中国の新車販売で電気自動車(EV)を主軸とする新エネルギー車(NEV)の比率が、2025年までに5割を超える見通しが現実味を帯びてきた。この地殻変動は単なる自動車市場の変化に留まらず、国家のエネルギー需給構造と産業の根幹を揺るがす。中国汽車工業協会(CAAM)の発表によれば、2023年のNEV販売台数は前年比37.9%増の949万5千台に達し、新車販売全体に占める割合は31.6%を記録した。この勢いは加速しており、一部都市部では既に5割を超えている。この巨大な転換の裏側では、寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)といった電池大手が世界の鉱物資源から材料加工まで垂直統合を進め、石油企業は燃料事業から化学素材事業への大規模な転換を急ぐ。日本の関連産業は、この構造変化の中で新たな商機を見いだせるか、あるいはサプライチェーンから排除されるかの岐路に立たされている。
「5割超」を駆動する電池供給網
中国のNEV市場の急拡大を支えるのは、政府の補助金政策と、CATLやBYDに代表される電池メーカーの圧倒的な供給能力である。調査会社SNEリサーチの2023年通年データによると、車載電池の世界市場における中国企業の合計シェアは63.5%に達した。首位のCATLは36.8%、2位のBYDは15.8%を占め、両社だけで世界市場の半分以上を掌握する。この支配力の源泉は、単なる電池セルの組み立て能力ではない。正極材、負極材、セパレーター、電解液という主要4部材、さらにその上流にあるリチウム、コバルト、ニッケルといった鉱物資源の権益確保と精錬加工まで遡る垂直統合戦略にある。国際エネルギー機関(IEA)が2023年7月に公表した報告書「Global Supply Chains of EV Batteries」は、リチウムイオン電池のサプライチェーンにおける中国の圧倒的な地位を浮き彫りにした。特に、正極材の79%、負極材の91%が中国で生産されており、電池材料の精製・加工段階では中国への依存が極めて高い。例えば、電池グレードの水酸化リチウムの精製能力では世界シェアの7割以上、コバルトの精錬でも7割近くを中国が占める。この構造は、地政学的な緊張が高まった際に、電池供給そのものが交渉の具となりうる危険性を内包している。日本の自動車メーカーや電池メーカーも、パナソニックエナジーなどが性能で優位性を持つものの、材料調達の大部分を中国経由のサプライチェーンに依存しており、代替供給網の構築が急務となっている。
なぜ石油化学は素材へ転換するのか
NEVの普及は、輸送用燃料としてのガソリン・軽油需要の構造的な減少を意味する。これは、中国石油化工集団(シノペック)や中国石油天然気集団(CNPC)といった国営石油大手の事業モデルを根底から覆す脅威だ。IEAの予測では、現状の政策が続けば世界の石油需要は2030年までにピークを迎える可能性がある。特に道路輸送部門の需要はNEVシフトにより頭打ちとなる。この構造変化に対応するため、中国の石油各社は製油所を石油化学コンビナートへ転換する「原油から化学品へ(COTC: Crude Oil to Chemicals)」と呼ばれる大規模投資を加速させている。これは、原油を精製して得られるナフサを分解し、プラスチックや合成繊維の原料となるエチレン、プロピレンといった基礎化学品を生産する事業への軸足移動だ。シノペックは2025年までに化学品事業の収益比率を大幅に引き上げる計画を公表しており、年間100万トン級のエチレンプラントを複数建設中である。この転換は、日本の化学産業にとって二重の挑戦を突きつける。一つは、中国が汎用化学品の自給率を高め、輸出攻勢をかけることによる市況の悪化だ。もう一つは、自動車の軽量化や高性能化に不可欠な高機能樹脂や特殊化学品の分野で、中国企業が技術格差を縮め、競争が激化する可能性である。日本の三菱ケミカルグループや住友化学などは、汎用品から脱却し、半導体材料や電池材料といった高付加価値分野へのシフトを急いでいるが、中国の巨額投資を前に安閑とはしていられない状況だ。
パワー半導体が次なる火種に
