中国が設立した国家主導の半導体投資基金「大基金」の第3期が、過去最大規模となる3440億元(約7.4兆円)で始動した。米国の輸出規制を回避し、特にDRAMやNAND型フラッシュメモリーといった記憶用半導体の国内生産体制確立を急ぐ。この動きは、中芯国際集成電路製造(SMIC)や長江存儲科技(YMTC)など国内大手への重点支援を意味する一方、製造装置や材料を供給する東京エレクトロンや信越化学工業など日本企業にとっては、巨大市場での商機と地政学的な規制リスクの狭間で難しい経営判断を迫るものとなる。
過去最大7.4兆円、狙いはメモリー国産化
2024年5月に登記された「国家集成電路産業投資基金三期股份有限公司」は、資本金3440億元(約475億ドル)と、2014年の第1期(1387億元)、2019年の第2期(2041億元)を大幅に上回る規模で発足した。中国財政部が最大の17%を出資するほか、国有大手銀行が名を連ね、国家の総力を挙げた体制を鮮明にしている。第1期、第2期が半導体設計から製造、素材まで幅広く投資したのに対し、第3期はより戦略的な資金配分が予想される。最大の焦点は、スマートフォンやデータセンターに不可欠な記憶用半導体、すなわちDRAMとNAND型フラッシュメモリーの量産技術確立だ。中国はNANDで長江存儲科技(YMTC)、DRAMで長鑫存儲技術(CXMT)を育成してきたが、いずれも米国の輸出規制により先端製造装置の導入が困難となり、技術開発が停滞していた。TrendForceの2024年第1四半期時点の調査では、YMTCの世界NAND市場での占有率は約8%にとどまり、首位の韓国サムスン電子(36.7%)やSKハイニックス(22.2%)に大きく水をあけられている。第3期の巨額資金は、これら中核企業の生産能力増強と、規制対象外の既存装置を活用した技術開発に集中的に投下される見込みだ。
なぜ今、第3期基金の設立が急がれたのか?
第3期基金の設立は、米国の対中半導体規制の段階的強化に対する中国指導部の強い危機感の表れである。米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月、先端ロジック半導体やメモリーを製造可能な装置・技術の対中輸出を厳しく制限した。これにより、オランダASML製のEUV(極端紫外線)露光装置の輸入が完全に途絶。さらに2023年10月には規制が更新され、高性能なDUV(深紫外線)液浸露光装置も対象となり、中国の半導体メーカーは技術的隘路に追い込まれた。ファーウェイが2023年に発売したスマートフォン「Mate 60 Pro」に搭載された7ナノメートル(nm)相当の半導体は、SMICが既存のDUV装置を複数回露光する複雑な工程で製造したとみられるが、これは歩留まりの悪化と高コストを招き、大規模な量産には不向きだ。中国税関総署の統計によれば、2023年の半導体製造装置の輸入額は前年比14%増の約400億ドルに達したが、これは規制強化前の駆け込み需要が主因であり、持続的な技術導入が困難であることを示している。自国内でサプライチェーンを完結させる以外に、先端半導体産業を維持・発展させる道はないとの判断が、過去最大規模の基金設立を後押ししたと見られる。
国産化の鍵を握る「装置・材料」の内製化
第3期基金の成否は、半導体製造装置と高機能材料の国内開発にかかっている。特に重要なのが、回路パターンをウエハーに焼き付けるリソグラフィー(露光)工程だ。EUV装置の国産化は絶望的とされるなか、上海微電子装備(SMEE)が開発を進める液浸DUV露光装置が焦点となる。同社は28nmプロセスに対応可能な装置の開発にめどをつけたとされるが、これは世界最大手ASMLが10年以上前に実現した技術水準であり、最先端からは大きく見劣りする。業界調査会社Gartnerの2023年報告書によると、世界の半導体製造装置市場における中国企業の占有率は5%未満に過ぎず、東京エレクトロンや米アプライドマテリアルズなど日米欧の寡占状態が続く。また、ウエハー上に回路を形成する前工程では、EUV光に対応するフォトレジスト(感光材)が不可欠だが、この分野はJSRや信越化学工業、東京応化工業といった日本企業が世界市場の約9割を握る。中国はこれらの重要技術・材料を模倣し、代替品を開発する「国産代替」に巨額の資金を投入する構えだが、長年の研究開発の蓄積が必要な「すり合わせ技術」の塊であり、数年単位での代替は極めて困難との見方が支配的だ。基金の資金は、SMEEのような装置メーカーや、フッ素系化学材料を手がける国内企業に重点配分される公算が大きい。
米国はどう対抗措置を取るのか?
中国の巨額投資に対し、米国は同盟国と連携して規制の網をさらに狭める動きを加速させている。BISは、中国企業が既存のDUV装置を用いて7nmプロセスを量産している実態を問題視しており、規制対象をより旧世代の装置にまで広げる可能性を示唆している。具体的には、SMICやファーウェイ向けに装置の保守・修理サービスを提供している外国企業への圧力が強まる見通しだ。米下院の外交委員会は2024年4月、アプライドマテリアルズやラムリサーチなど米国企業に対し、中国の規制対象企業へのサービス提供実態に関する情報開示を要求した。この動きは、日本やオランダの関連企業にも波及する可能性がある。さらに、米国は2022年に成立した「CHIPS・科学法」に基づき、5年間で527億ドルの補助金を投じて国内の半導体生産能力を強化している。インテルやTSMC、サムスン電子がアリゾナ州やテキサス州に巨大工場を建設しており、先端半導体のサプライチェーンを米国内に回帰させる狙いだ。米半導体工業会(SIA)の2024年5月の発表によると、CHIPS法による投資誘発額は既に4500億ドルを超えており、中国の「大基金」と米国の補助金政策による技術覇権競争は、今後さらに激化することが確実な情勢だ。
日本企業が直面する二つの隘路
中国の半導体国産化への野心は、日本の関連産業にとって巨大な事業機会と深刻な地政学リスクを同時にもたらす。財務省の貿易統計によれば、2023年の日本の半導体製造装置の輸出額約3.9兆円のうち、中国向けは1.6兆円と全体の4割以上を占め、最大の輸出先となっている。中国が国産化を急ぐ過程では、規制対象外の旧世代装置や関連部品、高純度材料の需要が当面は高水準で推移すると見込まれる。しかし、この「特需」は米国の規制強化次第で一夜にして消失しかねない。米国が保守・修理サービスまで規制対象に含めれば、日本企業も追随を求められる可能性が高い。もう一つの隘路は、技術流出と不正競争のリスクだ。中国企業は国産化を急ぐあまり、高額な報酬を提示して日本の半導体技術者を引き抜く動きを活発化させている。また、日本企業が輸出した装置が分解・模倣され、知的財産が侵害される懸念も根強い。経済安全保障の観点から、日本政府は2023年7月、先端半導体製造装置23品目を輸出管理の対象に追加した。企業側は、目先の利益と中長期的なリスクを天秤にかけ、中国市場との距離感を慎重に測り続ける必要がある。サプライチェーンの多元化や、中国以外の市場開拓を加速させることが、地政学的な激動期を乗り切るための不可欠な経営課題となっている。