ドイツのショルツ首相が大規模な経済使節団を伴い中国を訪問、経済連携の深化で合意した。表向きは伝統的な友好関係の確認だが、水面下では米国の対中半導体規制を骨抜きにしかねない技術協力が進行している。自動車や化学分野で加速するドイツ企業の現地投資は、欧州の「デリスキング(リスク低減)」戦略が理念と実態の間で大きく乖離している現実を映し出す。その影響は、日本の素材・装置メーカーを含む世界の半導体供給網に及ぶ。

独自動車産業、中国EV依存の深層

ドイツ経済の牽引役である自動車産業が、中国市場への依存を深めている。独自動車大手3社(フォルクスワーゲン、BMW、メルセデス・ベンツ)の2023年世界販売台数に占める中国市場の比率は平均35%を超え、特にフォルクスワーゲン(VW)は約4割に達する。独自動車工業会(VDA)の2024年3月の報告書によれば、EV(電気自動車)への移行の遅れがドイツ勢の課題となっており、中国市場での競争力維持が至上命題だ。このため、現地での研究開発と生産体制の強化が加速している。VWは傘下のソフトウェア部門CARIADを通じ、中国の車載半導体設計企業である地平線機器人(Horizon Robotics)へ約24億ユーロ(約3800億円)の投資を2022年10月に発表。自動運転向け高性能半導体の共同開発に乗り出した。これは、米エヌビディアやクアルコムが支配する市場で、米国の技術規制を受けない独自の供給網を構築する狙いがあると見られる。メルセデス・ベンツも上海の研究開発拠点を拡充し、中国の現地需要に合わせた運転支援システムや情報娯楽システムの開発を進めている。これらの動きは、単なる市場確保にとどまらず、次世代自動車の頭脳となる半導体とソフトウェアの主導権を中国企業と共に握ろうとする戦略的な布石である。

なぜ化学大手BASFは中国へ巨額投資を続けるのか

ドイツの総合化学大手BASFの動きは、産業界の中国傾斜をさらに象徴している。同社は広東省湛江市に、単独出資としては過去最大となる100億ユーロ(約1.5兆円)を投じて一体型生産拠点(フェアブント)の建設を推進中だ。2024年1月に第1期プラントが稼働し、エンジニアリングプラスチックや熱可塑性ポリウレタンを生産する。これらはEVの軽量化部品やバッテリー部材、半導体製造用の特殊化学品に不可欠な素材である。BASFのマルティン・ブルーダーミュラー最高経営責任者(CEO)は2023年2月の年次記者会見で「欧州の化学産業は構造的に競争力を失いつつある」と述べ、エネルギー価格の高騰や過剰な規制が事業の足かせになっているとの認識を示した。実際、同社はドイツ国内のルートヴィヒスハーフェン本社工場でアンモニアプラントの閉鎖など大規模なリストラに着手する一方、中国への投資を拡大している。この背景には、中国政府による破格の優遇措置と、世界最大の化学品市場としての魅力がある。ドイツ経済研究所(IW)が2024年1月に公表した調査では、2023年のドイツ企業の対中直接投資額が前年比4.3%増の119億ユーロに達し、過去最高を記録した。このうちBASFを含む大手3社の投資が全体の約3分の1を占めており、一部大企業の判断がドイツ全体の対中政策を左右する構図が浮き彫りになっている。