NEVの性能を左右するもう一つの核心部品が、モーターの駆動を制御するインバーターに使われるパワー半導体だ。従来のシリコン(Si)製に代わり、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)を材料とする次世代品の採用が急速に進んでいる。SiCパワー半導体は、Si製に比べて電力損失を50%以上低減でき、航続距離の延伸や電池の小型化に直結する。物理的には、SiCがSiよりバンドギャップ(電子を動かすのに必要なエネルギー)が約3倍広く、絶縁破壊電界強度が約10倍高いため、高温・高電圧環境下での安定動作が可能になる。市場調査会社Yole Groupの2023年11月の報告によれば、SiCパワーデバイス市場は2028年に90億ドル規模へ成長すると予測され、その最大の用途が自動車分野だ。現在、この市場は独インフィニオンテクノロジーズ、米ウルフスピード、スイスのSTマイクロエレクトロニクスが主導し、日本のロームや三菱電機、富士電機も高い技術力を持つ。しかし、米国は2022年10月の対中半導体輸出規制強化で、先端ロジック半導体だけでなく、GaNやSiCといった化合物半導体の基板(ウエハー)製造技術も対象に含める動きを見せている。これは、NEVや第5世代移動通信システム(5G)、防衛装備品の性能向上に直結するパワー半導体技術で、中国の台頭を抑止する狙いがあると見られる。中国は国内でのSiCウエハー生産能力増強を急ぐが、高品質な大口径ウエハーの量産には日本のディスコの研削・切断装置や、SCREENホールディングスの洗浄装置などが不可欠であり、製造装置が新たな地政学上の焦点となりつつある。
充電網整備と国家標準化の思惑
NEVの普及には、充電インフラの拡充が前提となる。中国充電連盟の統計によると、2023年末時点での国内の公共充電器設置数は約273万基に達し、前年から約80万基増加した。これは日本の約3万基(2023年3月末、ゼンリン調べ)を大きく上回る規模だ。しかし、数の拡大以上に注目すべきは、充電網がエネルギー網や情報網と一体化し、国家レベルのデータ基盤となりつつある点だ。中国は、独自の急速充電規格「GB/T」の普及を推進しており、日本や欧米が主導する「CHAdeMO」や「CCS」とは異なるエコシステムを形成している。さらに、次世代の超高出力充電規格「ChaoJi」では日中が共同開発を進めるものの、主導権争いは続いている。充電網は、電力系統の需給を調整するスマートグリッドの重要な要素となる。多数のNEVを「移動する蓄電池」と見なし、電力需要が少ない夜間に充電し、需要が逼迫する昼間に放電(V2G: Vehicle-to-Grid)することで、再生可能エネルギーの出力変動を吸収する役割が期待される。この制御を担うプラットフォームは、いつ、どこで、誰が、どれだけの電力を消費したかという膨大なデータを収集する。このデータは、個人の移動パターン分析から、都市交通計画、さらにはエネルギー安全保障政策の策定まで、多岐にわたる活用が可能であり、その掌握は国家的な重要課題と位置づけられている。
日本企業が直面する選択
中国のNEVシフトとそれに伴うエネルギー・産業構造の転換は、日本の関連企業に避けて通れない選択を迫る。とりわけ、世界のサプライチェーンで不可欠な地位を占めてきた素材・装置産業は、好機と危機が同居する複雑な局面に立たされている。好機は、NEVや石油化学の高機能化に伴う高度な部材需要の拡大にある。例えば、電池の性能と安全性を両立させるセパレーターでは旭化成や東レ、SiCウエハーでは信越化学工業やSUMCO、パワー半導体製造に不可欠なEUV(極端紫外線)リソグラフィ向けフォトレジストではJSRや東京応化工業など、日本企業が世界で高いシェアを持つ分野は多い。これらの技術的優位性を維持・強化し、中国市場の高度化需要を取り込むことは、短期的な成長戦略として有効だ。しかし、中長期的には深刻なリスクも存在する。米中間の技術覇権争いが激化する中で、日本の技術がどちらの陣営に供給されるかという「踏み絵」を迫られる場面は増えるだろう。米国主導の規制に準拠すれば巨大な中国市場を失い、かといって中国との取引を優先すれば、安全保障上の同盟国である米国からの信認を損ないかねない。多くの企業は、中国市場向け(「In China, for China」)と、それ以外の市場向けのサプライチェーンを二元化する「デカップリング」戦略の検討を強いられている。この対応は、研究開発から生産、販売に至るまで重複投資を必要とし、経営効率を著しく低下させる。この難局を乗り越えるには、特定の製品や技術の優位性だけに依存するのではなく、次世代技術への投資を加速させ、代替不可能な地位を確立することが唯一の道筋となる。全固体電池、ペロブスカイト太陽電池、次世代パワー半導体といった分野で、基礎研究から量産技術まで一気通貫で主導権を握れるか。日本の産業界の底力が今、試されている。