中国の自動車部品大手が、人型ロボット市場へ雪崩を打って参入し始めた。内装部品大手の寧波華翔電子は2023年12月、相次いでAI新興企業との提携を発表し、2027年までの量産体制構築を目指す。背景には、電気自動車(EV)への転換で培ったモーターや制御機器の量産技術を、次世代の成長産業へ転用しようという明確な国家戦略がある。国際ロボット連盟(IFR)の2023年報告によれば、世界の専門的サービスロボット市場は2022年に前年比12%増の158億ドルに達しており、人型ロボットはその中でも最も高い成長が期待される分野だ。この動きは、日本の基幹部品メーカーに新たな商機をもたらす一方、中国勢による垂直統合と価格競争という二重の課題を突きつける。

自動車部品からロボットへ、技術転用の論理

寧波華翔電子が深圳市の新興企業、大寰機器人科技(DH-Robotics)や上海のAI企業、智元機器人Agibot)と提携し、人型ロボットの中核部品である「関節」部分の開発に乗り出したのは、偶然ではない。自動車、とくにEVで用いられる精密部品の製造技術と、ロボットの運動性能を左右する関節部品には、強い技術的連続性があるからだ。具体的には、モーター、減速機、エンコーダー(回転角度を検出するセンサー)を一体化したアクチュエーターがそれにあたる。寧波華翔はこれまで、インストルメントパネルやドアトリムといった内外装部品を主力としてきたが、近年はインテリジェントコックピット関連の電子部品へと事業を拡大。2023年6月期の同社決算報告によれば、電子部品事業の売上高は前年同期比で約45%増加しており、電動化・知能化への対応で蓄積した技術基盤が新たな事業領域への参入を後押ししたと見られる。人型ロボットは全身に40個以上の自由度(関節の可動軸数)を持つため、アクチュエーターだけで構成コストの約半分を占める。自動車産業で培われた大規模な調達網と品質管理、そして徹底した原価低減の知見は、1体1000万円以上とされる現行価格を、テスラが目標とする2万ドル(約300万円)以下へ引き下げる上で決定的な競争要因となる。

なぜ中国は「人型」に国家の威信を懸けるのか

中国政府が人型ロボットの産業化を急ぐ背景には、単なる経済的利益を超えた国家戦略上の計算がある。工業情報化部が2023年10月に発表した「人型ロボットの革新的発展に関する指導意見」は、2025年までに量産体制の基盤を確立し、2027年には安全で信頼性の高い産業供給網を構築するという明確な行程表を示した。これは、製造業の高度化と労働力人口の減少という国内課題への対応に加え、米国の技術覇権に対する挑戦という地政学的な意味合いを持つ。人型ロボットは、AI(人工知能)、高性能半導体、精密機械工学、先端材料といった多様な技術の統合体だ。その開発と普及は、国の総合的な科学技術力を示す指標となる。米国ではテスラの「Optimus」やFigure AIの「Figure 01」が先行するが、中国は小米集団(シャオミ)の「CyberOne」や宇樹科技Unitree Robotics)の「H1」といった対抗機種を次々と投入。Agibotが発表した「遠征A1」は、高さ175cm、重量53kgで、時速7kmでの歩行が可能とされ、性能面で米国勢を急速に追い上げている。中国電子学会の予測では、中国の人型ロボット市場規模は2030年までに8700億元(約18兆円)に達する可能性があり、この巨大な国内市場が開発を加速させる強力なエンジンとなっている。

基幹部品で日本が握る優位性と迫る脅威

人型ロボットの滑らかで正確な動きを実現する上で、日本の部品メーカーが供給する基幹部品は依然として不可欠な存在だ。とくに、モーターの回転を力を増幅しながら減速させる「精密減速機」の分野では、ハーモニック・ドライブ・システムズが提供する波動歯車装置が世界市場で約5割のシェアを握るとされる。同社の製品は、小型軽量でありながら高い減速比とバックラッシ(歯車の遊び)の少なさを両立し、ロボット関節の応答性と位置決め精度を決定づける。2024年3月期の同社決算によれば、ロボット向け売上は全体の約6割を占め、中国市場への依存度も高い。しかし、この牙城は安泰ではない。中国では、蘇州緑的諧波伝動科技(Leaderdrive)などが急速に技術力を高め、国産化を進めている。Leaderdriveの2023年度報告では、売上高が前年比で約15%増加し、国内ロボットメーカーへの採用が拡大していることが示された。価格競争力に加え、中国政府の国産部品優先政策が追い風となる。センサーや高強度炭素繊維複合材といった他の基幹部品・材料分野でも同様の構図が進行しており、日本の技術的優位性が徐々に侵食されるリスクは看過できない。

米国規制下で進む「自給自足」の半導体供給網

人型ロボットが自律的に判断し行動するためには、人間の脳にあたる高性能なAI半導体が不可欠だ。米国の対中半導体輸出規制は、NVIDIAの「A100」や「H100」といった最先端AI半導体の中国向け輸出を厳しく制限している。これにより、中国の人型ロボット開発は初期段階で大きな制約を受けるとの見方もあった。しかし、中国企業は複数の代替経路を駆使してこの障壁を乗り越えようとしている。一つは、規制対象外であるNVIDIAのダウングレード版「A800」や「H800」(現在はこれも規制対象)の備蓄活用だ。より長期的には、国内半導体メーカーによる自給体制の構築が進む。華為技術(ファーウェイ)傘下の海思半導体(HiSilicon)が開発した「昇騰(Ascend)910B」は、一部性能でNVIDIA製に及ばないものの、国内AIサーバー市場で採用を広げている。半導体市場調査会社TrendForceの2024年3月の分析によれば、中国のAIサーバー向け半導体市場における国産品の割合は、2023年の約10%から2024年末には20%近くまで上昇する見込みだ。人型ロボットの制御に必ずしも最先端の3ナノメートル級半導体は必要なく、14ナノメートル以上の成熟プロセスで製造される半導体でも多くは対応可能である。この領域では、中芯国際集成電路製造SMIC)など中国国内の受託製造企業が一定の生産能力を有しており、米国規制の影響は限定的と見られる。

日本企業が直面する選択

中国における人型ロボット産業の急拡大は、日本の関連企業にとって、単なる脅威ではなく複雑な戦略的選択を迫るものだ。ハーモニック・ドライブ・システムズや、センサーを手がけるキーエンス、モーターの日本電産(ニデック)といった部品メーカーにとって、急成長する中国市場は無視できない巨大な商機である。Agibot宇樹科技といった新興企業との協業や部品供給は、短期的な収益拡大に直結する。しかし、それは同時に、将来の競争相手を育てることにも繋がりかねない。中国企業は、日本の基幹部品を徹底的に分析し、模倣から改良へと進むことで国産化率を高めてきた歴史がある。自動車産業で起きたこの流れが、ロボット産業で再現される可能性は高い。ファナックや安川電機といった日本の産業用ロボット大手も、人型ロボットの開発を進めているが、中国勢のスピード感と低コスト量産能力は脅威だ。日本企業が取るべき道は一つではない。一つは、減速機やセンサー、特殊材料といった模倣困難な「ブラックボックス」領域で技術的優位性をさらに高め、代替不可能なサプライヤーとしての地位を固めることだ。もう一つは、完成品市場での直接対決を避け、中国企業との合弁事業や技術供与を通じて、巨大市場の成長に別の形で関与する道である。いずれの戦略を選ぶにせよ、中国の国家戦略と市場力学を冷静に分析し、迅速に経営判断を下すことが求められる。