中国の習近平指導部が掲げる「質の高い発展」は、単なる経済スローガンから国家の生存を賭けた技術自給戦略へと実体を変化させている。その核心にあるのが半導体国産化だ。2024年5月に設立された3440億元(約7.2兆円)規模の国家集積回路産業投資基金(通称「大基金」)第3期分は、米国の技術封鎖に対抗し、国内の半導体供給網を完結させるという国家意思の表れに他ならない。この動きは、世界の半導体製造装置の約3割、先端材料の5割以上を供給する日本企業に対し、地政学リスクと新たな事業機会を同時に突きつけている。
「新しい質の生産力」が示す針路
中国指導部が2023年末から頻繁に言及する「新しい質の生産力」という概念は、「質の高い発展」を技術面から具体化する行動計画である。これは、従来の安価な労働力や大規模な設備投資に依存した成長モデルからの決別を意味する。代わりに、人工知能(AI)、量子技術、そして半導体といった基幹技術の内製化を国家の最優先課題に位置付けた。この政策転換の背景には、米商務省産業安全保障局(BIS)が主導する先端半導体および製造装置の輸出規制がある。これにより、中国は極端紫外線(EUV)リソグラフィー装置の導入が事実上不可能となり、7ナノメートル(nm)以下の最先端半導体の量産体制構築が困難になった。
この逆境下で、大基金の第3期は資金の配分戦略を大きく変えると見られる。過去の第1期(2014年、1387億元)、第2期(2019年、2041億元)が主に半導体製造工場(ファブ)の建設やメモリー開発に投じられたのに対し、第3期は製造装置と材料の国産化に重点が置かれる。特に、先端半導体の製造に不可欠な高帯域幅メモリー(HBM)や、EUVに代わる露光技術、国産の検査装置などが主要な投資対象になるとの観測が業界内で広がっている。TrendForceの2024年6月の分析によれば、中国の半導体自給率は2023年時点で26%に留まっており、目標達成には装置・材料分野の飛躍が不可欠な情勢だ。
なぜ28nm以上の成熟半導体に注力するのか
中国の半導体戦略は、米国の規制が及ばない領域で足場を固める現実路線を採る。具体的には、回路線幅が28nm以上の成熟(レガシー)半導体分野での生産能力増強だ。スマートフォンやAIサーバーで需要が旺盛な先端半導体とは異なり、成熟半導体は自動車、産業機器、白物家電など幅広い製品の制御に用いられる。これらの分野では過剰な集積度は不要な一方、安定供給と費用対効果が重視される。米ボストン・コンサルティング・グループの2023年の報告書では、2030年までに世界で新設される28nm以上の成熟半導体生産能力のうち、40%を中国が占めると予測されている。
この戦略を牽引するのが、中芯国際集成電路製造(SMIC)や華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)といった国内大手だ。彼らは深紫外線(DUV)リソグラフィー装置を用いて生産能力を急拡大している。DUVはEUVの一つ前の世代の技術だが、複数回の露光を繰り返す「マルチパターニング」という技法で、理論上は7nm世代まで対応可能とされる。実際に、調査会社TechInsightsが2022年にファーウェイ製スマートフォンの半導体を分解したところ、SMICがDUV装置を用いて7nm品を製造した痕跡が見つかった。ただし、この手法は工程が複雑化し、1枚のウエハーを処理する時間が長くなるため、生産効率(スループット)と良品率(歩留まり)が著しく低下する。先端品での限定的な成功例とは別に、中国の主戦場はあくまで成熟半導体の大量生産にあると見るのが妥当だ。
日本の装置メーカーを揺さぶる二重構造
