中国の軍事力近代化は、2024年国防予算が前年比7.2%増の1兆6655億元(約34.6兆円)に達した規模の側面だけでなく、半導体など基幹技術の国産化という質的な転換を急いでいる点に本質がある。しかし、米国の輸出規制により先端製造装置の導入は事実上絶たれ、中核企業である中芯国際集成電路製造SMIC)が達成したとされる7ナノメートル(nm)プロセスは、商業生産における歩留まりに深刻な課題を抱える。この技術的隘路は、EUV(極端紫外線)用フォトレジストやシリコンウエハーで世界市場の過半を握る日本企業に対し、新たな地政学リスクと事業機会を同時に突きつけている。軍事拡張と技術覇権の連動は、世界の半導体供給網に構造的な緊張をもたらし、各国の企業に戦略の見直しを迫る。

3隻目空母「福建」が示す技術的跳躍と限界

中国海軍3隻目の航空母艦「福建」が2024年5月に初の試験航海を実施した事実は、同国の軍事技術が新たな段階に入ったことを象徴する。特に注目されるのは、米国以外で初めて採用された電磁式カタパルト(射出機)である。従来の蒸気式に比べ、航空機の発艦間隔を短縮し、より多様な機種の運用を可能にする。この高度な電力制御技術の背景には、IGBT(絶縁ゲート型双極子トランジスタ)に代表されるパワー半導体の性能向上が不可欠だ。中国は株洲中車時代電気などを中心にIGBTの国産化を推進し、一部は高速鉄道などに実用化されているものの、軍事用の高信頼性・高出力品については依然として海外技術への依存が残ると見られる。国際戦略研究所(IISS)が2024年2月に公表した「ミリタリー・バランス」によれば、中国海軍の艦艇総数は370隻を超え、米海軍を隻数で上回るが、その質、特に個艦の能力を支える電子装備や半導体の技術的自立度は、依然として発展途上にある。福建の電磁カタパルトが安定的に稼働できるかは、まさに半導体を含めた基幹部品の信頼性にかかっており、軍事力の外見的な拡大と、それを支える産業基盤の脆弱性との乖離が課題として浮かび上がる。

なぜ半導体国産化は7nmで停滞するのか?

中国の半導体国産化戦略が直面する最大の壁は、7nm以降の微細化プロセスである。SMICは2022年、既存のDUV(深紫外線)露光装置を駆使する多重露光技術によって7nmチップの製造に成功したと報じられた。これは、オランダASML製の「NXT:2000i」といった液浸ArF(フッ化アルゴン)露光装置を複数回使用し、回路パターンを重ね焼きする手法だ。しかし、この方式には原理的な限界がある。調査会社TechInsightsの分析では、SMICの7nmプロセスの歩留まり(良品率)は、台湾積体電路製造(TSMC)が同世代プロセスを立ち上げた当初の50%にも満たない水準と推定される。多重露光は工程数が指数関数的に増加し、製造時間とコストが急騰するため、商業ベースでの大規模生産には不向きである。5nm以下の最先端プロセスに不可欠なEUV露光装置は、米国の輸出規制によって中国への輸出が全面的に禁止されている。ASMLが独占供給するEUV装置なくして、次世代の高性能半導体の量産は不可能であり、これが中国の軍事・民生両面での技術的高度化の致命的な制約となっている。台湾の市場調査会社TrendForceの2023年12月の報告では、中国の半導体自給率は2025年時点でも22%程度にとどまると予測されており、目標達成への道のりは険しい。

「材料強国」日本の見えざる影響力

中国の半導体国産化の隘路をさらに深くしているのが、日本の素材・材料メーカーが握る供給網上の支配力である。半導体製造に不可欠な複数の基幹材料において、日本企業は世界市場で圧倒的な占有率を維持している。例えば、最先端のEUVリソグラフィー工程で使われるフォトレジスト(感光材)は、JSR、東京応化工業、信越化学工業、富士フイルムの4社で世界市場の約9割を占める。中国企業も国産化を試みているが、EUV光(波長13.5nm)という極めて特殊なエネルギー源に反応する高解像度・高感度の樹脂開発は難航している。また、半導体の基板となるシリコンウエハーでは、信越化学工業とSUMCOの2社で世界市場の約6割を確保する。ウエハー表面の平坦度や純度は、ナノメートル単位の回路品質を直接左右するため、代替は容易ではない。2019年に日本政府が韓国向けに輸出管理を厳格化した高純度フッ化水素も、ステラケミファや森田化学工業などが高い技術力を持つ。これらの素材は一つでも供給が滞れば、半導体の生産ライン全体が停止する「チョークポイント」であり、日本の意図とは無関係に、米国の規制強化や地政学的緊張によって中国への供給が不安定化するリスクを常に内包している。

ガリウム輸出規制が映す中国の焦燥

2023年8月、中国政府が半導体材料であるガリウムとゲルマニウムの輸出に許可制を導入した措置は、自らが抱える技術的劣勢を補うための対抗策と見られる。ガリウムは、窒化ガリウム(GaN)やヒ化ガリウム(GaAs)といった化合物半導体の主原料であり、これらは次世代通信規格「5G」の基地局や、戦闘機の高性能レーダー(AESAレーダー)に不可欠な部品である。米国地質調査所(USGS)の2023年の統計によれば、中国は世界のガリウム生産の約98%を占めており、この独占的地位を外交上の武器として利用する狙いが透ける。しかし、この規制は諸刃の剣でもある。代替調達先の開拓を促すだけでなく、自国の半導体産業にも影響を及ぼしかねない。輸出許可の遅延や停止は、中国国内のガリウム関連メーカーの国際競争力を損ない、長期的には海外の精錬・リサイクル技術の発展を後押しする可能性がある。実際に、規制発表後、日本のDOWAホールディングスやベルギーのユミコアなどがリサイクルからのガリウム回収能力の増強を検討し始めた。資源を武器にしようとする中国の試みは、逆に世界の供給網から自らを孤立させ、技術的優位を築くための時間を失わせるという皮肉な結果を招く可能性がある。

日本企業が直面する選択

中国の軍備増強と技術自立の動きは、日本の産業界、特に半導体関連企業に複雑な選択を突きつけている。米中対立の狭間で、事業戦略の根本的な見直しが不可避だ。第一に、供給網の再評価と多元化が急務となる。中国に生産拠点や部材調達を依存するリスクは、地政学的な緊張の高まりと共に増大しており、台湾有事などを想定した事業継続計画(BCP)の策定は最低限の防衛策である。経済産業省が推進する生産拠点の国内回帰や、東南アジアなどへの「チャイナ・プラスワン」の動きを加速させる必要がある。第二に、自社が持つ先端技術の管理を一層厳格化することが求められる。意図せぬ技術流出が、結果的に地域の軍事バランスを不安定化させる可能性を経営層は認識しなくてはならない。外為法に基づく輸出管理はもちろん、人材の引き抜きや共同研究を通じた情報漏洩にも細心の注意を払うべきだ。一方で、この構造変化は新たな事業機会も生む。米国の対中規制は、中国以外の国々での半導体エコシステム構築を促している。日本の装置・材料メーカーは、米国、欧州、インドなどで計画される新たな半導体工場への製品供給を通じて、新たな成長市場を獲得できる可能性がある。変化をリスクとしてのみ捉えるのではなく、自社の技術的優位性を再定義し、国際的な連携の中で新たな役割を構築する戦略的な思考が、今まさに問われている。