電気自動車(EV)の普及で世界をリードする中国が、次なる主戦場として使用済み車載電池のリサイクル市場育成を急いでいる。中央政府の号令一下、地方政府は補助金や優遇策を競い、関連企業は19.9万社を超える規模に膨張した。EV販売後の「静脈産業」を国家戦略として掌握し、リチウムやコバルトといった希少資源の囲い込みを図る動きは、サプライチェーンを通じて日本の自動車産業や素材メーカーの経営戦略を根底から揺るがしかねない。

国家主導で動く回収網と「全工程」管理

中国の車載電池リサイクル市場が新たな段階に入ったことを象徴するのが、中華人民共和国工業情報化部 (MINIstry of Industry and Information Technology、MIIT) など6部門が共同で施行した「新エネルギー自動車動力蓄電池回収利用管理暫行弁法」の本格運用だ。これにより、電池の生産から廃棄、再利用に至る全工程を政府の監督下に置く体制が本格的に始動した。

中国経済網の報道によると、この政策転換を受け、地方政府は産業の主導権を握るべく一斉に動き出している。四川省は全国に先駆けて省レベルの回収管理規則を策定し、技術力や環境基準を満たした優良企業を「ホワイトリスト」として認定、育成する方針を表明。湖北省荊門市は、2030年までに年間100万トンの処理能力を持つ一大拠点を目指し、回収した電池1トン当たり50元(約1000円)の補助金を支給する制度を導入した。広東省は、珠江デルタ地帯の自動車産業クラスターという強みを生かし、「政策が導き、市場が主導する」新たなリサイクル生態系の構築を進めている。

企業の動きも活発だ。四川省では年間2万トンの処理能力を持つ国内初の全工程自動化リサイクル生産ラインが稼働を開始。湖北省荊門市では関連産業への累計投資額が10億元(約210億円)を突破し、2025年までに5.2万トンの使用済み電池を回収する目標を掲げる。広東省韶関市のリサイクル産業パークには既に52社の関連企業が集積し、生産額は84億元(約1760億円)を超えるなど、各地で巨大な「都市鉱山」を巡る競争が繰り広げられている。

EV普及が促す「都市鉱山」争奪戦の経緯

中国における車載電池リサイクルの取り組みは、2018年にMIITが「生産者責任」を明確にした管理規則を施行したことに遡る。当時は黎明期にあったが、2020年以降の爆発的なEV普及が市場環境を一変させた。初期に販売されたEVの電池が寿命を迎え始め、2025年頃から使用済み電池の排出量が急増すると予測されたことが、現在の投資ブームの引き金となった。

企業情報プラットフォーム「天眼査」の専門版データによると、中国国内で現存する電池リサイクル関連企業は19.9万社を超える。企業の新規登録数はここ数年で急増しており、2023年に年間登録数がピークに達した。地域別に見ると、自動車産業や電池産業が集積する広東省が1.7万社超で最も多く、江蘇省(1.4万社超)、安徽省(1.4万社超)が続く。これは、電池の生産拠点と消費地が近い地域で、回収・リサイクルのサプライチェーンが形成されつつあることを示している。

市場の急拡大は、CATL寧徳時代)傘下のBrunp(広東邦普)やGEM(格林美)といった業界大手に、規模の経済を追求する好機をもたらした。これらの大手は、使用済み電池からニッケル、コバルト、リチウムなどを高効率で抽出し、再び電池材料として供給する「クローズドループ・リサイクル」の技術を確立。処理能力の拡大を急いでおり、中国が国策として推進する資源安全保障の中核を担う存在となっている。

「ホワイトリスト」の光と影、非正規業者との競争激化

しかし、急成長の裏で構造的な課題も浮き彫りになっている。最大の課題は、政府が認定した「ホワイトリスト」企業と、無許可の小規模な非正規事業者との熾烈な競争だ。業界関係者によると、市場に流通する使用済み電池の多くが、環境対策コストを無視して高値で買い取る非正規業者に流れている。その結果、多額の設備投資を行った正規企業が「吃不飽(仕事にあぶれる)」という深刻な事態に陥っている。

この背景には、複数の要因が絡み合う。一つは、地域をまたいで使用済み電池を輸送する際の許認可手続きの煩雑さと高い物流コストだ。これにより、広域での効率的な回収網の構築が阻害されている。また、電池の生産から廃棄までの情報を追跡するトレーサビリティシステムのデータが、メーカーや地方政府ごとに分断されており、統一的な管理ができていない点も問題視されている。

非正規業者によるずさんな解体・処理は、土壌汚染や有害物質の漏洩といった環境リスクを増大させるだけでなく、貴重な資源の回収率を著しく低下させる。これは、資源の安定確保を目指す中国の国家戦略にとっても大きな損失だ。そのため、業界内からはEV買い替え時の補助金制度と、正規ルートでの電池回収を義務付ける制度の連動を求める声が上がっている。また、性能が劣化した電池を解体・精錬する前に、定置用蓄電システムなどで再利用する「カスケード利用」を促進し、産業全体の収益性を高めるべきだとの提言もなされている。

結論:日本への示唆

中国がEV電池リサイクルを国家戦略として掌握する動きは、日本の自動車・素材産業に直接的な影響を及ぼす。まず、希少金属の安定確保において、日本企業は中国との競合激化に直面する。中国はMIIT主導で回収・リサイクル網を構築し、2025年までに湖北省荊門市で5.2万トンの使用済み電池回収目標を掲げるなど、国内資源の囲い込みを加速させている。これにより、これまで日本企業が海外から調達してきたリチウムやコバルトといった資源の国際市場での価格高騰や供給不安定化を招く可能性がある。

次に、日本の素材メーカーは中国市場での競争優位性を失うリスクがある。中国では、CATL傘下のBrunpやGEMといった大手企業が規模の経済を追求し、高効率なリサイクル技術を確立しつつある。例えば、広東省韶関市のリサイクル産業パークでは既に52社が集積し、生産額は84億元(約1760億円)を超える。これは、日本企業が中国市場でリサイクル材を供給する際の価格競争力や技術開発競争で不利になることを意味する。

最後に、日本の自動車メーカーは、中国におけるEVのライフサイクル全体を管理する体制への適応が迫られる。中国の「新エネルギー自動車動力蓄電池回収利用管理暫定弁法」は、電池の生産から廃棄、再利用までを政府の監督下に置くものであり、日本の自動車メーカーが中国でEVを販売する際、この回収・リサイクルシステムへの協力や情報開示が義務付けられる可能性がある。これは、日本のサプライチェーン戦略に新たなコストと複雑性をもたらす。