米国の先端半導体技術に対する輸出規制強化を受け、中国が政府主導で半導体の国産化を急いでいる。2024年5月には過去最大規模となる3440億元(約7.1兆円)の「国家集積回路産業投資基金(通によると:大基金)」第3期が設立され、国内企業への投資を本格化。中芯国際集積回路製造(SMIC)などが成熟プロセスを中心に生産能力を増強する一方、先端技術では依然として課題を抱えており、世界の半導体サプライチェーンの分断がより一層鮮明になっている。
なぜ今、重要か
今回の動きが注目される最大の理由は、2024年5月24日に「大基金」第3期が過去最大規模で正式に設立されたことだ。この巨額投資は、米国の制裁下で技術的自立を目指す中国の強い意志を示すものだ。市場調査会社TrendForceは、この投資が特に28nm以上の成熟プロセス半導体の生産能力を押し上げ、2027年までに中国の同分野における世界シェアが39%に達する可能性があると分析。一方で、世界的な供給過剰と価格競争を招くリスクも指摘されている。2022年10月の米商務省による包括的な輸出規制以降、中国の自給自足戦略は加速しており、今回の国家主導の投資はその集大成と位置づけられる。
国家主導で進む成熟プロセスの増強
「大基金」はこれまで第1期(2014年、1387億元)、第2期(2019年、2041億元)を通じて、SMICやYMTC科学技術(YMTC)といった国内大手に資金を供給し、生産能力の増強を後押ししてきた。第3期では、これまでの製造分野に加え、半導体製造装置や素材、EDA(電子設計自動化)ツールといった、サプライチェーン上流のボトルネック解消に重点が置かれるとみられている。
この支援を受け、SMICやHua Hong(ファーホン)半導体(Hua Hong Semiconductor)は、自動車や家電、産業機器などに広く使われる28nm以上の成熟プロセス半導体の工場建設を積極的に進めている。中国の目標は、国内の半導体自給率を2025年までに70%に引き上げることであり、政府の補助金や税制優遇措置が企業の設備投資を強力に後押しする構図だ。
米国規制が阻む先端プロセスへの道
しかし、中国の半導体戦略にとって最大の障壁は、米国の輸出規制だ。特に、7nm以下の先端プロセスの製造に不可欠な極端紫外線(EUV)リソグラフィ装置へのアクセスが絶たれた影響は大きい。同装置はオランダのASMLが世界で唯一製造しており、米国政府は同盟国であるオランダや日本にも対中輸出規制での同調を求めている。
これに対し、SMICはEUVより一世代前の深紫外線(DUV)リソグラフィ装置を複数回使用する「多重露光(マルチパターニング)」技術で、ファーウェイ(ファーウェイ技術)向けに7nmプロセスのチップを製造したと報じられている。しかし、この手法は工程が複雑でコストが高く、歩留まり(良品率)は30〜50%程度と推定される。これは、TSMCの同等プロセスの歩留まりが90%を超えるのに比べ、商業的な競争力で大きく劣ることを意味する。
技術解説:中国半導体国産化の光と影
中国の半導体国産化は、「リソグラフィ」「歩留まり」「国産サプライチェーン」の3点で大きな課題を抱えている。
- リソグラフィの壁: 先端半導体製造の心臓部である露光装置において、中国国産メーカーの上海微電子装備(SMEE)は、28nmプロセスに対応可能なArF液浸DUV露光装置を開発中とされるが、ASMLの技術水準には遠く及ばない。EUV装置の国産化には少なくとも10年以上の時間が必要との見方が大勢であり、これが先端プロセス開発の根本的な制約となっている。
- 歩留まりとコスト: SMICの7nm製造は技術的な達成ではあるが、商業的な成功とは言い難い。低い歩留まりはチップ1個あたりの製造コストを著しく押し上げる。例えば、TSMCが1枚のウェハーから90個の良品チップを生産できる場合、SMICは同じウェハーから30〜50個しか生産できない計算になり、価格競争力で太刀打ちできない。
- 国産サプライチェーンの脆弱性: 高度な半導体製造には、超高純度のシリコンウェハー(信越化学工業、SUMCOが世界シェアの過半を占める)やフォトレジスト(JSR、東京応化工業などが高い技術力を持つ)といった高品質な素材が不可欠だ。新華社通信は国内素材メーカーの育成を伝えているが、これらの分野でも日本や欧米企業への依存から脱却するには時間がかかり、サプライチェーン全体の内製化は道半ばである。
まとめ:日本への示唆
中国の半導体国産化加速は、日本のサプライヤーにとって二つの異なる影響をもたらす。第一に、中国が28ナノメートル以上の成熟プロセス半導体の生産能力を増強する中で、日本の素材・部品メーカーは新たな需要を取り込む機会がある。例えば、レジストやシリコンウェハーといった分野で、中国国内の半導体メーカーへの供給を拡大できる可能性がある。これは、日本の素材産業が持つ高品質な技術力が、米国の先端技術規制の対象外である成熟プロセス分野で活かされることを意味する。
第二に、米国のEUVリソグラフィ装置規制により、中国が最先端プロセス開発で足踏みする状況は、日本の半導体製造装置メーカーにとって競争環境の変化を促す。中国が国内での装置・素材の内製化を急ぐことで、将来的に日本の装置メーカーが中国市場で直面する競争は激化するだろう。特に、東京エレクトロンやアドバンテストのような企業は、中国市場でのシェア維持に加え、中国の国産化動向を注視し、戦略的な製品開発や販売チャネルの多様化を検討する必要がある。
最後に、YMTCのような中国企業がDRAMやNANDフラッシュメモリー市場で存在感を増すことは、日本の半導体関連企業にとって、新たな競合の台頭を意味する。品質とコスト競争力で優位を保つための技術革新と、中国市場以外の販路開拓が喫緊の課題となるだろう。
出典・参考
- [Reuters] (2024-05-27) "China sets up third, biggest-ever chip fund to counter U.S. curbs" ― https://www.reuters.com/technology/china-sets-up-third-biggest-ever-chip-fund-counter-us-curbs-2024-05-27/
- [TrendForce] (2023-12-14) "China's Mature Process Capacity to Reach 39% by 2027, Potentially Triggering Price Wars, Says TrendForce" ― https://www.trendforce.com/presscenter/news/20231214-11943.html
- [東京エレクトロン株式会社] (2024-05-09) "2024年3月期 決算説明会資料" ― https://www.tel.co.jp/ir/library/presentation/ (該当年度の資料を参照)
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