中国の貿易構造が地殻変動を起こしている。中国税関総署が2024年1月に公表した統計によれば、2023年通年の輸出額はドル建てで前年比4.6%減少したが、その内実を見ると輸出先の劇的な転換が鮮明になった。米国や欧州連合(EU)向けの輸出が落ち込む一方、東南アジア諸国連合(ASEAN)や「一帯一路」構想の沿線国への輸出が全体を下支えした。牽引役は電気自動車(EV)、リチウムイオン電池、太陽光パネルに代表される「新三様」と呼ばれる製品群だ。この地経学的な流路の変化は、世界の供給網における中国の役割変容を示すと同時に、上流の素材や製造装置で優位性を持つ日本企業に、新たな事業機会と看過できない競争圧力を突き付けている。
「西」から「南」へ、貿易流路の地殻変動
中国の貿易地図は、ここ数年で大きく塗り替えられた。中国税関総署の2023年通年データによると、最大の貿易相手だった米国向け輸出は前年比13.1%減、EU向けも同10.2%減と大幅に落ち込んだ。これは米国の対中半導体輸出規制やインフレ抑制法(IRA)といった政策が、電子機器などの最終製品需要を減退させた影響が色濃い。従来、中国の輸出を支えてきたスマートフォンやパソコンといった情報通信機器の輸出額は、2023年に前年比で約1割減少したことが、この構造変化を裏付けている。
一方で、ASEAN向け輸出は同0.9%増と堅調を維持し、ASEANは4年連続で中国にとって最大の貿易相手となった。中南米向けは同2.1%増、アフリカ向けは同7.4%増と、「グローバルサウス」と呼ばれる地域への傾斜が顕著になっている。特に注目すべきは、ロシアを含む「一帯一路」沿線国との貿易額で、2023年には中国の貿易総額の46.6%を占めるまでに拡大した。10年前の2013年時点では25%だったことから、地政学的な意図を持った供給網の再構築が着実に進んでいることがうかがえる。この背景には、米欧市場での障壁を回避し、新たな成長市場を開拓する中国企業の戦略的な動きがある。人民元建てで見れば、2023年の輸出総額は前年比0.6%増とプラスを維持しており、ドル高の影響を除けば輸出規模自体は持ちこたえている。
なぜEV・電池が輸出の牽引役なのか?
米欧向けの伝統的な電子製品が苦戦する中、中国の輸出を支える新たな主役として浮上したのがEV、リチウムイオン電池、太陽光パネルの「新三様」だ。中国自動車工業協会の発表によれば、2023年の自動車輸出台数は前年比57.9%増の491万台に達し、日本を抜いて初めて世界首位となった。うちEVなどの新エネルギー車(NEV)は同77.6%増の120.3万台と、全体の伸びを牽引した。リチウムイオン電池の輸出額も、韓国のSNEリサーチの集計で2023年は前年比33%増の650億ドルを超えたと見られる。これら新三様の輸出額合計は、2023年に初めて1兆元(約20兆円)を突破し、前年比で29.9%増加した。
この躍進の背景には、中国政府の長年にわたる産業育成策と、それによって生まれた国内の過酷な競争環境がある。例えばリチウムイオン電池では、寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)が、エネルギー密度とコストのバランスに優れるリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池の技術で世界を席巻。CATLの「麒麟電池」はセル・トゥ・パック(CTP)技術の第三世代にあたり、体積利用率を72%以上に高め、NCM(三元系)電池に匹敵する1,000kmの航続距離をLFPで実現した。こうした国内で磨かれた技術と量産能力が、飽和しつつある国内市場から海外へと向かう強力な駆動力となっている。米欧が補助金や関税で自国産業の保護に動く中、規制の少ないASEANや中南米が、中国企業にとって格好の輸出先となっている構図だ。
日本の素材・装置産業への二重の圧力
中国の輸出構造転換は、日本の基盤産業にとって二つの側面から影響を及ぼす。一つは、中国のEV・電池メーカーの海外進出に伴う、日本の素材・装置メーカーへの新たな商機だ。CATLがハンガリーやドイツに、遠景動力(エンビジョンAESC)が米国や英国に大規模な電池工場を建設する際、必要となるのが高性能な製造装置や部材である。例えば、電池の性能を左右するセパレーター(絶縁材)市場では旭化成や東レが、負極材に使われる銅箔では三井金属鉱業などが高い技術力を持つ。中国メーカーがグローバル基準の品質を求めるほど、日本のサプライヤーの商機は広がる。実際、ディスコや東京エレクトロンといった半導体製造装置メーカーは、パワー半導体向けの装置需要が旺盛で、2023年度の業績見通しを上方修正する動きも見られる。
