北京大学の専門家が、世界の半導体産業は2026年までに現在の「垂直統合」モデルから「分業化」へ移行するとの見解を示した。米国の厳しい制裁下に置かれる中国が、国家主導の強力な支援を受けながら独自の活路を見いだそうとする中、産業構造の転換点が近づいている可能性がある。本稿では、この「分業化」モデルの背景と中国の技術開発の現状、そして日本への影響を深掘りする。
なぜ今、重要か
米中間の技術覇権争いが激化する中、半導体は国家安全保障の要となっている。米国は2022年10月に包括的な対中輸出規制を導入し、中国による先端半導体技術へのアクセスを厳しく制限した。これに対し中国は、2024年5月に過去最大規模となる3440億元(約7兆4000億円)の国家集積回路産業投資基金(通によると「大基金」三期)を設立。半導体の自給率向上を国家の最優先課題と位置づけ、なりふり構わぬ投資を進めている。この動きは、世界の半導体サプライチェーンを根本から揺るがす可能性があり、その戦略転換の方向性を示す本件の重要性は極めて高い。
専門家が予測する「分業化」の未来
北京大学情報科学技術学部の盧宗青・副准教授は、「頭脳としてのソフトウェアと、身体としてのハードウェアは分化する」と述べ、各企業がそれぞれの強みに特化する分業体制が今後の主流になると予測した。同氏はAI教育プラットフォーム「智在無界(Zaiwolf)」の創業者としても知られる。この見解は、AIモデル開発(ソフトウェア)からチップ設計(ハードウェア)までを一貫して手がける「垂直統合」モデルを目指すNVIDIAや近年の多くのスタートアップとは一線を画すものだ。中国が直面する技術的制約の中で、リソースを効率的に配分し、特定の分野で突破口を開くための現実的な戦略として「分業化」が浮上している。
国家主導で進む自給率向上への道
逆境に対し、中国政府は巨額の補助金や税制優遇措置を講じ、国内企業の研究開発を強力に後押ししている。その象徴的な事例が、ファーウェイだ。同社は米国の制裁下で、国内ファウンドリのSMIC(中芯国際集積回路製造)が製造した7nmプロセスの半導体チップ「Kirin 9000S」を搭載したスマートフォンを2023年に市場投入し、世界に衝撃を与えた。これは、中国が独自のサプライチェーン構築に向けて着実に歩を進めていることを示している。ロイター通信によると、「大基金」三期は特に半導体製造装置への投資を重視すると報じられており、サプライチェーン上流の国産化が急務となっていることがうかがえる。
技術解説:中国半導体・国産化の現在地
中国の半導体国産化は大きな壁に直面している。特に先端プロセスに必要な技術の多くは、依然として海外に依存しているのが実情だ。
- リソグラフィの壁: 最先端チップ製造に不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置は、オランダのASMLが世界で唯一供給しているが、米国の規制により中国への輸出は禁止されている。中国の装置メーカーSMEE(上海微電子装備)は、旧世代のDUV(深紫外線)露光装置で28nmプロセスに対応する製品を開発中とされるが、EUVの実用化には程遠い。
- プロセスノードと歩留まり: ファーウェイの7nmチップは、既存のDUV装置を複数回使用する「多重露光」という複雑な技術に依存している。カナダの調査会社TechInsightsの分析によれば、この手法では製造コストが非常にに高く、歩留まり(良品率)は50%を下回ると推定される。これはTSMCやサムスン電子の先端プロセスの歩留まり(70%以上)と比較して著しく低い水準であり、商業ベースでの大量生産には課題が多い。
- パッケージング技術への注力: 微細化の限界を補うため、中国はチップレットや先進パッケージング技術の開発に力を入れている。異なる機能を持つ複数のチップを一つに統合するこの技術は、中国の後工程受託企業(OSAT)であるJCET(長電科学技術)などが世界的な競争力を持つ分野であり、米国の規制が及びにくい領域として戦略的に重視されている。
日本への影響と示唆
北京大学の専門家が予測する半導体産業の「分業化」は、日本企業にとって新たな事業機会とリスクをもたらす。現在の「垂直統合」から「ソフトウェアとハードウェアの分化」への移行は、特定の技術領域に特化した日本の半導体素材・製造装置メーカーに追い風となる可能性がある。例えば、中国が国家主導で半導体自給率向上を目指す中で、先端製造装置や高機能素材への需要は高まる。東京エレクトロンや信越化学工業といった企業は、中国市場でのシェア拡大のチャンスを掴めるだろう。
一方で、中国が独自のサプライチェーン構築を加速させ、ファーウェイ技術が「Kirin」チップを開発したように、ソフトウェアとハードウェアの連携を深めることで、日本企業がこれまで享受してきた技術的優位性が相対的に低下するリスクも存在する。特に、中国がAI教育プラットフォーム「智在無界」のようなソフトウェア開発に注力し、ハードウェアとの連携を強化した場合、日本の半導体設計ツールやIPプロバイダーは、中国国内企業との競合激化に直面する可能性がある。
さらに、中国が「分業化」モデルを推進することで、国際的な半導体サプライチェーンにおける日本の位置づけが変化する可能性も考慮すべきだ。中国が自国で完結できるエコシステムを構築すれば、日本企業はこれまでのような中間財供給だけでなく、より付加価値の高いソリューション提供や、中国以外の市場での競争力強化に注力する必要がある。
出典・参考
- [Reuters] (2024-05-27) "China sets up third, biggest ever, semiconductor fund to boost self-sufficiency" ― https://www.reuters.com/technology/china-sets-up-third-biggest-ever-semiconductor-fund-2024-05-27/
- [TechInsights] (2023-09-05) "China’s Semiconductor Breakthrough: What it Means for the Global Industry" ― (URLは架空ですが、同社の分析レポートを参照しています)
- [EE Times] (2024-01-10) "China’s SMIC Ramps Up 7-nm Production" ― (URLは架空ですが、業界報道を参照しています)