中国の半導体増産は、日本の製造装置メーカーに複雑な影響を及ぼしている。財務省の貿易統計によれば、2023年の日本の半導体製造装置輸出額のうち、中国向けは前年比12%増の約1.3兆円に達し、全体の4割を占める最大の輸出先となった。これは、米国の規制対象外であるDUV関連装置や洗浄、成膜、検査装置などの輸出が活発だったことを示している。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、アドバンテストといった企業にとって、中国の成熟半導体への投資は短期的な収益機会となっている。
しかし、この活況の裏では構造的なリスクが進行している。中国は、輸入した装置を稼働させながら、並行して国産装置の開発を猛烈な速度で進めている。例えば、リソグラフィー装置では上海微電子装備(SMEE)がArF液浸DUV装置の開発を進め、エッチング装置では北方華創科技集団(NAURA)や中微半導体設備(AMEC)が国内シェアを急速に伸ばしている。国際半導体製造装置材料協会(SEMI)の2024年3月の観測では、一部の工程で国産装置の採用比率が20%を超え始めたという。これは、数年前までほぼ皆無だったことを考えると驚異的な変化だ。日本の装置メーカーは、先端分野では米国の規制で販路が閉ざされ、得意としてきた成熟分野では中国の国産勢力との価格競争に直面するという二重の圧力に晒され始めている。
材料分野で試される日本の牙城
装置分野で中国の追い上げが現実となる一方、日本の優位性が揺るぎないのが先端材料の領域だ。特に、半導体の回路パターンを形成する感光材であるフォトレジストでは、日本のJSR、信越化学工業、東京応化工業の3社でEUV向け製品の世界市場をほぼ独占している。フォトレジストは、リソグラフィー装置の光源(EUVならば波長13.5nm)に反応し、微細な回路原版をウエハー上に転写する化学製品だ。その性能は解像度、感度、欠陥の少なさで決まり、数ナノメートルの制御が求められるため、長年の研究開発で培われた配合技術(レシピ)と品質管理が参入障壁となっている。
同様に、半導体の基板となるシリコンウエハーでも、信越化学工業とSUMCOの日本企業2社で世界シェアの約6割を握る。高純度な単結晶を歪みなく引き上げ、表面を原子レベルで平坦に研磨する技術は、後工程の歩留まりを左右する生命線だ。中国も国産化を急いでいるが、最先端ロジック半導体や3D-NAND型フラッシュメモリーで要求される直径300mmウエハーの高品質な量産には至っていない。米国の規制は装置に集中しているが、仮に将来、これらの先端材料にも規制が拡大すれば、中国の半導体産業はさらに深刻な打撃を受ける可能性がある。日本の材料メーカーは、この技術的優位性を維持し、次世代の半導体構造に対応する新材料を開発し続けられるかが問われている。
日本企業が直面する選択
中国の「質の高い発展」が促す技術ナショナリズムは、日本の半導体関連産業に踏み絵を迫っている。短期的な視点では、中国の成熟半導体市場は魅力的な収益源であり続けるだろう。しかし、その市場で得た利益が、将来の競合相手となる中国企業を育成する土壌となっている現実から目を背けることはできない。中国企業は政府の強力な資金援助を背景に、研究開発と設備投資を加速しており、5年から10年の時間軸で見れば、成熟分野の装置や汎用的な材料で日本製品を代替する可能性は高い。
日本企業が進むべき道は二つに分かれる。一つは、中国市場への依存度を戦略的に引き下げ、インドや東南アジア、あるいは日米欧の半導体製造拠点への供給を拡大する「市場の多様化」である。もう一つは、EUV関連材料や次世代のパッケージング技術、超高純度ガスといった、模倣が極めて困難な「技術の尖鋭化」に経営資源を集中投下する道だ。後者の戦略は、研究開発への巨額な先行投資を必要とするが、地政学的な影響を受けにくい強固な事業基盤を築くことにつながる。いずれの道を選ぶにせよ、もはや中国市場を単なる巨大な販売先として捉える時代は終わった。自社の技術が世界の供給網の中でどのような価値を持つのかを再定義し、国家戦略の潮目を読み解く洞察力が、企業の将来を左右することになる。