中国の国営造船最大手、中国船舶集団(China State Shipbuilding Corporation, CSSC)は5月16日、国内で建造した2隻目の大型クルーズ船「愛達・花城号」が最終引き渡し前の試験航行のため上海の港を出航したと発表した。1隻目「愛達・魔都号」の商業運航開始からわずか4カ月半での動きは、中国がクルーズ船建造で設計・建造の習熟から量産体制へと移行し始めたことを示す。かつて日本勢が巨額損失を出し事実上撤退した高付加価値船の分野で、国家戦略を背景に中国が存在感を高めており、日本の造船関連産業や観光業界に新たな競争と機会をもたらす可能性がある。

量産化へ試金石、2隻目が最終試験航行

人民日報が16日伝えたところによると、「愛達・花城号」は同日、上海の外高橋造船埠頭を離れ、12日間にわたる試験航行を開始した。これは2024年11月に予定される船主への引き渡し前に行われる最後の総合性能検証となる。推進システムや発電設備、自動化制御など、安全性と快適性の根幹をなす149の試験プロジェクトが実施される計画だ。

注目すべきは、建造プロセスの効率化である。1隻目「愛達・魔都号」では2回に分けて実施された試験航行を、今回は1回に集約した。建造ノウハウの蓄積が工期の短縮とコスト削減に直結していることをうかがわせる。この試験航行には、設計を担ったイタリアのフィンカンティエリなど、12カ国から937人の技術者が乗り込み、最終調整にあたるという。

「愛達・花城号」は、2024年1月に商業運航を開始した「愛達・魔都号」の姉妹船にあたる。全長341メートル、総トン数は14.19万トンで、2130室の客室に最大5232人の乗客を収容できる。船内施設は1隻目の運航で得た知見を反映し、空間デザインやスマート技術の導入で「全面的にアップグレードした」とされ、中国市場の嗜好に合わせたサービスを提供する。引き渡し後は、広東省広州の南沙国際クルーズ母港を拠点に運航を開始する予定だ。

「造船強国」への悲願、10年越しの国家プロジェクト

中国が大型クルーズ船の国産化に注力する背景には、世界の造船市場における長年の課題があった。中国はばら積み船やタンカーといった商船の建造量では2010年以降、韓国を抜き世界一の座を維持してきた。しかし、技術的な難易度が高く付加価値も大きいLNG(液化天然ガス)運搬船や大型クルーズ船の分野では、欧州と日韓の後塵を拝してきたのが実情だ。

特に「造船業の王冠に輝く真珠」とによるとされる大型クルーズ船は、2500万点以上の部品と総延長4750キロメートルに及ぶケーブルを組み上げる複雑なシステム工学の結晶である。その市場は、ドイツのマイヤー・ヴェルフト、フランスのアトランティーク造船所、イタリアのフィンカンティエリという欧州3強が9割近いシェアを握る寡占状態が続いてきた。

この牙城を崩すべく、中国は国家主導でプロジェクトを推進。習近平指導部が掲げる「製造強国2025」や「海洋強国」戦略の重点分野と位置づけ、10年越しで計画を進めてきた。その歩みは以下のマイルストーンに集約される。

  • 2018年11月: CSSCが米カーニバル・コーポレーション、伊フィンカンティエリと合弁会社を設立。欧州の技術を導入し、国内で建造する枠組みが整った。
  • 2019年10月: 1隻目「愛達・魔都号」の建造が上海で正式に着工。
  • 2023年11月: 5年以上の歳月を経て「愛達・魔都号」が完了・引き渡し。中国は大型クルーズ船建造国の仲間入りを果たした。

このプロジェクトは、急拡大する国内クルーズ市場の受け皿を自前で確保する狙いもある。中国交通運輸省は、国内のクルーズ旅客数が2035年までに年間1400万人に達するとの予測を示しており、コロナ禍前の2019年の約250万人から飛躍的な成長が見込まれる巨大市場だ。この「市場」を武器に、海外から「技術」を導入する中国の産業育成モデルがここでも見て取れる。

技術導入と自立化の相克、国産エコシステム構築が焦点

「愛達・花城号」の順調な進水は、中国の造船技術の飛躍を印象付けるが、その内実には課題も残る。最大の課題は、依然として海外技術への高い依存度だ。エンジンや推進装置、航行・通信システムといった基幹コンポーネントの多くは、欧州からの輸入品に頼っている。新華社通信の報道は国産化の進展を強調するが、設計の根幹や品質管理のノウハウは、提携するフィンカンティエリが握っているのが実態と見られる。

サプライチェーンの構築も道半ばである。クルーズ船は「動く洋上の都市」とも言われ、豪華な内装やエンターテインメント設備が不可欠だ。欧州には、何世代にもわたって技術を磨いてきた専門の内装業者や設備メーカーの分厚い集積がある。中国はこうした国内サプライヤー網を一から育成する必要があり、品質とコストを両立できるエコシステムの構築には時間がかかるとの見方が強い。

建造コストと収益性の問題も無視できない。1隻あたりの建造費は約7.7億ドル(約1200億円)と報じられており、先行投資は巨額だ。かつて日本の三菱重工業は2010年代、ドイツのクルーズ会社向けに大型客船2隻を建造した際、度重なる設計変更や内装工事の難航で最終的に2500億円超の巨額損失を計上し、同事業から事実上撤退した。この事例は、クルーズ船建造がいかに高度なプロジェクト管理能力を要求するかを物語っており、中国が商業的な成功を収められるかは今後の焦点となる。

構造的に見れば、このプロジェクトは単なる商船建造の延長線上にはない。米中対立を背景に技術的自立を目指す「双循環」戦略の一環として、複雑な巨大システムの設計・建造・運航ノウハウを国内に蓄積する狙いがある。ここで得られた知見は、将来的に空母をはじめとする海軍艦艇の建造能力強化にもつながる可能性があるとの見方も一部専門家の間で指摘されている。

日本への影響と示唆

中国の大型クルーズ船量産体制への移行は、日本の造船・観光産業に具体的な影響を及ぼす。まず、造船分野では、かつて日本勢が巨額損失を出し撤退した高付加価値船市場において、中国の競争力が急速に高まる。CSSCが「愛達・花城号」で149の試験プロジェクトを1回に集約するなど、建造ノウハウの蓄積と効率化を加速させていることは、日本の造船所の技術的優位性を侵食する可能性がある。特に、商船分野で既に世界一の座を占める中国が、高付加価値船でも量産体制を確立すれば、日本企業が今後、同分野での再参入を検討する際の障壁は高まるだろう。

次に、観光分野では、中国国内クルーズ市場における競争激化が予想される。「愛達・花城号」が広東省広州の南沙国際クルーズ母港を拠点に運航を開始することは、中国発着のクルーズ需要を中国国産船が取り込むことを意味する。全長341メートル、総トン数14.19万トン、最大5232人収容という規模は、日本寄港クルーズの主要顧客層である中国人富裕層の選択肢を広げ、日本のクルーズ船社や港湾への誘致競争が激化する。特に、中国市場の嗜好に合わせた「全面的にアップグレード」された船内施設は、日本のクルーズ商品との差別化を迫る。日本企業は、中国国産クルーズ船の台頭を前提とした新たな戦略構築が喫緊の課題となる。