半導体「レガシー」で進む中独連携

米国の規制が先端半導体に集中する一方、中独の協力は「レガシー」と呼ばれる成熟世代の半導体分野で深化している。レガシー半導体は、自動車の電力制御(パワー半導体)や産業機器、家電製品に広く使われ、経済安全保障の観点から重要性が増している。ドイツの半導体大手インフィニオン・テクノロジーズは、車載用マイクロコントローラー(MCU)やパワー半導体の世界大手であり、中国を最大の市場とする。同社は米国の対中規制を順守する姿勢を示す一方、中国での生産・販売網を強化。台湾の調査会社トレンドフォースが2024年5月に発表した市場予測によれば、中国のレガシー半導体(28ナノメートル以上のプロセス)の生産能力は、2027年までに世界シェアの39%に達する見込みだ。この生産拡大を支えるのが、規制対象外である日本や欧州の中古製造装置や素材である。中国の半導体受託製造(ファウンドリー)大手、中芯国際集成電路製造SMIC)や華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)は、オランダASML製の液浸ArF(フッ化アルゴン)露光装置などを活用し、28ナノメートル世代の生産能力を増強している。ドイツの自動車メーカーや部品大手がこれらの中国製レガシー半導体を積極的に採用すれば、米国の規制下でも中国は半導体産業の生態系を維持・拡大できる。ドイツ企業にとっては、安価で安定した部品調達先を確保できる利点があり、両者の利害は一致する。

米国の技術包囲網に潜む「抜け穴」

米国の対中半導体規制は、先端分野では一定の効果を上げているものの、その網の目からこぼれる領域が存在する。その一つが、製造装置の保守サービスや部品供給だ。米国のアプライド・マテリアルズやラムリサーチ、日本の東京エレクトロンは、輸出管理規則に基づき、中国の特定企業への先端装置の輸出を停止している。しかし、過去に納入した膨大な数の装置群に対する保守サービスや、規制対象外の汎用部品の供給までを完全に遮断することは難しい。2023年10月に強化された米国の規制では、米国籍の技術者が中国の先端半導体工場で働くことを原則禁止したが、ドイツなど第三国の技術者への適用は限定的だ。中独の連携は、こうした制度上の「抜け穴」を突く形で機能する可能性がある。例えば、ドイツの装置部品メーカーが中国で現地生産した部品を、現地のドイツ系企業の工場に納入する、といった迂回ルートが考えられる。また、中国はドイツの有力研究機関であるフラウンホーファー研究機構などとの学術交流を通じ、間接的に先端技術情報に触れる機会を窺う。ドイツ政府が2023年7月に策定した初の包括的な「中国戦略」では、「デカップリング(分離)は望まないが、デリスキング(リスク低減)は急務だ」と明記された。だが、産業界の強い要請を受け、具体的な対中投資の審査強化や輸出管理の厳格化には踏み込めていないのが実情である。ショルツ首相の今回の訪中は、この戦略が理念倒れに終わり、経済合理性が安全保障上の懸念を凌駕するドイツの現実を世界に示した。

日本企業が直面する選択

中独の接近は、日本の素材・装置メーカーに複雑な問いを突きつける。日本の半導体関連産業は、特定の製品分野で極めて高い世界シェアを握る。EUV(極端紫外線)リソグラフィーに不可欠なフォトレジスト(感光材)ではJSR、信越化学工業、東京応化工業などが世界市場の約9割を占め、シリコンウエハーでは信越化学とSUMCOが合計で約6割のシェアを持つ。これらの素材は、ドイツのインフィニオンやボッシュといった企業にとっても不可欠だ。ドイツ企業が中国での生産を拡大すれば、結果的に日本の高機能素材が中国国内のサプライチェーンに組み込まれる量が増加する。これは、短期的には日本企業の売上増につながる可能性がある。しかし、長期的には、中国が日本の素材を分析して模倣品を開発する「リバースエンジニアリング」のリスクを高める。また、米国の規制強化の潮流の中で、日本政府が欧米と協調して対中輸出管理を厳格化した場合、ドイツに本社を置く顧客企業との間で板挟みになる恐れがある。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコといった装置メーカーも同様の課題に直面する。中国のレガシー半導体工場への装置販売は重要な収益源だが、米国の規制が今後、レガシー分野にまで拡大する可能性は否定できない。日本企業は、目先の利益と地政学的リスクを天秤にかけ、どの市場で、どの顧客と、どこまで深く付き合うのか、という根本的な戦略の見直しを迫られている。中独の動向は、もはや対岸の火事ではなく、日本の技術覇権の将来を左右する試金石となるだろう。