米国の厳格な輸出規制下で、中国の人工知能(AI)産業が独自の活路を模索している。ファーウェイ(華為技術)製のAI半導体「昇騰910B」が、米エヌビディアの規制対象製品「A100」に迫る性能を示す一方、その製造基盤は旧世代の露光装置に依存し、供給網の脆弱性を抱える。2023年の中国AI半導体市場は58億ドル規模に達したが、その7割以上を輸入に頼る構図は変わらない(TrendForce調べ)。先端技術への渇望と、基盤技術の欠落という二律背反が、中国AI戦略の現実を映し出している。
米国規制が変えたAI半導体地図
米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月に発動し、2023年10月に更新した対中半導体輸出規制が、世界のAI開発競争の力学を根底から揺さぶっている。この規制は、特定性能以上のAI向け半導体の中国への輸出を原則禁止するものだ。具体的には、エヌビディアのデータセンター向け主力製品「A100」および「H100」が対象となり、中国の主要IT企業は最先端の計算基盤を直接導入する道を絶たれた。当初エヌビディアは、性能を規制値以下に抑えた中国市場専用モデル「A800」「H800」を投入して事業継続を図ったが、2023年の規制強化でこれらの派生品も輸出禁止リストに加えられた。これにより、中国企業が正規ルートで高性能AI半導体を入手する道は事実上閉ざされた。市場調査会社TrendForceが2024年3月に公表した報告書によると、規制強化後、中国国内におけるA100の非正規市場価格は、定価の2倍以上に高騰した例も報告されている。アリババ集団やテンセント、バイトダンスといった大手は、AIモデルの学習に必要な計算資源の確保に奔走。既存設備のやり繰りや、規制対象外の旧世代品、あるいは国産半導体への移行という困難な選択を迫られている。米中間の技術デカップリング(分離)は、単なる貿易摩擦の域を超え、次世代の産業基盤をめぐる構造的な断絶へと移行したことを示す。
なぜファーウェイは7nmチップを製造できたのか?
米国の制裁下で、ファーウェイが2023年に発表したスマートフォンに搭載された7ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)プロセス半導体「Kirin 9000S」は、世界の半導体業界に衝撃を与えた。その製造を担ったのが、中国最大の半導体受託製造(ファウンドリ)であるSMIC(中芯国際集成電路製造)だ。同社は、AI半導体である「昇騰910B」の製造も手がけていると見られる。問題は、最先端プロセスに不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置の輸入をオランダ政府から禁じられているSMICが、いかにして7nm世代を実現したかである。答えは、一世代前のDUV(深紫外線)露光装置、特に液浸ArF(フッ化アルゴン)を用いた「マルチパターニング」技術にある。これは、回路パターンを複数回に分けて重ね焼きすることで、露光装置が本来持つ解像度の限界を超える微細な回路を形成する手法だ。物理的には、波長193nmのDUV光で7nmの線幅を直接描くことはできないが、リソグラフィー(露光)とエッチング(食刻)の工程を2回、3回と繰り返すことで、擬似的に解像度を高める。しかしこの手法は、製造工程が複雑化し、1枚のウエハーを処理する時間が大幅に増加するため、歩留まりの低下とコストの急騰を招く。台湾の調査会社Isaiah Researchの分析では、SMICの7nmプロセスの歩留まりは50%未満と推定されており、これは業界トップのTSMCが同世代プロセスで達成している90%超という水準に遠く及ばない。ファーウェイの技術的達成は、生産効率とコストを度外視した国家的な後押しがあって初めて可能になった側面が強い。
国産化を阻む「装置」と「材料」の壁
