台湾TSMCや韓国サムスン電子、米インテルだが、中国市場ではDUV向けArFレジストやKrFレジストといった旧世代製品の需要が依然として大きい。各社は米国の規制を遵守しつつ、巨大な中国の成熟市場をいかに取り込むかという難しい舵取りを迫られている。
日本企業が直面する選択
米中対立の長期化とサプライチェーンの分断は、日本企業に三つの戦略的選択を突きつけている。第一に、地政学リスクを分散させるための供給網の多様化である。中国市場への依存度が高まることのリスクを管理し、「中国プラスワン」としてインドや東南アジア、あるいは日米欧での生産能力増強を検討する必要がある。経済産業省が主導するRapidus(ラピダス)の次世代半導体国産化プロジェクトは、国内に先端製造拠点を再構築する試みの一つだ。第二に、将来の競争優位を確保するための研究開発投資の継続である。中国がいずれ成熟・旧世代技術で追い付いてくることを見越し、GAA(Gate-All-Around)トランジスタや高NA(開口数)EUVリソグラフィー、チップレット実装技術といった次世代の基盤技術で先行し続けなければ、現在の優位性は維持できない。アドバンテストやディスコといった企業が売上高の10%以上を研究開発に投じているのは、この競争環境の厳しさの表れだ。第三の選択は、経済安全保障と事業機会の狭間でのバランス感覚である。米国の規制に厳格に従うことは当然の前提だが、過度に自主規制を広げれば、規制対象外の領域で欧州などの競合に中国市場のシェアを奪われかねない。各企業は法務・通商の専門家を交え、輸出管理体制を精緻化し、事業機会の損失を最小限に抑える努力が求められる。この複雑な方程式を解く経営判断こそが、今後の日本半導体産業の浮沈を決めると言えるだろう。