しかし、もう一方では、中国国内で力をつけた素材・装置メーカーとの直接競合という厳しい現実が待ち受ける。リチウムイオン電池の主要4部材(正極材、負極材、電解液、セパレーター)では、すでに中国企業が世界シェアの6割以上を握る。例えば、セパレーター市場では上海恩捷新材料科技(Semcorp)が旭化成を抜き世界首位に立った。半導体製造装置においても、米国の規制を背景に中国国内での代替需要が高まり、北方華創科技集団(NAURA)や中微半導体設備(AMEC)が急速に技術力を向上させている。NAURAの2023年上半期の売上高は前年同期比54%増の84億元に達した。中国の最終製品メーカーが海外展開する際、コスト競争力のある自国のサプライヤーを帯同する動きが加速すれば、日本企業の牙城は徐々に切り崩される可能性がある。
供給網の「脱中国化」と「再中国化」
米中対立を背景に、西側諸国では供給網から中国を排除する「デリスキング(リスク低減)」や「デカップリング(切り離し)」の動きが加速している。しかし、中国の貿易動向は、供給網がより複雑な形で再編されている実態を示している。ASEAN諸国は、中国からの部品や中間財を輸入し、最終製品に組み立てて米国などへ輸出する「迂回拠点」としての役割を強めている。ベトナム税関総局によると、2023年の同国から米国への輸出額は前年比11.6%減の969億ドルだったが、依然として最大の輸出先であり、その多くに中国製の部品が組み込まれていると見られる。メキシコも同様の傾向にあり、2023年には米国にとって最大の輸入相手国となったが、その背景には中国企業による現地生産の拡大がある。
これは、供給網の「脱中国化」と同時に、形を変えた「再中国化」が進んでいることを意味する。日本企業が「チャイナ・プラスワン」戦略でASEANに生産拠点を移しても、現地のサプライヤーを遡ると中国資本に行き着くケースは少なくない。このため、米国の通商代表部(USTR)は、東南アジア経由の迂回輸出に対する監視を強化する姿勢を示しており、新たな通商摩擦の火種となる可能性がある。例えば、太陽光パネルでは、カンボジア、マレーシア、タイ、ベトナムの4カ国からの輸入に対し、2024年6月から関税を再適用する方針だ。企業は、自社の供給網がどこまで中国の影響下にあるかを精密に把握し、地政学リスクを織り込んだ多角的な調達戦略を構築する必要に迫られている。
日本企業が直面する戦略の岐路
中国の貿易構造の変化は、日本企業に対して受動的な対応ではなく、能動的な戦略の再構築を迫るものだ。単に脅威として捉え、距離を置くだけでは、成長市場へのアクセスを失いかねない。まず、ASEANや中南米といった成長市場において、先行する中国のEV・電池メーカーとどう向き合うかという課題がある。直接競合を避けるならば、彼らが作れない高性能な基幹部品や素材、あるいは生産性を抜本的に高める製造装置といった「上流」での優位性を徹底的に磨き、不可欠なパートナーとしての地位を築く戦略が考えられる。例えば、次世代電池として期待される全固体電池の分野では、日本は特許数で世界をリードしており、材料となる硫化物系固体電解質で出光興産や三井金属が先行する。こうした技術的優位性を、将来の交渉力へと転化できるかが問われる。
同時に、供給網の多元化は待ったなしの経営課題だ。重要なのは、単なる生産拠点の地理的分散だけでなく、部材や素材の調達先まで遡った「供給網の可視化」である。経済産業省が2023年12月に公表した「経済安全保障推進法」の特定重要物資に関する報告書でも、半導体や蓄電池などの供給網強化がうたわれている。日本企業は、政府の支援策も活用しつつ、同志国との連携を通じて、特定国への依存度が低い、強靭な供給網を構築する必要がある。中国という巨大な経済圏との関係を維持しつつ、いかにして技術的優位性と経済安全保障を両立させるか。そのための明確な国家戦略と、個々の企業のしたたかな経営判断が、これまで以上に重要性を増している。この先の10年を左右することになるだろう。