中国が掲げる半導体自給率70%の目標は、米国の輸出規制強化を受け、その達成が危ぶまれている。2024年5月に設立された4.8兆円規模の国家半導体産業投資基金(大基金)3期は、国内製造装置と材料分野への重点投資に舵を切った。だが、先端プロセスに不可欠なEUV露光装置の調達は絶望的であり、中芯国際集成電路製造(SMIC)や長江存儲科技(YMTC)など国内大手は成熟工程での生産拡大に活路を見出す。この動きは、汎用品市場での価格競争を激化させ、日本の素材・装置メーカーに新たな戦略選択を迫る。
国家基金4.8兆円、投下先はどこか
中国の半導体国産化を資金面で支える国家半導体産業投資基金、通称「大基金」が第3期として過去最大規模の3440億元(約4.8兆円)で始動した。2024年5月24日に登記が完了した新基金は、2014年の1期(1387億元)、2019年の2期(2041億元)を大きく上回る。中国財政省が最大の出資者となり、国有銀行などが名を連ねる。この巨額資金の投下先は、米国の輸出規制が厳格化する中で、国内の半導体産業基盤そのものを強化する方向へ大きく転換したと見られる。1期、2期がSMICやYMTCといった半導体メーカー(ファウンドリやメモリー)への直接投資を主体としていたのに対し、3期では製造装置と先端材料の国内企業育成が最優先課題に設定された。米調査会社ロジウム・グループの2023年分析によれば、過去の基金投資の約7割が半導体製造そのものに振り分けられていた。しかし、米商務省産業安全保障局(BIS)による2022年10月の包括的規制以降、先端半導体製造に必要な装置や技術の輸入が困難になった。特に、蘭ASML製の極端紫外線(EUV)露光装置は導入が不可能となり、7ナノメートル(nm、ナノは10億分の1)以下の最先端プロセスの開発は事実上閉ざされた。この状況を打開するため、3期基金は北方華創科技集団(NAURA)や中微半導体設備(AMEC)といった中国の製造装置メーカーや、上海新昇半導体科技(NSG)などのシリコンウエハー企業への集中的な資金供給を行う見込みだ。中国半導体産業協会(CSIA)の統計では、2023年の国内半導体装置市場における国産装置のシェアは約22%にとどまり、依然として東京エレクトロンや米ラムリサーチ、アプライドマテリアルズへの依存度が高い。基金はこの比率を2030年までに50%以上に引き上げることを目指しているとされ、国内サプライチェーンの垂直統合が急務となっている。
SMICの7nmは本当に「成功」したのか?
2023年8月に発売された華為技術(ファーウェイ)の新型スマートフォン「Mate 60 Pro」に搭載された半導体「Kirin 9000S」は、SMICが7nmプロセスで製造したとされ、大きな注目を集めた。しかし、この技術的達成の内実は、商業生産の観点からは多くの課題を抱えている。この7nmプロセスは、EUV露光装置ではなく、一つ前の世代のArF液浸(ArF-i)露光装置を複数回使用する「多重露光」技術で実現されたものだ。物理的原理として、ArF-iが用いる光の波長は193nmであり、7nmという微細な回路パターンを一度の露光で形成することはできない。そのため、回路パターンを複数に分割し、露光とエッチングの工程を何度も繰り返す必要がある。台湾の調査会社トレンドフォースが2024年1月に公表した分析によると、この複雑な工程によりSMICの7nmプロセスの歩留まり(良品率)は30%未満と推定されている。これは、EUV露光を用いる台湾積体電路製造(TSMC)の同世代プロセスの歩留まりが80%を超えるのと対照的だ。歩留まりの低さは直接的に製造コストの高騰に繋がり、1枚のウエハーから取れる良品チップ数が少なくなるため、チップ単価はTSMC製の2〜3倍に達する可能性がある。使用される装置はASML製のDUV露光装置「NXT:2000i」などと見られるが、これも2023年9月以降の対中輸出規制強化で新規導入や保守が困難になっている。SMICの「成功」は、あくまで国家の威信をかけた技術実証の側面が強く、商業ベースで西側ファウンドリと競争できる段階には至っていないのが実情である。
なぜ成熟・汎用半導体に活路を見出すのか
