米国の先端半導体規制下で中国SMICが7nm半導体を量産、しかしその実態は旧世代のDUV(深紫外線)装置を駆使した高コスト・低歩留まり生産である。米商務省産業安全保障局(BIS)による2022年10月の規制強化後、中国は成熟工程向け装置への投資を急増させ、世界半導体製造装置市場における中国の構成比は2023年に34%に達し、世界最大の単一市場となった(SEMI調べ)。この特異な成長は、東京エレクトロンなど日本の装置・材料メーカーに一時的な恩恵をもたらす一方、将来の過剰供給リスクを孕む。本記事では、中国半導体「国産化」の技術的限界と、地政学の狭間で日本企業が直面する戦略的岐路をデータに基づき分析する。
SMIC「7nm」を支える旧世代技術
中国の半導体受託製造(ファウンドリ)最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)が2023年にファーウェイ製スマートフォン「Mate 60 Pro」向けに供給したプロセッサー「Kirin 9000S」は、7nm製造技術が用いられていることが専門家の分解調査で明らかになった。しかしこれは、最先端のEUV(極端紫外線)リソグラフィー技術を用いない、旧世代のDUV液浸露光装置による成果である。具体的には、ArF(フッ化アルゴン)エキシマレーザーを光源とする波長193nmの液浸装置、例えばASML製の「TWINSCAN NXT:2000i」などを複数回使用する「マルチパターニング」技術に依存している。回路線幅7nm級の微細なパターンを形成するため、自己整合型ダブルパターニング(SADP)や自己整合型四重パターニング(SAQP)といった複雑な工程を繰り返す必要がある。これにより、回路の重要層におけるマスク数はEUVを用いる場合に比べ2倍以上に増加し、製造期間も長期化する。業界筋の分析では、このSMICの「N+2」と呼ばれる7nm工程の歩留まりは、商用量産としては異例の30%から50%未満に留まると見られる。これは、TSMCやサムスン電子が同ノードで達成している90%超の歩留まり(2019年時点、各社決算説明資料より)とは比較にならない水準であり、チップ単価を押し上げる直接的な要因となる。
なぜ米国はDUV装置を止められないのか?
米国の輸出規制は、なぜSMICによる7nm級半導体の製造を完全に阻止できなかったのか。その理由は、規制の対象範囲と既存装置の存在にある。BISが2022年10月に導入した規制は、ロジック半導体では14/16nm世代以下、DRAMでは18nm半値ピッチ以下、NAND型フラッシュメモリでは128層以上の生産が可能な米国製装置・技術の輸出を原則禁止するものだ。しかし、SMICが7nm製造に用いたDUV液浸露光装置は、28nm以上の成熟(レガシー)半導体の製造にも不可欠な汎用装置である。これを全面禁輸すれば、世界の半導体供給網に深刻な混乱を引き起こすため、米国は規制対象を「先端用途向け」に限定せざるを得なかった。また、規制発効前に中国企業が備蓄していた多数のDUV装置が生産を支えている。日本政府とオランダ政府も米国の要請に応じ、2023年以降、ASML製の先端DUV液浸装置「NXT:2050i」およびそれ以降の機種や、東京エレクトロン製の先端エッチング装置などの輸出管理を強化した。しかし、それ以前の世代の中古装置市場や、規制対象外の部品を用いた装置の稼働は続いており、完全な封じ込めは現実的ではない。
「国産化」の死角、日本の素材・部品依存
中国は半導体製造装置の国産化を国家目標に掲げるが、その実態は日本の基幹部品や素材への深い依存構造を浮き彫りにしている。中国の装置メーカー、例えばエッチング装置の北方華創科技集団(NAURA)や洗浄装置の盛美半導体設備(ACM Research)は売上を急拡大させているものの、その心臓部である高周波電源、真空ポンプ、流量制御装置(MFC)、静電チャックといった基幹部品の多くを、堀場製作所やアルバック、M-crystalといった日本企業からの輸入に頼っている。特に、微細な回路パターンをウエハーに転写するリソグラフィー工程で不可欠なフォトレジスト(感光材)は、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムといった日本勢がEUV向けで世界市場の約9割、ArF液浸向けでも高い競争力を維持している。中国国内でもレジスト開発は進むが、純度や感度、解像性能で日本製品に及ばず、先端工程での採用は限定的だ。半導体製造の基盤となるシリコンウエハーも、信越化学工業とSUMCOの2社で世界市場の約6割を占める寡占状態が続く。これらの素材・部品は米国の輸出規制対象に直接含まれない品目が多く、結果として中国の「国産化」の試みが、日本の特定分野の輸出を逆に押し上げるという構図を生んでいる。
28nm成熟工程に迫る過剰供給の影
米国の規制が先端分野に集中する一方、中国は国家資金を投じて28nm以上の成熟工程に大規模な設備投資を敢行している。台湾の市場調査会社TrendForceが2024年3月に公表した報告によれば、中国で計画・建設中の300mmウエハー対応工場は30棟以上に上り、その大半が28nmから90nmの製造技術を対象としている。この結果、2027年までに世界の成熟工程(28nm以上)の生産能力に占める中国の割合は、現在の29%から33%にまで上昇する見通しだ。この動きは、自動車、産業機器、家電製品に広く使われるパワー半導体やマイコン(MCU)市場に、深刻な価格競争と供給過剰をもたらす危険性を孕む。すでにルネサスエレクトロニクスやインフィニオンテクノロジーズといった日欧の半導体メーカーは、中国市場での価格下落圧力に直面していることを決算会見で認めている。2000年代初頭のDRAM市場や2010年代の液晶パネル市場で起きた、国家主導の投資による過当競争の再来が懸念される。中国勢が低価格で汎用半導体の市場を席巻すれば、日本企業が得意としてきた高品質な産業用・車載用半導体の収益基盤さえも揺るがしかねない。
日本企業が直面する戦略的岐路
中国の半導体戦略がもたらす歪な市場構造は、日本の関連企業に二律背反の選択を迫っている。短期的には、規制を回避した「駆け込み需要」や成熟工程への旺盛な投資が、日本の製造装置・素材メーカーに大きな商機をもたらしている。事実、東京エレクトロンの2024年3月期連結決算では、売上収益に占める中国向け比率が前期の22.4%から43.4%へと倍増した。しかし、この特需は米国の規制強化や中国の国産化進展によって、いつ途絶えてもおかしくない不安定なものである。長期的に見れば、中国が成熟半導体市場で圧倒的な生産能力を確立した場合、日本の半導体メーカーは厳しい価格競争に晒される。さらに、中国の装置・素材メーカーが日本からの輸入部品を模倣・代替する「国産化」を達成すれば、日本のサプライヤーもまた市場を失うことになる。この状況下で日本企業が取るべき道は、先端技術への投資を緩めず、技術的優位性を維持・拡大することに尽きる。次世代のGAA(Gate-All-Around)トランジスタ構造、高NA(開口数0.55)EUVリソグラフィー関連技術、あるいはチップレットを積層する後工程の高度実装技術など、中国が容易に追随できない領域で差を広げることが、地政学リスクを乗り越える唯一の活路と見られる。