中国が独自開発した第4世代の超伝導量子コンピューター「本源悟空(Origin Wukong)」が、2024年1月9日に稼働を開始した。心臓部には180量子ビットの国産チップを搭載し、クラウド経由で世界中のユーザーに開放される。チップからオペレーティングシステム(OS)に至るまでサプライチェーンの完全に国産化を達成しており、米国の技術規制に対抗し、量子技術分野での自立を目指す姿勢を鮮明にした。

なぜ今、重要か

今回の「悟空」稼働は、激化する米中技術覇権争いの新たな一幕だ。米国が先端半導体や関連技術の輸出規制を強化する中、中国は量子技術を国家戦略の柱と位置づけ、巨額の投資を続けてきた。「悟空」の完全に国産化は、中国が外部環境に依存しない独自の技術基盤を構築し、米国の規制を乗り越えようとする強い意志の表れである。Bloombergは近年の分析で、量子技術を米中間の「次の戦略的戦場」と位置づけており、今回の稼働はこの競争が新たな段階に入ったことを示すマイルストーンとなる。

「悟空」の概要と国産化の達成

開発を主導したのは、安徽省合肥市に拠点を置くスタートアップ企業「本源量子(Origin Quantum)」と、同省の量子コンピューティングチップ重点実験室だ。中国の古典小説『西遊記』の主人公にちなんで名付けられた「本源悟空」は、180個の計算用量子ビットと36個の結合用量子ビットを集積した自社開発の超伝導量子チップ「悟空チップ」を搭載している。これにより、単一チップ上で100量子ビットを超える計算能力を実現した中国で最も先進的な量子コンピューターとなった。

本源量子によると、量子チップシステム、測定・制御システム、OS、周辺支援システムという4つの基幹部分すべてを自社で一貫開発。ハードウェアからソフトウェアまで、サプライチェーン全体での国産化を実現したと強調している。これは、米国の規制対象となりうる海外製の希釈冷凍機や測定機器への依存を低減する上で、戦略的に極めて重要な意味を持つ。

性能と競合との比較

公表された性能値によると、「悟空」の単一量子ビットゲートの忠実度(操作精度)は99.9%、2量子ビットゲートでは99%に達する。これは実用的な計算の前提となる水準だが、量子コンピューターの総合的な性能は量子ビット数だけでは測れない。

世界の競合を見ると、米IBMは2022年に433量子ビットの「Osprey」、2023年には1,121量子ビットの「Condor」を発表している。米Googleも量子超越性を実証した53量子ビットの「Sycamore」を運用中だ。これらの欧米企業は、量子ビットの数だけでなく、エラー率や量子ビット間の接続性、コヒーレンス時間などを総合した指標「量子体積(Quantum Volume)」の向上を競っている。「悟空」の量子体積は公表されておらず、IBMやGoogleの最新鋭機と直接比較するには情報が不足しているのが現状だ。米調査会社IDCの予測では、世界の量子コンピューティング市場は2027年に86億ドル(約1.2兆円)に達すると見込まれており、各社は性能競争と並行して実用化に向けたエコシステム構築を急いでいる。

技術解説

「悟空」は、現在主流となっている超伝導方式の量子コンピューターだ。この方式は、シリコンチップ上に形成した超伝導回路を絶対零度に近い極低温(約-273℃)まで冷却することで、量子ビットとして機能させる。設計の自由度が高く集積化に適している一方、極低温を維持するための大規模な希釈冷凍機が必要で、外部ノイズに非常にに弱いという課題がある。

今回注目されるのは、以下の3点における国産化の達成だ。

  1. 計算リソース(量子チップ): 「悟空チップ」と名付けられた180量子ビットのプロセッサーを自社開発・製造。中国は2020年に光量子コンピューター「九章」で量子超越性を主張したが、超伝導方式での大規模集積化は、より汎用的な応用を見拠えた重要な一歩だ。
  2. 制御・OS: 量子コンピューターを制御する測定・制御システムや、ユーザーが量子アルゴリズムを実行するためのOS「本源司南(Origin Pilot)」、量子コンピューティングプログラミング用のソフトウェア「本源坤元(Origin Franklin)」までを内製。これにより、ハードウェアとソフトウェアの最適化を一体で進めることが可能になる。
  3. モデル効率(忠実度): 公表された99.9%というゲート忠実度は、エラー訂正符号の実装に向けた基礎的な要件を満たす水準にある。ただし、多数の量子ビットを連携させて複雑な計算を行う「アルゴリズム忠実度」がどの程度かは、今後の検証が待たれる。

日本の関連性

中国の国産量子コンピューター「悟空」の稼働は、日本の産業界に直接的な影響を与える。まず、日本企業が量子技術分野で中国市場に参入する機会が限定される。本源量子がチップからOSまでサプライチェーン全体での国産化を達成したことで、日本の部品メーカーやソフトウェア開発企業が中国の量子コンピューター開発プロジェクトに関与する余地が大幅に縮小する。特に、米国の技術規制を回避する目的で国産化が進められているため、日本の技術が「迂回輸出」と見なされるリスクも高まる。

次に、量子技術の実用化における国際競争が激化する。中国が180量子ビットの「悟空」をクラウド経由で世界に公開したことで、日本の研究機関や企業は、中国の量子コンピューティングリソースを利用する選択肢を得る。これにより、日本の量子技術開発のスピードアップや、新たな応用分野の開拓が促進される可能性がある。例えば、製薬分野での新薬開発や、金融分野でのアルゴリズム最適化など、量子コンピューターが持つ計算能力を活用した共同研究の機会が生まれるだろう。

最後に、日本のサプライチェーンの再構築が喫緊の課題となる。中国が希釈冷凍機や測定機器といった基幹部品の国産化を進める中で、日本企業はこれらの分野での技術開発を加速させる必要がある。特に、米調査会社IDCが予測する2027年に86億ドル規模に達する量子コンピューティング市場において、日本が競争力を維持するためには、特定の技術や部品で中国に依存しない、強靭なサプライチェーンを構築することが不可欠である。