先端プロセスの開発に急ブレーキがかかった中国勢は、戦略を大きく転換し、規制対象外である28nm以上の「成熟・汎用プロセス」での生産能力拡大に活路を見出している。この背景には、米国の規制が14/16nm以下のロジック半導体、18nm以下のDRAM、128層以上のNAND型フラッシュメモリーに焦点を合わせているという現実がある。パワー半導体、アナログ半導体、マイクロコントローラー(MCU)といった成熟品は、自動車や産業機器、家電など幅広い用途で依然として需要が旺盛だ。SEMI(国際半導体製造装置材料協会)の2024年3月の予測によれば、中国は2024年から2026年にかけて、月産能力で世界最大の半導体生産地域となる見通しで、その増加分のほとんどが成熟プロセスによるものだ。具体的には、SMICや華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)などが、政府の補助金や大基金の支援を受け、複数の300ミリウエハー対応工場を新設・増強している。この結果、2027年までに世界の28nmプロセス生産能力に占める中国のシェアは、2023年の29%から40%に達すると米調査会社ガートナーは予測する。この「人海戦術」とも言える生産拡大は、世界市場に深刻な供給過剰と価格競争をもたらす危険性をはらむ。特に、日本のルネサスエレクトロニクスやローム、欧州のインフィニオンテクノロジーズなどが得意とする車載・産業向け半導体市場で、中国製品との直接競合が激化するのは避けられない。中国政府にとっては、国内の電子機器産業が必要とする部品の安定調達と、半導体輸入額の削減という二重の狙いがある。
日本の装置・材料メーカーへの影響
中国の成熟プロセスへの傾斜は、日本の半導体製造装置および材料メーカーにとって、短期的には事業機会と長期的には脅威という二つの側面を持つ。短期的には、米国の規制対象外である成熟プロセス向け装置の需要が堅調に推移している。東京エレクトロンが手掛ける塗布・現像装置(コータ・デベロッパ)やエッチング装置、SCREENホールディングスの洗浄装置、ディスコのダイシングソー(切断装置)などは、先端・成熟を問わず不可欠であり、中国の工場新設ラッシュはこれらの企業の受注を押し上げている。実際に、日本半導体製造装置協会(SEAJ)が発表した2023年度の日本製半導体製造装置の販売額は、中国向けが前年度比82%増の1兆5666億円に達し、初めて全体の5割を超えた。しかし、この活況は長く続かない可能性がある。長期的には、大基金3期が狙うように、中国国内の装置・材料メーカーが技術力を向上させ、日本製品からの置き換えを進めるリスクが高まる。NAURAやAMECは、すでにエッチング装置や成膜装置の一部で日本製品に迫る性能を実現しつつある。また、日本の強みであるフォトレジスト(感光材)や高純度化学薬品の分野でも、中国企業が国産化を急いでいる。JSRや信越化学工業、東京応化工業などが世界市場で9割近い寡占的シェアを握るEUV用フォトレジストは当面安泰と見られるが、ArF-i用やそれ以前のKrF用レジストでは、中国国内での代替が進む可能性がある。日本企業は、現在の特需に安住することなく、次世代技術への研究開発投資を加速させ、技術的優位性を維持し続けることが不可欠となる。
日本企業が直面する選択
米中間の技術覇権争いは、もはや特定の先端分野に留まらない。中国が成熟・汎用半導体の生産で世界市場を席巻しようとする動きは、日本の半導体産業全体に構造的な変化を迫る。この地政学的変動の中で、日本企業は三つの岐路に立たされている。第一に、規制の網目を縫う形での中国ビジネスの継続である。成熟プロセス向け装置や材料の輸出は、当面の収益源として魅力的だが、将来的な技術流出や中国企業の台頭による市場喪失リスクと隣り合わせだ。経済安全保障の観点から、政府による輸出管理がさらに強化される可能性も考慮せねばならない。第二の道は、先端分野への一層の特化である。次世代半導体の国産化を目指すRapidus(ラピダス)への参画や、ポストEUVとして期待される高NA(開口数)EUVリソグラフィー関連の材料・装置開発に経営資源を集中させる戦略だ。ASMLの最新鋭機「High-NA EUV EXE:5200」は、1台500億円以上と高価だが、解像度を従来の1.7倍に高める。こうした最先端技術のエコシステムにおいて、日本企業が不可欠な地位を占め続けることができれば、中国の物量作戦とは一線を画した高付加価値路線を維持できる。第三の選択肢は、サプライチェーンの再編と多角化だ。中国市場への過度な依存から脱却し、インドや東南アジア、あるいは日米欧といった友好国での生産・販売体制を強化する動きが加速するだろう。経済産業省が2023年12月に公表した指針でも、特定国への供給網依存度の低減が重要政策として掲げられている。どの道を選ぶにせよ、もはや一企業単独での判断は難しい。政府の外交・安保政策と緊密に連携しながら、10年後を見据えた長期的視点での経営判断が、日本の半導体関連企業の未来を左右することになる。
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