中国政府は半導体サプライチェーンの自給自足を目指し、「国家集積回路産業投資基金」などを通じて巨額の補助金を投じている。2025年までに半導体製造装置の国産化率70%達成という目標を掲げるが、その道は険しい。特にボトルネックとなっているのが、半導体製造の心臓部であるリソグラフィー装置だ。中国の上海微電子装備(SMEE)が開発した国産露光装置は、現時点で90nmプロセスに対応するのが実用レベルであり、最先端からは5世代以上遅れている。一方、回路パターンをウエハーに転写した後に不要部分を削り取るエッチング装置や、不純物を洗い流す洗浄装置の分野では、北方華創(NAURA)や中微半導体(AMEC)などが技術力を高め、一部では国産化が進展している。しかし、これらも先端の3nmや5nmプロセスで要求される精度には達していない。日本の存在感は、この「壁」の高さの裏返しでもある。東京エレクトロン(TEL)は塗布・現像装置(コータ/デベロッパ)で世界シェア約9割を握り、SCREENホールディングスは洗浄装置で、ディスコはウエハーをチップに切り分けるダイシングソーで高いシェアを持つ。財務省が公表した2023年の貿易統計によれば、日本から中国向けの半導体製造装置輸出額は、米国の規制強化を背景とした駆け込み需要で前年比44.9%増の1兆4431億円に達した。この数字は、中国の半導体国産化が、いまだ海外の基盤技術に深く依存している現実を物語る。さらに、フォトレジスト(感光材)や高純度フッ化水素といった特殊材料も、JSRや信越化学工業など日本企業が世界市場を寡占しており、代替は容易ではない。
「AI応用」で補う半導体性能の劣位
ハードウェアの性能で米国に劣後する状況を、中国はソフトウェアと応用分野で補う戦略を加速させている。最先端の汎用AIモデル開発でエヌビディアのH100を数万基単位で用いる米国勢に対し、中国は国内の膨大なデータを活用した特定用途特化型のAIで対抗軸を築こうとしている。顔認証技術を応用した都市監視システム、ECサイトでの商品推薦、自動運転向けデータ収集といった分野では、すでに世界をリードする応用事例が生まれている。これは、14億人の人口を背景に、テンセントの「WeChat」やアリババの「Alipay」といったプラットフォームを通じて得られる、他国では収集不可能な規模と質のデータが源泉となっている。AIモデルは、半導体の性能(ハードウェア)だけでなく、学習データの量と質(ソフトウェア)にも性能が大きく左右される。中国企業は、ハードウェアの制約を承知の上で、推論(インファレンス)処理の効率化や、既存の計算資源を最大限活用するためのアルゴリズム改良に注力している。米調査会社CB Insightsによると、2023年に資金調達した世界のAIスタートアップ企業数のうち、中国企業が占める割合は約2割に達し、米国に次ぐ2位を維持。その多くは、医療画像診断や金融不正検知といった、具体的な産業課題を解決する「応用AI」に集中している。半導体という「頭脳」の性能差を、応用という「知恵」で埋める。それが中国AI産業の現実的な生存戦略と言える。
日本企業が直面する二重の課題
中国のAI半導体国産化の動きは、日本の関連企業に複雑な問いを投げかける。一つは、米国の輸出規制との向き合い方だ。日本の半導体製造装置・材料メーカーにとって、中国は売上高の3割前後を占める最大市場であり続けている。経済産業省が2023年7月に導入した先端半導体製造装置の輸出管理強化は、米国の規制に歩調を合わせたものだが、対象品目を特定することで、それ以外の旧世代向け製品の輸出は継続されている。企業側は、米中双方の規制動向を注視しつつ、法令を遵守しながら事業機会を維持するという難しい舵取りを要求される。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、地域別売上高に占める中国の割合が47%に達しており、地政学リスクが経営に直結する構造が鮮明になった。もう一つの課題は、中国の技術的追撃だ。現時点では日本が圧倒的優位を持つ装置や材料分野でも、中国は国家主導で国産化を猛然と進めている。液晶パネルや太陽光パネルの市場で、かつて日本企業が韓国、そして中国企業にシェアを奪われた構図が、より高度な半導体分野で再現される可能性は否定できない。自社の技術的優位性を維持するための研究開発投資を継続しつつ、知的財産の保護を徹底することが不可欠となる。同時に、中国が注力する応用AI分野での協業や、新たな市場機会を探る動きも一部で見られる。米中対立の狭間で、日本の半導体関連産業は、短期的な収益確保と長期的な技術覇権維持という、二重の課題に直面している。